桜花始め
待ち遠しかったのは
早春の訪れを告げるもの
暦の上で季節を分かつ
春分の嵐が通り過ぎ
新月から満ちる月に引かれるように
蕾が解かれ
この春も鮮やかに桜の季節が始まりました
毎朝 窓を開けると目に入る桜並木が
少しずつ淡い桜色に染まるのを眺めながら
ひとつのサイクルの終わりと始まり
そんな気配を静かに感じていました
厳しい冬の寒さのなか
桜は幹の中にその色を
育んでいるのだと知ったとき
自然には無駄な営みは一片もなく
花にはそれまで以上に健気で
ひたむきな想いを感じるようになりました
現在およそ六百以上あると言われる桜の種類
私たちがふだんサクラと呼び
目にすることが圧倒的に多いのは
人の手によって植えられた染井吉野ですが
大地に根を下ろした自然の種子から育ち
咲く時期も姿形もすべて異なる
「一本一種」と呼ばれる野生の山桜
その凛とした佇まいに
私は昔から心惹かれます
花と葉が同時に展開する姿や
ひとつひとつ微妙に異なる花の色
「笑いかけ」と呼ばれる
咲き始めの花の愛らしさ
あふれ出すような満開の美しさ
散る寸前にほんのり化粧を施したような
赤く染まる花芯
そして夢のように風に舞い
散りゆくこぼれ桜の花吹雪
そのすべてが愛おしく
美しさも儚さも
まるで人の生きざまをなぞるようにさえ
思えるのです
咲く時もその姿形も
散りゆくときも
すべて異なるからこその
山肌を刻々と染めながら
変わりゆくグラデーションは
人の手には到底及ばない
自然だけが創り出すことのできる
神の聖域のような色彩美
人もまたすべて同じではないことが
美しい色彩や音を奏でるのだということを
だからこそ
自分の生き方に誇りを持つべきだということを
そっと教えてくれている気がして
満開の花を見上げながら
ここからまた歩んでいく力を授かったように
感じています
さくらは私たち日本人にとって
魂に刻み込まれたしるしのような花
その絆の深さに抱かれるとき
懐かしい遠い記憶が蘇るような気がして・・・
桜の季節は
どこかに忘れてきた
大切なことを思い出す季節なのかも
知れません
* * *
桜ばな
いのちいっぱい咲くからに
生命をかけてわが眺めたり
~岡本かの子~