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だいぶ変わっているお仕事小説特集

2022.11.20 14:54

 こんにちは。

 もう冬まで秒読みなんじゃないかというくらい、特に夜が寒いですね。

 布団の中で手足が冷たすぎて、どうにか対策をうたねばと思いながら、去年はどうしていたのかと全く思い出せない、昨今の私でございます。

 さて今回は、何にあやかろうとしているか、お分かりになりますでしょうか。

 そう、11/23、勤労感謝の日でございます。

 お仕事に感謝するのではなく、お仕事をしている人に感謝をする日、自分も働いていますけど、って人はまず自分にようがんばってんな、と感謝する日でございます。

 ということで、働いている人の小説を集めてみましたが、選定しながら楽しくなってしまってだいぶ変わったお仕事小説ばかりになります。オフィスワークばかり集めた特集もいつかやりたいと思いつつ(私自身オフィスワークが長いので)、本日は趣向を凝らしたほうでお楽しみいただければと思います。それでは3冊紹介します。




津村記久子『この世にたやすい仕事はない』

 この作品を紹介するための記事です、と言ってしまってもいいくらい、今回の「だいぶ変わったお仕事小説」の筆頭をかざるナンバーです。

 津村さんと言えば、長年会社勤めと作家を兼業されていた方で、多くのお仕事小説を執筆されています。お仕事に対するリアリティのある想像力とフラットな姿勢をもって、高い文章力と構成力で世界観を作り上げる作家さんですが、このお仕事小説はなにせ入口からして楽しい。変わった仕事ばっかりの連作短編集でございます。

 長年勤めたところを燃え尽き症候群のような状態で辞め、責任のある仕事は嫌、感謝される仕事も嫌、透明になりたいという願望で仕事を探す主人公は、「一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守る仕事」がしたいと言い、外回りの仕事でもいいと言いながら「電線の上で鳴いているすずめを数える仕事」とか「交差点を何台赤い車が横切ったか数える仕事」を所望しています。いやいやあるかい、と思うところですけれど、相談員の正門さんは次々と仕事を紹介してくれるのです。

 1章から「みはりのしごと」、2章「バスのアナウンスのしごと」、3章「おかきの袋のしごと」、さらに4章、5章と続きます。1章はそれほど有名ではない小説家が日がな執筆に頭を悩ませている様子を、監視カメラで四六時中見張る仕事です。小説家が眠っているときだけビデオを早送りしてもいいのだそうです。2章のはローカルバスに流れる宣伝アナウンスの編集をする業務。なるべくアナウンスは入れたいけれど走行時間をオーバーしないように注意しないといけないあたりがリアルです。3つ目がおかきの袋の裏に書いてある小ネタを執筆するというもの。「ぽたぽた焼き」の後ろにあった「おばあちゃんのちえ袋」が思い出されます。

 ただ、業務が楽しそう簡単そうと思えば、なんやかやでそうはいかないのが各編の面白いところです。4章「路地を訪ねるしごと」は交通安全啓発などの官公庁が推奨するポスターを地域を回り貼ったり貼り替える仕事なんですけれど、やがて美人美女の写真を使った『さびしくない』という団体のポスターが目に付くようになります。どれも交通安全や緑化推進のポスターの隣に貼られている『さびしくない』、やがてこの団体との対決になっていくのがなかなか凝っていて面白いのです。

 連作短編集とは言ってしまいましたが、主人公は共通しています。要するに各仕事を紹介され、受け容れるものは受け容れ、受け容れられないものからは離れるその展開が、趣向を凝らして書いてあるのです。

 働くとは何か、全く考えたことのない切り口から気付かされるとても良い作品です。




吉田篤弘『おやすみ、東京』

 吉田篤弘さん、読んだものを瞬く間に虜にしてしまう、優しくて温かくてくすぐったい文章の持ち主ですけれど、吉田さんと言えばとにかくいろんな(変な)仕事を登場させることでおなじみです。現に<クラフトエヴィング商會>だって、おかしくて面白いわけですので。

 『おやすみ、東京』は深夜1時を回って働いている人たちの群像劇でございます。

 一頁目に登場するミツキという女性は、入社した大きな映画会社で<小道具倉庫>に魅せられ、<調達屋>という仕事をしています。その日も深夜に「明日の午前九時までに新鮮なびわをひと房」用意するように言われるのです。楽器じゃなくて果物のびわです。果たして、深夜営業しているスーパーを回ることになった彼女ですが、彼女には一つ頼る宛があり、それが夕方から早朝までの夜のタクシー<ブラックバード>を運転する松井さん。夜の町を新鮮なびわをひと房に手に入れる為にタクシーが走る、というのが第1話です。

 こうして数珠つなぎ的に深夜働く人たちが紹介されていきます。

 とぼけた人生相談から切実な生き死にの問題まで、どんなことでも話し相手になる<東京03相談室>、深夜四時に要らないものを回収しにくる喪服を着た業者、四人の女性が営む深夜営業の定食屋<よつかど>など、どれも深夜帯の描写が続きます(深夜のハムエッグ定食が美味しそうなあたり、ほんと吉田篤弘さんに一生ついていきたくなります)。

 群像劇らしくそれぞれ交差していくわけですが、深夜ならではの心細さと温かさが気持ち良く、繋がっている人たちもいれば、繋がっているけれどそれに気づいていない人たちもいるという美しさが散りばめられています。

 寒くなってきた夜長にはとっても合う素敵な一冊です。




村田沙耶香『コンビニ人間』

 読書家の中には云わずと知れた、2016年の芥川賞受賞作でございます。

 小説を書く中で、読者に心理実験を試みている、と私が勝手に思っているほど畏怖すべき作家、村田沙耶香さんの代表作となっておりますが、まず驚くほど読みやすい。

 コンビニというポップな入口に執念と言うほどの愛着、熱心さを見せる主人公の可笑しさとずれた感じと、白羽という男の腹の立つ感じは文学であるし、エンタメでもある。感想が人それぞれ違うこともあって、芥川賞受賞作の中でも人に薦めやすく、人に薦めたい作品です。

 主人公の「私」こと古倉さんは、普通の家に生まれ、普通に愛されて育ったと述懐してはいますが、幼稚園の頃、死んだ小鳥の死体を他の泣いている子どもたちを横目に持ち上げ、母親に持っていき、「お父さん、焼鳥好きだから、今日、これ焼いて食べよう」と言い、さらに大人になって思い出してもその発言の何がおかしかったのかわからないという、ちょっと周囲から変わり者と思われる人間です。父や母に心配されながら「治らなくては」と思いながら大人になった彼女は、コンビニアルバイトのオープニングスタッフ募集に応募し、二週間研修をし、そして18年働きます。

 彼女は相変わらず変わってはいますが、言われた通りのふるまいを、求められるままの仕事をこなす中で、コンビニで働いている間だけは普通の人間になれるという確信を持つようになったのです。

 そんな彼女に、婚活目的でコンビニのバイトを始めたという差別意識ばりばりの35歳、白羽という男との出会いが訪れます。特ににやにやできる出会いでもなんでもないわけですけれど、前述した通りの古倉さんですので、篭絡されたりいてこまされたりはしないわけです。そこは安心していただいて、楽しんで読めると思います。

 仕事人間、という言葉がありますが、骨格だけ残すようにして削ぎ落としたところにコンビニ人間=古倉さんがいます。皮肉もたっぷりで、これが芥川賞をとったことも面白いなぁと思ったりします。読んでいらっしゃらない方はぜひ。




 以上です。

 お仕事小説としてもオーソドックスではない内容ですので、ある意味で働くとは何かが、真新しい切り口で考えられるのではないかと、この記事を書きながら思った次第です。

 その業種の専門知識や、プロ意識、リアリティを味わえる作品も勿論素敵で、好奇心をくすぐられるものではありますが、何をどう思いながらみんなは働いているのか、何を考えながら自分は働いているのか、共感をもって味わう意味では、何の仕事というのはそれほど重大ではないのかもしれません。

 勤労感謝の日にお仕事小説、みなさま、手に取ってみてはいかがでしょうか。