悪口の反射神経(山内てっぺい)
前略
気になったことはすぐ口に出してしまう。納得いかないこと、イラついたこと、逆に綺麗と思ったこと、感動したことまでもうなんでもパッと口に出す。可愛い人には「可愛いなぁ」と言い腹が立ったら「それは違うだろ」と嫌味な言い方をする。ポジティブなことは信じられることもなくスルーされる。冗談だと思われる。ネガティブな感情は口に出せば何か解決すると思っているフシがある。もちろん解決なんざするわけがなく、他人を不快にさせたり問題は問題を呼びまた気になることが増え、口に出せばまた問題を呼ぶ。解決することなく「あいつはバカだ」というレッテルを貼られ人は僕から離れて行く。(元相方もそういった理由で離れていった。)運動神経を親の腹の中に忘れて出てきたせいで、飛んでくるボールをまともにキャッチもできないし、なんなら危ないところにボールが飛んできても避けきれずぶつかったりするほど反射神経のない僕であるが、悪口の反射神経はもうものすごく発達しているのだ。
僕は小説を書くときのプロットがどうしても書けない。書こうとしてもそれはもうプロットではなくお話となって出てきてしまう。まず最初の1行を思いついたらそこからつらつらと続いてしまう。こう言われたらこう返す。こう返されたからこう言う。悪口の反射神経を上手く使い頭の中で見知らぬ2人が会話を始める。それを傍観者山内がどちらかの視点に立ってまとめる。ただうまく着地するのはほんのわずかで着地点を見失い何が何だかさっぱりわからないものの方が多い。というか見栄を張ったがうまく着地した作品など書けたことがない。ここに公開してる作品も「なんかうまく着地できなかったけどまぁいいだろう」という感覚のまま公開して後日後悔する。プロットさえあれば着地点を見定めて飛行できると思いまず着地点を考えてからからお話を書き始めたこともあるが、そもそも書き方が変わらないから結局その場に降り立つことはなく、訳のわからないところに不時着することも多々ある。不安になりながらもこっそり公開してこれまた後日後悔する。
「実はこっそり読んでるよ。文藝部。」愛しいあの娘はある日そう言った。「山内くんの文章を読んで~」と部長はある日ジェネレーションギャップを嘆くツイートをした。読まれているんだという実感と共にやっぱり恥ずかしいという気持ちも出てくる。自分に自信がないから。人様に自分の作ったものを見て欲しい気持ち、わかって欲しい気持ちはあるのにいざ見られると急に隠してしまいたくなる。公開する時は自信を持ってお届けしているが、時間が経つとそれは後悔に変わる。どうも自分という存在に自信が持てない。僕は常に劣等感を持って生きている。誰に対して?
それは僕の元相方に対して。
僕は常に元相方への劣等感を拭いきれないまま創作活動をし、納得できないままその気持ちを口にする。解決もしないのに。
続く。