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Human Interview

限界の、その先へ ── テノール歌手・芹澤佳通さん

2022.11.14 09:00


ヒューマンインタビュー第18回目は、テノール歌手・芹澤佳通さん。



芹澤 佳通(せりざわ よしみち)


国立音楽大学音楽学部声楽学科およびボローニャ国立音楽院声楽コース卒業。

2007年に「第38回イタリア声楽コンコルソ」にてミラノ大賞(第1位)を受賞したことをきっかけに、翌年「入学可能な外国人は5名まで」という狭き門を突破しConservatorio di musica Giovann Battista Martini Bologna(ボローニャ国立音楽院)に留学する。在学中は学内コンクールにおいて第2位受賞や、音楽院が主催する演奏会のほとんどに出演するなど実力を認められ、卒業試験では満点にてディプロマを取得する。

帰国後はオーディションに積極的に挑戦し、2015年には世界的な指揮者である小澤征爾指揮、ベートーヴェン「第九」にてソリストとして出演する。2018年には第九アジア初演100周年を記念した「第37回なるとの第九」においてもソリストとして選ばれるなど、第九のソリストとして高い評価を得ている。

オペラでは、2017年の二期会創立65周年・財団設立40周年記念公演R.シュトラウス「ばらの騎士」に動物売り役として二期会デビュー。その翌年には早くも同プロダクションにてプッチーニ「外套」の主要キャストであるルイージ役に選ばれ頭角を現す。2020年のグランドオペラ国内共同制作プッチーニ「トゥーランドット」では、有名なオペラアリア「誰も寝てはならぬ」を歌うカラフ役を演じ、2021年東京二期会オペラ劇場ワーグナー「タンホイザー」では、タンホイザー役という自身初のタイトルロールに抜擢されるなど、主役級の役柄を歌うプリモテノールとしてそのキャリアを築き始めている。

2021年4月には来日予定だった外国人歌手の代役として、急遽オペラ界のレジェンド、リッカルド・ムーティが指揮するヴェルディの歌劇「マクベス」にマクダフ役にて出演することとなる。数々の偉大な歌手と共演してきたマエストロ・ムーティの厳しい要求に短い稽古期間にも関わらず見事応えてみせその重責を全うした。

最近ではYouTubeにて「とあるテノールちゃんねる」を運営しており、そのなかでも【とあるテノールが「夜の女王のアリア」を全力で歌ってみた!】は個人が演奏したクラシック音楽としては異例の11万回再生を超えている。

東京二期会会員


YouTube:とあるテノールちゃんねる

Twitter:@Yosimicio

ブログ:LA CAFFETTERIA DI RETROSCENA舞台裏カフェテノール芹澤佳通の日常系ブログ




プリモテノールとして輝かしい王道を歩む芹澤さん。その一方でYouTube「とあるテノールちゃんねる」での探究心溢れる企画などからは、芹澤さんの型にはまらない魅力が伝わってきます。


11/19(土)に迫ったソロリサイタル「UNLIMITED/限界突破リサイタルC→F」でも、ベルカントの超難曲8曲をプログラムに「リサイタル系アトラクション」と銘打って、クラシックや声の魅力を新しい形で伝えていこうとされています。


リサイタルを前に、芹澤さんは何を思うのか。お話をお伺いしてきました。




自分にしか出来ないことを


「UNLIMITED/限界突破リサイタルC→F」稽古風景から




「ブログやSNSでも書いてきましたが、今回のリサイタルでは自分にしか出来ないことを発信したいと考えているんです。


今回のリサイタルのプログラムには、誰もが知っている有名な曲はあえて入れませんでした。有名な曲というのは、歌える人の分母が多い曲でもあるでしょう? それって言い換えてしまうと、ある意味では簡単に歌えてしまう曲でもあると思うんです。


今回取り上げる8曲は技術的に難しすぎて、現代では歌われる機会がほぼないものばかり。いわゆる玄人受けするプログラムだろうなと、自分でも感じています。


ただ、万人受けするプログラムではないけれど、自分の持ち味を存分に発揮出来る曲を揃えられたと考えています。『芹澤佳通』というテノールがどんな歌手か。それをわかってもらえるプログラムに仕上がったと考えています」



微笑みを浮かべながら、静かな口調で語り始めた芹澤さん。


その静かな口調の中には、長い時間をかけて育まれてきた揺るぎない自信が滲み出ています。



「今回のプログラムを組んだのは、自分にとってはいつでも楽に高音域を出せるという自信があるからだと思います。


実際、僕にとっては低い音域よりも高い音域の方が楽なんです。タワーマンションと同じで、低いところには行き場所がたくさんあるけれど、高いところに行けば行くほど、行き場所が少なくなる。 


高音域は常に正しいやり方でないと出せないから、逆説的に自分にとっては楽なのだと考えています。そうした自分の特性を考えた時に、ベルカントオペラから曲目を選ぶのは至極当然のことでした。


結果的に、あまりに音域が高すぎるのと技術的にも難しいので挑戦する人も少ない曲目ばかりになりましたが、僕にとってみると『やってみようかな』という軽い気持ちで踏み出した挑戦。そして、最後までやれないわけがないじゃないかと思っています」




今回の「UNLIMITED/限界突破リサイタル C→F」のプログラムは世界的に見ても類を見ず、学術的にも非常に意義のあるものです。「限界突破」の名のとおり前人未到の挑戦を、様々な方々が固唾を飲んで見守っているのが伝わってきます。


けれどもそんな挑戦に臨む芹澤さんご本人はいたって自然体。とても軽やかに、そして楽しげにこの挑戦について語ってくださいます。


芹澤さんにとって「限界」は、どのように定義づけられた存在なのでしょうか。



「以前のことですが、陸上100m走で『10秒を切るのはムリだ』と言われていた時代ってあったじゃないですか。その時代が結構長く続いていました。


けれど、誰かひとりが10秒の壁を破ると、次々にみんなが10秒を切るようになっていったんです。そして今では10秒を切るのも陸上界ではよくあることになりました。


それと同じだと思うんです。できないと思っていると、できない。でも、実際にはできるんです。壁は越えられるんです。だから、やってみせていく。それだけです。


『難しい』って思っているうちは、なんでも難しいんです。ここまでが自分の限界だと思っていると、そこがリミットになっちゃう。けれどやってみたら、不可能でもなんでもないんですよ。


バカみたいな奴がひとりくらいいてもいいじゃないですか。言葉によるメッセージとかよりも、実際にやってみせた上で『こういう人がいるんだ』って思ってもらえればいいんです。


そしてあとは、聴いてくれた人が汲み取ってくれればいい。面白いと思ってくれたら、その後でなにかを選べばいい。それでいいと思っています。


もちろん、肉体的な限界はありますよ。人間だから寝ないとならないし。けれど、それ以前の精神的な限界というのは、自分の心と覚悟ひとつで乗り越えられるものだってことを経験を通じて学びました」




純粋に声を育てたい一心で



天賦の才能をたゆまぬ努力により強靭に育ててきた芹澤さん。どのように、歌の道へと導かれていったのでしょうか。



「もともと、歌に進むつもりはなかったんです。ピアノは子供の頃からずっとやっていて、合唱コンクールでもピアノを弾いたりしていました。


高校進学の時に普通科に進むことに違和感を感じて、自分が続けてきたピアノに目が向きました。そして、音楽科のある高校を受けることに決めました。


合格したのは第二志望の音楽教育専攻。その時にピアノともうひとつ、主科実技を選ぶように言われたんです。


決め手となったのは母が言った『歌はタダよ』という言葉。本人は覚えていないって言うんですけどね。それで、歌をもうひとつの主科実技に選ぶことにしました。


最初はあまり成績もふるわなかったのですが、高校1年の2学期に意識的に先生の真似をするようになってから、急に声が出るようになったんです。 


そして高校2年の時には声楽専攻に転科して、ピアノから歌へとシフトチェンジしました。高校2年の時には静岡県の学生コンクールで入選して、翌年には第2位になりました」




ラジオdeミュージカルMCの宇梶由紀子さんと




「そして国立音楽大学へ進学しました。入学してからしばらくも成績はいい方でした。けれど、大学2年か3年の時に転機が訪れます。国立では学内オーディションを受けるにあたって選抜された学生しか受けられないのですが、自分よりも順位が下だと思っていた人たちが指名されていたのです。


当時はプライドが育っていたものの、伸び悩みの時期でした。でも学内オーディションの一件で現実を知って……そこからはプライドを捨てるのが大変でしたね。でも驕りや高ぶりを捨てて、人の意見を素直に聴くように心がけて、大学3年の頃はプライドをなくす運動にいそしみました。


そして最後の卒業の時に『おめでとう』と言われました。卒業演奏会のメンバーの中に名前が入っていたのです。ようやく再浮上できた瞬間でした。


大学生の頃の自分は、今の自分から見るととんがっていたなと思います。でもあの頃にプライドをへし折られるような経験をしたからこそ、人の意見を素直に聴けるようになれたと感謝しています」



優秀な成績で国立音楽大学を卒業された後、芹澤さんは国内最難関のコンクールのひとつ「イタリア声楽コンコルソ」で最高位のミラノ大賞を受賞されます。


その後「外国人の入学は5人まで」という厳しい制限を乗り越え、ボローニャ国立音楽院声楽コースに入学。こちらも優秀な成績で卒業されました。


帰国後は国内外との重鎮との共演を積み重ね、堅実にキャリアを積み上げておいでです。



「実は僕、東京藝術大学の大学院を3回受けたんです。最後になった3回目では実技試験は合格したんですが、最後の筆記試験で日程を間違えるという痛恨のミスをしてしまって……。立ち直るまでにはすこし時間が必要でした。


その後、イタリアに留学できるという特典に魅力を感じて受験したイタリア声楽コンコルソでミラノ大賞を受賞して、実際にイタリアに留学できることになりました。今の僕にとって、日本語の次に親しい第二言語がイタリア語になったのも、この留学のおかげです。


けれど、当時の僕にはヨーロッパでキャリアを築いていきたいとか、オーディションに勝ち残っていきたいという気持ちは特になかったんです。ただ純粋に声を育てたい一心でした。幸いにも素晴らしい師匠に出会えて、声が育つと共に音域も広がっていきました。


帰国してから、二期会をはじめとして様々な現場で仕事をさせていただくようになりました。その時も自分にとっての第二言語がイタリア語になっていたことで、マエストロや演出家が言っていることが細かいニュアンスまでそのまま伝わるようになりました。通訳の方が入ると、自分の中での理解が変わってしまうんですよね。


だから今回の『UNLIMITED/限界突破リサイタル C→F』も、お客様にはイタリア語の持つ響きの美しさをそのままに楽しんでいただきたいと願っています。日本語での意味がわからなくても、イタリア語の持つ美しさをまるごと味わっていただきたいと願っています」




「責任しょって、笑うんだよ」


「UNLIMITED/限界突破リサイタル C→F」稽古風景から




「これまで『外套』や『トゥーランドット』、『タンホイザー』などドラマティックな役柄が求められる場面が多くありました。


そうした役柄は確かにとても楽しいのだけど、自分が本領発揮できるのはもっと緻密に計算して作り上げていくベルカントオペラだと考えています。


感情の発露だけに頼らずに、テクニックで細かな音型を再現していくのは、スポーツにも似ていると感じています。マラソンでコース全体を俯瞰して『このルートはどうやって攻略していこうかな』と考えるような感じかもしれませんね。


高い音域は偶然性に頼るようなことはしていません。『今日は出たけど、明日はどうだろう』ではなく、いつでも出せる技術を育ててきました。だから、出せるということは大前提で、どんなクオリティかということを加味して考えています。


例えば今回のリサイタルではベッリーニの『清教徒』のアリアを歌うのですが、この中にはHigh Fが出てきます。この最高音に至るまでのルートは、それまでの練習で踏み固められた轍を超えないことがもっとも重要になってくると考えています。


ただ聴いている方々にとっても緊張感が滲み出てしまう場面かもしれません(笑)。なので、そうした緊張を和らげるためにもLaboratorio 141の皆様に合唱をお願いしています。


またエルヴィーラ役としてソプラノ歌手の田井友香さんに助っ人をお願いして、助けていただいています。リサイタル主催の合同会社P&ME代表の鷲尾裕樹さん、ピアニストの齋藤菜緒さんもそうですが、周りの方々に支えていただいています。とてもありがたいことですね」



合同会社P&ME代表の鷲尾裕樹さんと




「近年、依頼を受けて市民オペラでメインの役をつとめる場面も増えてきました。そうした現場に入ると、市民オペラの主役である合唱の方々の純粋な熱意に心を打たれます。


皆さんきっと、ご家庭のこととかいろんな事情を抱えながらも、それらをクリアにして稽古場にいらしていると思うんです。そういう方々の純粋な情熱が集まって作られる作品からは、様々なことを感じます。


今年も日立市で『トゥーランドット』カラフ役を歌う機会をいただきました。地元の方々が築き上げた上に立たせていただくのだから、しっかり応えていこうという気持ちでいましたね。


ただ、稽古の時に自分としては思わしくない時がありました。その後、カーテンコールで出ていく前に、申し訳なさもあって舞台袖で顔が曇っていたのではないかと思うんです。


その時に、ずっとお世話になっている舞台監督さんに『責任しょった上で、ちゃんと笑うんだよ』って言葉をかけていただきました。その言葉にハッとしました。


責任しょって笑えるところまで、自分を持っていくことまでが仕事なんだ……って、改めて肝に銘じました。トータルとして人としての在り方を考え直す本番になりましたね」




「UNLIMITED/限界突破リサイタル C→F」稽古風景から、Laboratorio141の皆様と




──『責任しょった上で、ちゃんと笑うんだよ』……──



その言葉のとおり、誰も挑んだことのない挑戦に臨む芹澤さんは軽やかに、穏やかに微笑みを浮かべ続けています。


おそらくは芹澤さんの軽やかさも穏やかさもユーモアも、時間をかけて形作られてきたひとつの覚悟から生まれてきたものなのでしょう。


そうした静かな覚悟と共に臨むソロリサイタル「UNLIMITED/限界突破リサイタル C→F」。


最後にあらためて、皆様へのメッセージをいただきました。



「自分の限界は、自分で定めない方がいいです。リミッターはずして、踏み込んでいった方がいいですよ。


あと、気弱になりがちな方は筋トレするといいですよ! 何か言われたりしても、基盤になる生き物としての確固とした自信があると、自分を強く保つことができます。


『UNLIMITED/限界突破リサイタル C→F』はリサイタル系アトラクション。だから、気軽な気持ちで来てくださいね! 服装とかよく訊ねられますが、季節に合わせて寒くない格好でしたらなんでもOKです。僕は基本的に、いつも白Tシャツです。


11月19日、早稲田奉仕園スコットホールでお待ちしています!」





芹澤佳通さんリサイタル「UNLIMITED/限界突破リサイタル C→F」は、2022年11月19日(土)早稲田奉仕園スコットホールで14時開演。


公演詳細、チケットお申込みはこちらの特設サイトをご覧ください。




芹澤さんのますますのご活躍、そしてリサイタルのご成功を心より願っております。