EPISODE8 -ハル-
【PROFILE】
・天王寺 ハル(てんのうじ はる)
・10月8日生まれ
・16-17歳 (高校2年生)
・165㎝ / 57㎏ / O型
【DATA】
・心と有紗の息子②
命名は有紗。当時、二人の間で明るく元気な子になってほしいと「晴(はる)」という名が挙がっていたが、有紗の提案により「心」の漢字を分解してカナ表記の「ハル」になったそうな。
・実は2歳の頃から空手をやっていた
東の父が師範を務める道場『鷲連館(しゅうれんかん)』の道場生。父である心、兄である紗一と共に2〜5歳の間稽古していた。
・元はバスケ部だったが、兄を探して空手部に飛び入り入部した
強くなったら兄に会えるかもしれないという雑な思考で行動したらしい。
【EPISODE8-ハル-】
ハルには5歳までの記憶が無かった。
覚えているのは自分の名前だけ。
物心がついた頃には、自分の世話をしてくれている嘉乃という女性が本当の母親ではない事は理解していた。
両親の事は詳しくは知らない。色々あって亡くなってしまったという事だけ知っていた。
嘉乃はハルがやりたいと言った事は何でもやらせてくれたという。
サッカー、野球、バスケ……ハルが何かにのめり込む度に自分もそれを勉強し、休みの日には一緒に走り回って遊んでくれるような活発で面倒見の良い義母だった。何なら本気になりすぎて全競技で嘉乃に勝てなかった。
そしてハルは一番夢中になったバスケを一番長く続け、中学生になった頃には全国大会にレギュラーで出場するなどそちらの成績は優秀だった。
しかしあまり勉強は得意ではなかったので、高校受験はバスケの特待生として、部活動の名門校として有名な高校に推薦で行く事を選んだ。
「虎校に行きたい」
そう言ったとき、いつもなら何でも笑って快諾してくれる嘉乃が一瞬固まったのをよく覚えているという。
そして、その理由が思ってもみなかったタイミングで判明する事となったのだ。
ある日の学校の帰り道。
夏休み前の期末テスト期間で、部活動は禁止だった。なのでそれは夕刻前の事だった。
たまたま部活の先輩、宇田川紗一を見かけたという。
ハルからすると紗一は不思議な先輩だった。
彼と言葉を交わした事はほぼ無く、学校ですれ違った時などに挨拶をしても目は合わないし、ふとした時に何となく視線を感じて振り向いてみるがもうそこには居なかったりする。野生の猫みたいな人だと思っていた。
しかし、ハルがその日見かけた紗一の足取りはフラフラとしており、何やら具合が悪そうだったので心配になり声を掛けようと近付いた時だった。
紗一はその場に蹲り、苦しそうに心臓を押さえながら気を失ったという。
ハルはこれまでの人生でそういう場面に遭遇した事が無かったので、紗一の血の気の引いた青白い顔にもしや死んだのかとパニック状態だった。
救急車を呼ぶだとか、誰かに助けを求めるだとか、そういう方向には頭が動かなかったのだ。
幸いすぐ近くに病院があったので、咄嗟に紗一を抱えそちらに走ったのだという。
そしてその病院が紗一を急患として受け入れてくれ、息はあると伝えられとりあえず安心したハルが最初に連絡したのは、顧問の蒼芭だった。
しばらくすると病院に着いた蒼芭が医師と話をし、ハルは蒼芭の指示でとりあえず紗一のいる病室の外で待機させられていた。
そして蒼芭は、紗一の両親だろうか、深刻な顔で誰かに連絡をしていたという。
しばらくすると、なぜか蒼芭の師匠である若林が病室に駆け付けて来たのだ。
そしてその後ろにはなぜか自分の義母である嘉乃、そしてさらになぜか空手部主将・東の父である源次朗がいた。
ハルは意味のわからない組み合わせに暢気に驚いていた。その時だった。
嘉乃に首根っこを捕まれ「ここにいてあなたも話を聞いてなさい」「頼んだよ」と言われ、紗一がいる病室の空のベッドに無理矢理押し込まれ、カーテンを閉められたのだった。
自分が何を頼まれたのか全くわからないが、その時の嘉乃は、今までハルが見た事のない複雑な表情を浮かべていたという。
そして、すぐ隣のベッドにいるであろう、紗一と嘉乃たちが繰り広げる会話は、ハルには信じ難いものだった。
紗一は義父母に虐待をされている事。
もう長くは生きられない事。
本当の両親は事故死、さらに父親は罪のない子供を轢き殺した事になっている事。
しかしそれには色々と裏があり、嘉乃や若林たちは随分と長い間、紗一の父親の潔白を晴らすために闘っていた事。
そして、紗一こそが自分の兄だという事。
ハルは唖然としながらも、耳を澄まし次々と進む嘘のような会話に必死についていった。
虎校に入学した当初、下宿先の部屋にいきなり現金と米が届いた事があった。差出人は不明だった。
嘉乃からだろうと思い、電話を掛けてお礼を言った。しかしその時、嘉乃に「実はあなたには血の繋がったお兄ちゃんがいてね」「それはお兄ちゃんからだよ」と言われた。
自分にも血の繋がった家族がいたんだと、嬉しかった。
もちろん、嘉乃は今まで自分を何不自由なく育ててくれて不満はなかった。でも、やっぱり本当の家族に会ってみたかった。
しかし、その兄がどこにいるのかを問いただしても、何故か嘉乃は教えてくれなかった。
せめて兄はどんな人なのかと聞くと、いつもはハキハキ喋る嘉乃が珍しく口ごもり、「空手が強いらしい」とボソッと言ったという。
その一言が原因でハルは今強豪空手部にいる。
ここで強くなればいずれ兄に会えるかもしれないというガバガバな理由で。
そして、自分に兄の所在を言えなかったのは、他でもない、その兄が口止めしていた事が原因だったようだ。
紗一は今まで、想像も出来ないくらい悲惨な家庭にいて、病気の治療もできず、逃げる事も出来ない事はわかった。
そして、紗一が自分の存在を隠していたのも、ハルにはこのまま何も知らずに悲しまずに幸せに生きてほしいからだという事も、ハルは理解しようとした。
理解しようとしたが、理解できなかった。
色々大変なのかもしれないが、勝手に全部一人で知ったふりして、勝手に自分一人で答えを出して、勝手に死のうとしている実は兄だった先輩が、惨めで可哀想で、苛立ちに似た感情が湧いた。
自分が倒れたら、すぐに駆け付けて来てくれる大人だって今目の前にちゃんといるじゃないかと。
弟のオレだって、毎日すぐそこにいたじゃないかと。
気付けばハルは思い切りカーテンを開けていた。
もちろん驚いてるのは紗一本人だけだった。
嘉乃や源次朗、若林と蒼芭たちは皆、自分の斜め上を見て沈黙していた。
ハルはやっとわかった。
嘉乃たちは、自分にこの話を聞かせて頑固な紗一に「諦めるな」と納得させようとしたんだと。
他でもない弟である自分に。
しかし勢いよくカーテンを開けたのはいいものの、全く言葉が出て来ない。
初めて紗一と目が合った。
自分と同じ色をしていた。
色々と言ってやりたかった。
そういうのは本当に助けてくれる人がいない人間が言うものだ!とか、悲劇のヒーローか!とか、そもそも思考回路が面倒臭い!だとか。
しかし改めて見ると、紗一の首や顔は痣だらけで、透明の管に繋がれた身体は自分よりずっと痩せていた。
やっと出た言葉は
「絶対に助ける」
だった。
→【EPILOGUE】