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ささみのノート

自死した恋人のこと ④Nの思い、私の思い

2018.03.27 04:01

これまでの流れ

①出会い

②直前までの出来事

③その後の出来事



自死のお話です。




Nはなぜ自死したのかについてまず書いておこう。

本当に自分の意思だったのか、病的な発作だったのか。計画的だったのかどうか。

彼は遺書のような手書きで書き殴られたメモを残していた。そのままでは生々しさがあるから、内容を要約すると


・とにかく眠りたい。非常に眠いが、眠ろうとすると体が過敏に反応して眠れない。全身の感覚をなくしてほしい。

・体重が減り続けている。

・あちこちがが痛いという反応を身体がしている。痛みの感覚が変。

・痛いのは嫌だ。怖い。

・身体が動かなくて意識があるという状態は嫌だ。怖い。


あと、「助けないでくれ」とも。


身体が思うように良くならないどころか下降線をたどる一方で、病院では原因がわからないと言われ続けた。そして、前夜には背中に強い痛みが出た。

限界だったんじゃないか。先のわからないまま悪くなってゆく身体、痛み、不安と恐怖はどれほどのものだったろう。


病的な発作だったのかは不明。

痛みや眠れない苦しみから解放されたい。恐怖がその原動力となって、逝ってしまったのではないか。

私はそう理解している。



私たちは長いこと互いの考えや経験、悩みを伝え合ってきた。議論のような会話の中で時間をかけてすり合わせてきたものがあった。

私はどんなことでも話せた。

Nは…全てではないが話題にしたことはほとんど話してくれた。隠しごとはあっても嘘はつかない人だった。

けれど、精神的なつらさはなかなか教えてくれなかった。ピンポイントで聞いたら答えてくれただろう。自分から話したくはなかったのね。


直前まで毎日とは言わないまでも会話できていたこともあり、後悔は少ない。

あの時気づけなかったのだから、もう一度繰り返したところで気づけようがなかった。当時の私は精神疾患について無知だったし。あの時できたはずの手は尽くした。そういう納得感がある。




残された者に残る反応にはパターンがあって、死別反応と名前がついているらしい。

私もその過程をぐるぐると辿った。


・本当に亡くなってしまったのか、夢じゃないのかという否認したい気持ち。

・あの時ああしていればという不合理な後悔。あの晩夜中に会いに行くとか、実家にプレゼントを送るとか、いろいろ。戻ったってきっとそう行動することはできないよ。

・助けられなくてごめん。もっと私が健康で元気でいられたらよかった。

・私が少なからず彼に与えてきた影響で、こういう結果に導いてしまったんじゃないかという自責。

・どうして独りで逝ってしまったのかという怒り。これはあんまりなかった。同情してた。



あとは心にぽっかりと穴が空いてしまった。

今まで生きる上での支えになってた、エネルギー源が大きく失われた。心のどこかでNと共に生きていく未来を思い描いていて、それが残された僅かな活力源になっていたのに。

途方に暮れた。


死別反応の続きは、いつか深い悲しみを感じられるようになり、受け入れて、亡き人にこだわることなく自分の生を生きてゆけるようになるとのこと。

いつかそうなれる時が来るのかな。




最後に、Nの行動について私が思っていること。

と同時に本当に死にたくて死にそうな人への参考程度に。


Nの死は間違いなく私の人生を大きく変えることになった。彼の思い、彼との時間を背負ってひとりで生きていかなくてはという感覚。

勝手にいなくなって、その分はあなたが望もうと望むまいと誰かに背負わせることになるんだよ。あなたに関わってきた人たちに、あなたがいない分の重荷を与えることになる。

周囲にどんな風に思われていたか、正しく認識できていなかったでしょ。どんなに皆に愛されてたか。


残された家族は自死遺族として生きていく。


それに、人ひとりが亡くなることがどんな出来事かわかっていたかな。

事故の後、たくさんの緊急車両、遺体の世話をする人、警察の人、目撃情報を収集して、もちろん電車は止まって大勢に迷惑をかけた。事務的な手続きもして、葬儀だって集まった人の時間を奪う。お金もかかる。

アパートの住人が突然いなくなったら当然後片付けは誰かがする。本人がいないから貴重品を探したり、部屋中のものを仕分けするのも一苦労だった。なぜ冷蔵庫のコンセントを抜いていたのか…。うえっ。トラック1台をいっぱいにして、要るのか要らないのかよくわからないものを運んでいった。2日がかりだった。


周囲の心に傷を与え、大変な苦労と時間をかけて死という出来事は幕を閉じる。


…でも私は彼を責めない。責められない。

それほどの苦しみから解き放たれて、生きづらいこの世から逃げ出せてよかったね。

でも、一緒にいられたらもっとずっと良かった。



生きるも死ぬもその人の自由だ。

後悔しないか、よくよく考えて出た結論が自死なら私は止めはしない。

やりたいことやってこその人生でしょ。

でもその死にたいが本当は孤独感だったり、周囲に気づいてほしい気持ちだったり、疲れすぎていることだったり、他の手段でも解決できることなら、もう一度考え直してみてほしい。それらを解決するために自死を選ぶには代償が大きすぎやしませんか?








死について考えることは身近でも人の死そのものに直面したことはない人に届いてくれたら、何か伝わることがあるかなと思って書きはじめた話題でした。私自身、まだ結論が弱くて、何か言えたものではないと思います。書いてみてよくわかった。

けれど経験談として、こんな風に愛する人の死を考えているということはお伝えできたかと思います。



これはあくまで私個人の考えていることです。

専門的な教育もうけていないし、経験もない。

これを発信することで起こることに責任が持てないくらいに話題が重いから、正直投稿していいのか自信がありません。


ですから、何か問題のある記述がありましたら、遠慮なくお知らせいただきたいと思っています。



その他質問コメント等ももちろん受け付けております。→こちらマシュマロ

(いい加減になんとか他の方法を探したい笑)



TwitterのモーメントにもNの自死のことをまとめたことがあったのでリンクを貼っておきます。こっちのが簡潔

https://twitter.com/i/moments/970309945848549376