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Grandia

sucré relation

2022.11.12 23:22

twst/ジャミネハ

19.シュークリーム

至近距離 紅潮 隠す

熱砂の国の菓子は甘い。これは熱砂の国の外を出て初めて気が付いたことだが、熱砂の国の菓子に使われる砂糖の量は他国の菓子に使われる砂糖の量の比ではない。そのため、他国の料理を食べた時にどこか物足りなさを感じてしまうのが常だ。しかしながら異国の料理というのもなかなかに美味しく出来ている。例えばケーキやタルトなどは見た目も美しく、更に季節感をも味わえる。ゼリーやパフェだってそうだ。熱砂の国にはないような爽やかな味わいを楽しめるスイーツだ。そんな華やかなスイーツを俺の主人が好まないはずは無い。しかもカリムはとにかく唐突だ。急にあれが食べたいこれが食べたいと言い出してジャミルな

ら作れるよな?とばかりにあの鬱陶しいキラキラとした子犬のような目で見つめてくる。煩わしいが、主人から求められることが出来ないなんて完璧な従者である俺のプライドが許さない。そういった経緯もあり、俺の料理のレパートリーは無限に増え続けていた。しかしながら妹のナジュマにもよく言われる通り、俺の料理は“地味”らしい。味が良ければいいじゃないかと思うが自分の作った料理に文句を言われるのは心外だ。マスターシェフで少しは見た目の“地味”さから脱却出来たものの、カリムの好みに合わせるにはもう少し派手さも欲しいと思い立ち、最近は新しい料理を作る度にネハに試作を食べてもらっていた。不味いはずはないだろうが念の為だ。今日もそうだ。誰に教えてもらったのかは知らないが、カリムは急にシュークリームが食べたいと言い出した。きっとハーツラビュルでリドルと勉強会をしてくると言っていたから、そこで話題に登ったのだろう。リドルも面倒なことを教えてくれたものだ。文句を言いつつも粗熱が取れたシュークリームの皮にカスタードクリームを絞っていく。仕上げに粉砂糖の代わりにカリムの好きなココナッツパウダーをふりかけ、ミックスナッツを刻んで飾りにする。ナッツはネハの好物だ。

「よし。完成だな」

シュークリーム、予想以上に手間が掛かるスイーツだ。そろそろネハも言いつけた用事を済ませて戻ってくる頃だろう。一つ食べてもらって感想を聞くとしよう。しばらく調理に使った器具を片付けていると、誰かがキッチンに入ってくる気配がした。きっとネハだ。

「ネハ」

振り向きざまに名前を呼ぶとネハは出来たてのシュークリームを見ながらキラキラと目を輝かせている最中だった。呆気に取られてそんなネハを見つめていると、ネハはその視線に気付いたのか弾かれたように俺の方へ向き直った。

「も、申し訳ございませんジャミル様…!洗濯物の取り込み終わりました!」

嬉しそうにしていた表情を隠すように口元を手で覆うネハを見ていると、何故だかナジュマのことを思い出した。俺が実家で菓子を作る度にソワソワしてまだかまだかとキッチンに覗きに来る分かりやすい妹。出来上がったばかりの菓子を食べては嬉しそうに表情を綻ばせていた。あまりにも分かりやすく喜んでいたネハの表情を思い出して笑いだしそうになる。

「あの…ジャミル様…?」

不安げにこちらを見上げるネハに気付き、慌てて出そうになった笑いを堪えながら「ああ」と返した。それから片付けの手を止めてネハへ身体を向ける。

「カリムに頼まれてシュークリームを作ったんだ。レシピ通りに作ったから不味くはないと思うが、一応食べて感想を教えてくれ」

いつものように言うとネハはまた嬉しそうな表情をした。本当に分かりやすいな。そんなにシュークリームが好きなのだろうか。それならもう少し作っても良かったのかもしれない。いや、何を考えているんだ俺は。そもそもカリムのために作ったのであってネハはその試食をするだけだ。

「あ、ありがとうございます…いただきますね」

皿の上にいくつか並んでいるシュークリームの一番小さいものを遠慮がちに手に取って、ネハは一口齧った。齧った皮の中からカスタードクリームが溢れ出してネハの鼻の頭にくっ付く。それに驚いて何か拭くものはないかと探すネハの姿が面白くて思わず笑ってしまった。

「まったく世話の焼ける…拭いてやるからこっちを向け」

「う…申し訳ございません…」

ナフキンを水で濡らしてネハに近づき、少し恥ずかしそうに頬を紅潮させてこちらを縋るように見つめてくるネハの表情を至近距離で見た。鼻の頭にはクリームがついていてなんとも間の抜けた顔のはずなのに、胸の奥がなんだかギュウギュウ押さえつけられてる感じだ。

「ジャミル様?」

いつまでたっても拭かない俺にネハが不思議がり、首を傾げるのもどこか庇護欲が唆られる。まるで雛鳥を前にした親鳥のような…

「…フン」

さっさと鼻の頭を拭いてナフキンを捨てると、ネハはまた「申し訳ございません」と頭を下げた。

こんなおしゃべりでどうしようもなく世話の焼ける女が可愛いなんて…俺はどうかしているな。