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ささみのノート

自死した恋人のこと ②直前までの出来事

2018.03.24 06:54

※人が亡くなるまでのお話なので少々衝撃的な内容が含まれています。ご注意ください。




Nが亡くなる2ヶ月ほど前、彼は半年ほど勤めた会社を休職した。

診断は自律神経失調症と聞いている。



そもそもNは会社勤めを始めてしばらくしてから体調を崩しがちだった。具体的には、眠れない日が続く、身体のあちこちが痛む、胃腸の調子が悪い、微熱が続く など

多すぎて全ては思い出せないくらい。そして慢性的な不調は徐々にひどくなっていった。

職場で何かあったわけでなく、毎朝決まった時間に起きて1日8時間働くことそのものが負担になっていたらしかった。仕事内容は合っていたのだと思う。話を聞く限りではそう。


そんなNに対して私がかけてしまった言葉といえば、「ここで頑張れなければ正社員として生きてくのは難しいね」「経済的に余裕無いんだよね」「○○が痛いってどんな感じ?検査して問題ないなら心配ないね」

Nの頑張りを後押ししたい、健康面の不調が理解・共感できないために知らず知らずのうちに追いつめるようなことを言ってしまっていた。


Nは最終的にはしんどいのかどうかもよくわからない、自分の身体の反応が妥当なのか自信がない状態になってしまった。一因には、私の無理解もあったと思う。ごめんなさい。自分の浅はかさが恥ずかしく、悔しい。




亡くなるひと月前には自分で生活できないほどに弱り果ててしまった。膝が痛んで長くは歩けない。胃腸も働きが鈍く、もう減る余地のなさそうな体重は緩やかな下降線を辿った。

もちろんあちこち病院にかかった。整形、脳神経内科、心療内科、消化器内科…しかし原因不明、経過観察と言われたそう。

でもメンタルは元気だと言っていた。少なくとも私には。

(精神科的なところは正直あまり把握していなかった)


生活ができなくなってからNは実家に戻った。

しかし、実家はNにとっては安らげる場所ではなかった。複雑な事情を抱えた家庭だった。詳細は割愛するけれど。

引き止めればよかった。少なくとも実家に帰ることを薦めてしまったことは間違いだったと思っている。


そんな中、Nの誕生日を迎えた。が、その日Nとは連絡が取れなかった。結局、誕生日プレゼントを渡すことはできなかった。





それからしばらくしてNは突然帰ってきた。

前もって連絡もくれないまま。


連絡が来たと思ったら、

「助けて」

「トラウマを与えてしまうかもしれない」

「これ、家族の連絡先」

…わけがわからなかった。


1時間ほど間が空いて電話がつながった。

ろれつが回っていない。今まで一度もそんなことなかった。眠剤飲んだからと言っていたけど、本当だったのだろうか。今思うと、ひょっとして、ODでもしてたのかな。

電話で聞いた内容は、今の体調(大きな変化はない)、感覚過敏があって統合失調症の初期症状かもしれないこと、明日心療内科に行くこと。とにかく大丈夫だということ。

私の近況も話して、眠剤飲んだ後でもう眠るからと言って電話を切った。

これが最後の会話だった。


その後Nの家族が救急を呼ぼうとしたらしいが、おそらく自殺企図も急性の症状もなかったからか、搬送されることはなかった。



翌日、私は出かける予定があったのだけど、ちょうどその時電車が止まっていた。

人身事故だった。






→ ③その後の出来事