Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

(社)全日本空道連盟 大道塾静岡西道場

先輩たちまで500万光年

2022.11.17 15:08

 ぼくは高校一年生のとき、

べつべつの高校に進学した中学時代の友人に誘われて、

放課後、フルコンタクト空手の道場「拳法会」に通いだした。

 拳法会は世界に支部がある、浜松市では大きな団体である。

 高校ではすでに柔道部に入っていた。

 だから夕方から午後6時くらいまで投げ技の練習をしてから、

午後7時には空手の道場で稽古をつけてもらっていたことになる。

 帰宅するのは午後9時過ぎで、それから学校の復習や予習をするので、

同級生が話すテレビの話題にはついていけなかった。

 拳法会でもぼくは試合に出た。

 ニュージーランドとの対抗戦に出て、一回戦を日本人選手と対戦して勝ち、

二回戦で、なぜかずっと名前を覚えているのだが

「ジェイソン・モイヤー」選手と当たったのだった。

 対戦直前に、ジェイソン選手がぼくにちかよってきたことを今でも覚えている。

 当時も身長の低かったぼくは、上りたくなるくらい上背のあるジェイソン選手から

「メイビ」と言われて対戦した。

 試合は負けてしまった。

 けれどよかったのは、体格差を克服するには、

パンチや蹴りだけでなく、柔道のような投げも総合的に強くならないといけないと

気づいたことだ。

 そして探しているうちに「大道塾」という格闘技の道場が東京にあることを知って、

無性にいきたくなったのだった。大道塾は、顔面パンチも、蹴りも、投げも認められていた。

 あのとき、拳法会で過ごした三年間、

たくさんの大人が、ぼくに声をかけてくれたし、きにかけてくれたし、

心配してくれたし、味方になってくれた、応援してくれた。

 先輩たちが応援してくれたので、

ぼくは、多少なりともがんばってこれたのです。

 今思えば、眉を剃っていたりパンチパーマだったりした先輩たちは、

当時高校生だったぼくたちに、とてもやさしかった。


 二年前に浜松へ居を移してから、

かつて道場があった場所を、なんども訪ねて走った。

 先輩にもういちど、会いたいと強く願った。

 けれど道場はもうなくなっていて、別の場所へ移っている。

 ネットで検索するとHPは見つかったものの、指導者紹介には

あのすばらしい先輩たちは一人も名を連ねていない。

 先輩。先輩。先輩。いまどうしていますか。

 いま会えたら、ぼくに「けんもおじさんになったなあ。がんばれよ」って

はげましてくれますか。

 ぼくも、先輩たちに、とてもかんしゃしていることをつたえたいのに。

 それなのに。どうしても会えない。

+++++

 今日の稽古は二人で秘密の特訓。

 ともに稽古できる時間が、とても貴重だと思っています。