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シナリオの海

愛し哀しきこの命…

2022.11.21 13:54

「愛し哀しきこの命···」

満ち欠けシリーズ過去編

※満ちて欠けては繋がって以前のお話です

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

上演の際にお使いください

◯CAST

「愛し哀しきこの命…」

作…七海あお

・速水 夏樹(はやみ なつき)♂︎

・一ノ瀬 颯馬(いちのせ そうま)♂︎

・朝比奈 凛(あさひな りん)♀︎

・朝比奈 鈴(あさひな すず)♀︎

・四条 栞(しじょう しおり)♀︎

・加賀美 葵(かがみ あおい)♂︎

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↓↓↓

ここから台本です



~本編~

葵:N

かかったが最後、待っているのは…死、のみ

成すすべもなく、無限に広がっていくその流行り病(やまい)をみなが恐れていた…

見えぬ恐怖は時に疑念を生み、人の心を荒ませていく…


そこにおあつらえ向きの様に、この病とは無縁の村があった…

その村には、どうにも説明の仕様がない不可思議な力が満ちていた…

そしてその力はなぜか…一部の女性のみ、使う事が出来たという…

平穏を絵に描いた様なこの村にも…少しずつ…少しずつ…しかし確実に

誰にも知られる事なく…

村を覆いつくすほどの巨大な黒い雲が、忍び寄っていた…


<シーン︰村の神殿>

~栞の回想~

「これでおわかりになりましたか?奥様はあなたの事を恨んでなどおりません。近頃のあなたの周りで起きていた事は、すべて狐の仕業によるもの。あなたが構ってくれるのがよほど嬉しかったようです。


狐にはちゃーんとあとでお灸をすえておきますので、どうぞご安心くださいませ…

はい。いえ。これが私の役目ですから。では…お気をつけて」


■客が帰ったのを見送ってから栞に声をかける夏樹


夏樹

「よう、栞!終わったか?」


「夏樹!約束の時間にはずいぶんと早くないかしら?もう剣の稽古は終わったの?」


夏樹

「ああ!とうに済ませて来た。ひさかたぶりに愛しい人に会える嬉しさで、気づいたら

足がここへ向いていたみたいだ」


(深くため息)

「まーたそんな事を言って…何度言われても同じよ?私は…」

夏樹

「イタコの血をひく村長(むらおさ)の娘。他の者とは違う特異な力を持っていて…普段は山にこもり、この村の平穏の為に祈りを捧げていて、山をおりてくるのはひと月のうちの半分だけ。

こんな普通では無い私なんて放っておいて、もっと素敵な女性を追いかければ良いのに…

あなたにはきっと、もっとお似合いの方がいると思うから…」


「えっ?」


夏樹

「お前に会いに来る度に毎度同じ事言われてたから…いい加減覚えちまったよ」


「なら…話は早いわね。用が無いなら帰って…」


夏樹

(栞の言葉を遮る様に)

「そこには…一つもねえだろ」


「はっ?何が?」


夏樹

「お前の気持ち…お前が俺の事をどう思ってるか…お前が、どうしたいか…」


「そんなの…言った所で…」


夏樹

「どうせ無駄…か」


「えっ?」


夏樹

(挑発する様に)

「まだ始まってもねえのになー…始まる前から、やってもみねえで諦めちまうのかー…

ふーん。へー…そっかそっかー」


「なっ、なによ?」


夏樹

「いや?イタコなんてやってるから、さぞ肝(きも)が据わってる女なんだろうと思っていたが…

そんなもんかー。思ったより大した事なかったなー」


「見くびらないで!あなたに…私を受け止める度量の広さがあるのかしら?」


夏樹

「さあなー。まだ起こってもねえ事をあれこれ考えるのは、正直得意じゃねえんだ…」


「そう…なら…試してみる?」


■にやりと笑う夏樹


夏樹

「ああ。もちろん。はなからそのつもりさ」


「えっ?」


夏樹

「栞?これでお前は今から俺の恋人って事で良いよな?まあ、お前さんが何を言おうと、俺の気持ちは変わらんがな」


~回想終了~


<シーン︰茶屋>

■お茶を飲みながら座っている颯馬・栞

■夏樹と付き合ったきっかけを思い出し深くため息をつく栞


颯馬

「ん?どうした?そんな深い溜め息などついて」


「いや…まんまと策にはめられたなと」


颯馬

「あー。恋人になったきっかけの話か?まあ確かにお前の性格をよくわかってるよなー夏樹は」


「私は誰とも付き合うつもりなんてなかったのに…」


颯馬

「それは…イタコだから?村長(むらおさ)の娘だからという事か?」


「私の力は…心の平穏が鍵になる…心が乱れると力が思わぬ暴走を始める。

それは時にたくさんの人をも巻き込む…

伝承では…村に危機をもたらすほどの強大な負の力になると言われている…」


颯馬

「心の平穏…」


■茶屋に二人を見つけ声をかける葵


「恋とは人を愚かにする堕落的な行い…冷静な判断を欠き、時に盲目的になり…やがてはその身を滅ぼす者もいるという」


颯馬

「葵!? 帰ったんじゃなかったのか?」


「二人の姿が見えたからね。恋は、心の平穏にはほど遠いものに思えるけどなー」


「葵。そうよ?だから…私は恋なんて…したくなかったのに…」


颯馬

「それは本当か?本当の偽り無い真(まこと)の心か?」


「颯馬。野暮な事を聞くな。そうじゃないから、栞はこんなにも悩んでいるんだろう?そして当のあいつは…その事には微塵も気づいてなどいないだろうけどな?」


颯馬

「そう…だよな…悪かったな、栞」


「そんな…謝らないで…私こそ…ごめんなさい…こんな事、二人に言ってしまって…」


颯馬

「いや…」


「恋をしたくなかった気持ちも本当。でも…夏樹の事を思うと心がこんなにもあったかくなって…夏樹の笑顔に…私の名を呼ぶその声に…心が弾んでしまうのも否定する事の出来ない事実…」


颯馬

「栞…」


「いつか突然に終わるのでは無いかと…終わってしまうのではないかと…不安が募っていく…わがままになって行く。もっと…もっと…って…」


「一度満ちたものはそのまま維持し続けるのか…それとも欠けるのか…結局はその二つしか無いからなー」


「こんなにも弱く…脆く…どろどろした感情が自分の中にあったなんて…知らなかった

自分の想いなのに…こんなにも操る事が出来ないなんて…」 


颯馬

「思考など追いつかず…突然に堕ちる…


いや…いつのまにか堕とされる…

心のままに…それが望むとも…望まずとも…

引きずり出される…


心の深淵に眠っている真(まこと)の自分を…」


「へぇー。颯馬にもそんな相手がいるのかー。意外だなー。色恋なんて全く興味無さそうなのになー」


颯馬

「まぁ…な。これだけ生きてりゃ…愛しいと想う人の一人ぐらいいるさ…そういう葵こそどうなんだ?」


「ん?俺は…無いなー。というよりも俺に恋は必要無い。そんなものにうつつをぬかすぐらいなら、剣を振り、一冊でも多くの書物を読んで、未来の為に費やしていた方がよっぽど有意義だ」


颯馬

(笑)

「お前らしいな…まあ…否定はしないさ…俺だって、こんな自分を正直永い間持て余しているんだから…」


「颯馬は、その方に自分の想いは伝えないの?」 


颯馬

「ああ。伝える気はさらさら無い」


「何故…」


颯馬

「優しい人だから…きっと、この想いを知ったらとても困らせてしまう。苦しませてしまう…

困らせたいわけでは無いんだ…この想いを実らせたいとも思ってはいない。だから言うつもりは無い。その人が幸せに…笑っていてくれるなら…それで良い…この先も…ずっと…」


「それで颯馬は…苦しくないの?」


颯馬

「まあ…苦しくないといえば嘘になる。ただ、それが…今の俺に選べる、最良の形なんだ…」


「不毛な恋ってやつだな…実らぬなら…想い続けるだけ無駄ではないか」


颯馬

「不毛でも…無駄でも…自ら手離す事など出来ぬ。考えない様にしても…いつの間にか考え…思ってしまうのさ…」 


「颯馬に思われている人は…とても幸せね」


颯馬

「ん?」


「自らの想いを押し付けるのでは無く、律し、そっとしまって…その人を想う…

報われない苦しみさえ受け入れて、相手の事を心から思っていなければ…深い愛が無ければ、とても出来る事では無いわ」


颯馬

「そうかな…」


「そうよ。もし私だったら嬉しいもの、そんな風に自分の事だけを思ってくれているなんて。

言葉で幾度愛を囁かれるよりもずっと深く愛されているのが伝わる」


颯馬

「だと…いいんだけどな」


「素直に言えばいいんじゃねぇ?私が不安にならない様に…あなたが私だけの物だという証をくださいって…」


「えっ…///」


「今すぐ祝言は早いだろうから…ん-…そうだな。誰が見てもわかる様に…お互いの身体中に花びらでも散らしておけば…あっ!夏樹の首筋のあたりにでも今度噛みついてやると良い」


「葵っ!///」  


(笑)


「もう…」


「不安は疑念を生む…要らぬ想像をかき立てる…わからない事は…本人に聞くのが一番だ。夏樹ならきっと思った事をきちんと言うだろう。

馬鹿正直だけが…あいつの取柄だからなー」


颯馬

「ちげぇねー。なあ栞?」


「ん?なーに?颯馬」


颯馬

「お前が不安に思ってる事、吐き出したいならいくらでも聞いてやる。それでお前の気持ちが楽になるってーんなら…俺は何時間でも何日でも付き合うさ…

お前が抱えてるもんの一欠片でも、いくつでも持たせてもらえるんなら喜んで持つ」


「颯馬…」


颯馬

「けど…その不安を取り除けんのはきっと夏樹しかいねぇーし、お前が知りたいその答えは、きっとあいつしか持ってねぇ」


「……」


颯馬

「栞の力がこの先どうなるかなんて…なってみねぇとわかんねー。

まあ…もう始まっちまったもんはしょうがねぇ。栞が、夏樹と恋人としてそばにいたいと思うんなら…いたら良い。誰に遠慮する事もねぇ…力が暴走しちまったら…そん時はそん時考えりゃいいさ…まだ起きても無い事を考えるのは正直苦手なんだ…

もし起きたら…そん時は俺らがなんとかしてやるよ。なあ?」


(ためいき)

「結局俺も巻き込まれるのか…まあでもそうだな…もちろん…俺が出来る事であれば手を貸すさ」


(笑)

「ほんと颯馬って夏樹と似てる。同じ(おんなじ)事言うんだもん」


颯馬

「はっ?全然似てねぇよ!誰があんな単純馬鹿」


(ほっとして泣き出す)

「うん…そうだよね…颯馬…葵…ありがとう。私、夏樹の所行ってくる」


颯馬

「ああ」


「どういたしまして…気をつけてな」


■栞の姿が見えなくなってから


「幸せ過ぎるがゆえの不安ってやつなんだろうなー」


颯馬

「ああ。そうなんだろうなー。今、満たされているからこそ…それがいつか欠ける事がきっと怖いのだろう」


「ところで颯馬」 


颯馬

「なんだ?」


「お前の思い人ってさ…もしかして…」


颯馬

(遮る様に)

「何を言われても答えないぞ?この先も、誰にも言うつもりは無い」 


「そうかよ。まあ…聞いた所で俺に何が出来るわけでもねえけどな

恋とは本当に恐ろしいものだ…もっと俺が大人であったなら…或いはあいつを護れたかもしれないんだ…

あんな終わりを選ばせる事も無かったかもしれない…


いつか終わるものを受け止められるほどの強さを、あの頃の俺は持ち合わせていなかった…

だから…もう二度と恋はしない」


颯馬

(苦笑)

「振り回されているなー俺たち…恋という妖(あやかし)に…」


「妖。ああ。ほんとだな…俺はきっと何があっても動じない、振り回されない心の強さを手に入れたくて剣を振るうのかもしれないな…」


颯馬

「俺はそうだな…大切な人を護れる様に…かな。

いざという時の為に…後悔しない様に…栞や夏樹や鈴や凛や…俺が大切にしたいと思うやつら全てを護れる様な強さが欲しくて…

あっ!もちろん葵、その大切なやつの中にはお前も入ってるぞ?」


「はいはい。ありがと」


颯馬

「照れてるのか?ん?」


「照れてなんか無いっっうの!ほら馬鹿な事言ってないで刀振るぞ!お前も付いてこい!」


颯馬

「ああ!なあ葵?」


「ん?」


颯馬

「照れくさいから一度しか言わねぇぞ?」


「はっ?なんだよ…」


颯馬

「お前がどこの誰であろうと…何者だろうと…俺はお前の味方だ…この先何があろうと、俺はお前を最後まで信じる。信じぬく」


「阿呆!そういうのはお前の想い人に言え!」


颯馬

「今!お前に言いたかったんだよ…ほら、行くぞ」


ーーーーーーーーーーーーー

<シーン︰神社の奥の森>

■夏樹が刀を振っている。そこに鈴がやってくる


夏樹

「もっと…もっとだ…もっと強く…もっと…」


「夏樹!」


夏樹

「もっと早く…もっと…もっと」


「夏樹!」


夏樹

「今の俺のままじゃまだまだダメだ!もっと…もっと…」


「もう!夏樹ってばー!!!!!!」


夏樹

「うわっ!なんだ鈴、急に大声出すなよ!」 


「はっ?何回呼んだと思ってんの?」


夏樹

「えっ?今来たんじゃねぇのか?」


「やっぱり聞こえてなかった。ふーんもう良い!帰る…」


夏樹

「ちょっと待て!」

「なに?」


夏樹

「お前、俺に何か用があって来たんじゃねぇのかよ」


「あったけど…もういい。じゃあね」


夏樹

「はっ?意味わかんねぇんだけど?」


「わかんないなら良いよ…邪魔してごめん!」


夏樹

「おい!」


「なに?」


夏樹

「お前一人で来たのか?颯馬は?葵は?」


「いないよ?一人で来た」 


夏樹

「送ってく」


「いいよ。一人で帰れる」


夏樹

「お前が良くても俺が良くねぇんだよ」


「いつまでも子ども扱いしないでよ!」


夏樹

「子ども扱いとかそういう話じゃねぇだろ?こんな時間に女一人で外歩かせる阿呆がいたらここに連れて来いってんだ」


「大丈夫だって」


夏樹

(さえぎって)

「ダメだ!ほら…行くぞ」


「あっ…あのね?最近一緒にご飯食べてないから夏樹と颯馬と久しぶりにご飯食べたいって…凛が」


夏樹

「あー。確かにしばらく行ってねぇなー。凛の作る飯、美味いもんな」


「うん!本当においしいよね?凛のご飯。私大好き!」


夏樹

「鈴?」


「なーに?」


夏樹

「今から凛の飯、一緒に食いに行くか」


「その言い方ずるい!」


夏樹

「なんとでも?」


「んー。わかった…行こう?」


夏樹

(笑)

「機嫌直ったか?」


「うるさいっ…元はといえば夏樹のせいでしょ?」 


夏樹

「刀ふってる時は声なんて聞こえねぇんだって…」


「わかってるけどさー。でも声かけちゃうんだもん」


夏樹

「はいはい。なあ?今日の夕飯はなにかなー?」


「んー。なんだろ?でもどんな料理でも凛のご飯はおいしいからなー」


夏樹

「ちげぇねー」


■二人で笑いあう

■ずっとその様子を見ていた栞が声をかける


「あの…夏樹?」 


「!?」


夏樹

「おー、栞。どうした?」


「いや…ちょっと夏樹に話したい事があってっ…でも、今から鈴の所行くの?」


「栞も来る?凛のご飯おいしいよ?」


夏樹

「そうだ…栞も来いよ。凛の飯美味いぞ?」


「あっ…夏樹と二人で話たかったから…じゃあ…今日はいいや」


夏樹

「そうなのか?なら…明日は行くから…」


「うん。待ってるね。鈴も、せっかく誘ってくれたのにごめん…また…ね」


■歩いていく栞を心配そうに目で追う夏樹


「行きなよ…栞の事…気になるんでしょ?」


夏樹

「いや…お前を一人で帰すわけには」


「こんな時間に女一人で外歩かせる阿呆がいたらここに連れて来いってんだ」


夏樹

「!?それは…」


「私はすぐ近くだし…夏樹が今日は来ないっていうならそもそも一人で帰るつもりだったし…それに…」


夏樹

「ん?」


(夏樹に聞こえないぐらい小さく)

「今すぐ追いかけたいって夏樹の顔に書いてある」


夏樹

「えっ?今なんか言ったか?」


「ううん。なんでも無い!私は本当に大丈夫だから…ね?栞のとこ行ってあげて?じゃあね?また…」


夏樹

「えっ?おい、鈴…」


■振り返らず走っていってしまう鈴


夏樹

(ためいき)

「急になんなんだよ鈴のやつ…


そういえば栞がここに来るなんて珍しいな…もしかして栞、何かあったのか?」


■慌てて栞を走って追いかける夏樹


夏樹

「栞~」

ーーーーーーーーーーーーーーー

<シーン︰颯馬と葵>

■剣の稽古中

■颯馬、気合を入れ、藁の塊を斬る

SE:藁の塊の斬れた音


「へえー。さっすが。なら俺も…」


■葵、気合の声を発し、同じく藁の塊を斬る


SE:藁の塊の斬れた音


颯馬

「ほぅ。やるなぁ。あー、もうだいぶ日も落ちてきたし…今日はこれぐらいにするか…」


「そうだな…」


颯馬

「腹減ったー。今日は何かなー」


「ん?何かな?って?」


颯馬

「あー。幼なじみがいてな?そいつの作る飯が美味くてさ、今日食いに行こうと思って」


「へぇー。女か?」


颯馬

「えっ?まあ…そうだな…性別は…」


「良い女か?」


颯馬

「えっ?んー…美人な方ではあるんじゃないか?器量も良いし…あいつをそういう風に見たことねぇから、わかんねぇけど…」


「まあな…美人だから必ず好きになるってわけでも無いしな…それにお前は想い人の事で頭がいっぱいでどのみちそれどころではないか」


颯馬

「あっ!なんならお前も今から行くか?前、お前の事話したら凛も鈴も会いたがってたぞ?」


「まあ…気が向いたらそのうち…な」


颯馬

「そっか…じゃあ…また明日」


「あー。またな」



■颯馬の姿が見えなくなってから

■殺気立つ葵



(ためいき)

「悪趣味だなーてめぇらも。全然気配消せてねぇんだよ下手くそが…

それともわざとか?


はいはいわかってるよ…

戻ったら言葉はちゃんとする

いつもそうだろ?


で?

報告ついでに今からちゃんと帰るとお伝えいただけますか?

てめぇらを寄越した飼い主様に。な…」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<シーン︰夏樹と栞>

■走って栞に追いつく夏樹


夏樹

「栞。栞ー!」


「えっ?夏樹?なんで…鈴と一緒に行ったんじゃ…」 


夏樹

「お前の様子がいつもと違う気がして気になって…もしかしてお前もずっとあそこにいて俺の事呼んでたか?」


「ううん…呼んではいない…

声かけようか迷ってたの…集中して剣を振ってたから…」


夏樹

「なにかあったか?」


「えっ?」


夏樹

「いや…俺からお前に会いに行く事はあっても…お前から会いに来てくれる事ってそういや今まで1度も無かったなって」


「あー…うん…そういえばそう…ね」


夏樹

「それに二人きりで話たい事があるって…」


「うん…そう…なんだけど…」


夏樹

「何?なんかあったか?」


「いや…えっと…」


夏樹

「ん?」


「あーもうえっと·····なんて言ったら·····」


夏樹

「ん?」


「あの·····ね?

夏樹?

私、夏樹の事、大好きよ?」


■言った途端、泣き出す栞


夏樹

「えっ?おいどうした?どっか痛いのか?俺、なんかしちまったか?」


「あっ…ごめん。なんで涙なんか…ううん。違うの…なんか夏樹の顔見て、声聞いたらほっとして…」


夏樹

「そっか。

俺も好きだよ?栞…

なあ?今からお前の事一人じめしても良いか?」


「えっ?それは…うん」


夏樹

「じゃあ、俺の家に…」


「ねえ?夏樹?」


夏樹

「ん?」


「私どんどん弱くなってない?なんか…どんどんわがままになってる気がして…

このままだと一人で立てなくなりそうで、夏樹の事押しつぶしてしまいそうで怖いの。

夏樹の重荷になんてなりたく無いのに…夏樹に、嫌われたくないのに…」


夏樹

「嫌うもんか。お前はいつも一人で頑張り過ぎなんだよ。色々お前が抱えなきゃいけないもんがあるのもわかる。俺じゃなんにも力になれねぇ事があんのもわかる。

お前が何かを不安に思っている事も…なんとなく感じてはいる…」


「………」 


夏樹

「けどさ…」


■夏樹、栞を抱きしめる


「!?」


夏樹

「人なんて元々弱ぇもんだろ!俺だって弱い。だから強くなりてぇって思ってるし…強くなろうとしてる…

けど…お前一人が甘えて頼ってきたぐれぇで押しつぶされるほどやわじゃねぇから安心してもっと甘えて頼ってこい。な?」 


「でも…」


夏樹

「不安にさせたか?俺、そういう細かいとこ気づけないから…悪りぃな」


「ううん。今、とても幸せで…夏樹の気持ちも…夏樹に愛されてるなーって事もとても伝わってて…


でも幸せに私、きっと慣れてないんだと想う。

一生変わらない物、続いて行く事なんてこの世に無いってわかっているから。

人だって、いつか死を迎えるし…」 


夏樹

「まあ…な。ただ…俺は難しい事はわかんねぇけど…今こうやってお前を抱きしめてるの、すげぇ落ち着くし満たされるし、少しでもこの時間が続けばってそう思ってる」 


「うん…それは私も同じ」


夏樹

「それに…」


■夏樹、栞に口づけて


夏樹

「こういう事もな…」


「ちょっと…夏樹…ここ外///」


夏樹

「それって部屋ならいくらでも良いって事か?」


「えっ?ちょっと…それは///」


夏樹

(笑)

「なあ?栞?」


「なに?」


夏樹

「いつ終わっちまうかわからないからこそ、今この瞬間を一緒に楽しもう。お前が不安がってる色んな事は実際に起きたら考えれば良いさ…

なっ?」


「うん」


夏樹

「今日は俺ん家泊まっていけよ」


「う…うん///」 


夏樹

「ほんっとかわいい。なあ?他のやつには絶対見せんなよ?その顔」


「えっ?」 


夏樹

「ほら、手、行くぞ?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〈シーン︰凛と鈴の家 〉

颯馬

「凛の作る飯はほんと上手いなー。口に入れた途端、力がみなぎる様だ。あっ、おかわりもらえるか?」


「はいよ。なんだいなんだい。今日はずいぶんと珍しい事を言うじゃないか」


颯馬

「思った事を素直に言っただけだ」


「ふーん。明日は雹(ひょう)でも降るのかねー。なぁ?こんなもんで良いかい?」


颯馬

「ああ。ありがとう。

雹(ひょう)か。

ある人の話を聞いて、想いはきちんと言葉にして伝えなければと改めて思っただけだ」 


「そうかい。まぁでも·····正直、嬉しかったよ·····ありがとな」


「凛の作る料理は美味しいもんねー。

そういえば颯馬がうち来るの久しぶりじゃない?」


颯馬

「たしかに…言われてみればそうだな」


「遠慮せずいつでも食べに来ておくれよ?二人分作るも、それ以上作るもたいして手間は変わんないんだからさ」


「前はさ、夏樹がいて、颯馬がいて…毎日の様にみんなで凛のご飯、一緒に食べてたよね?あの頃は楽しかったなー。当たり前にずっと続くんだって、そう、思ってた。

そんな保証どこにも無いのに、なんか馬鹿みたいに信じてたなー」


「鈴…」


颯馬

「悪かった…」


「えっ?いや、別に颯馬が謝る事じゃ…」


「何言ってんだい?今日は夏樹と颯馬来るかなーって、毎日飽きもせず言ってたじゃないか」


「ちょっと凛!」


「それで、そんなにあいつらと飯が食いたいなら呼びに行ってこいって鈴に握り飯持たせたんだけど…まさか渡さずに帰ってきちまうとはね…全く」


颯馬

「いや、鈴は夏樹に渡そうと…」


(遮って)

「颯馬!」


颯馬

「え?」


「ん?なんだい?」 


「そうなの…ほんとに渡すの忘れるなんて私ってば何しに行ったんだろ。でも、颯馬が来てくれて、なんかひさしぶりですっごく嬉しい」


「あったかいご飯は、大勢で食べる方がおいしいからねー」


颯馬

「ああ。そうだな。鈴。悪りぃ。寂しい思いをさせた。前ほどは無理かもしれねぇが、また、飯食いに来るよ…」


「ほんと?うん!待ってるね」


颯馬

「ああ」


「颯馬、まだたくさんあるから、遠慮せず食べてっておくれよ?」 


颯馬

「おう。じゃあ早速おかわりもらえるか?」


「颯馬ったらー食べすぎだよー」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

~翌日~


〈シーン︰凛と鈴の家 〉

■人が訪ねてきたので対応する凛


「はーい。あぁ。先生。いつも父様と母様がお世話になっております。どうかなさったんですか?」


■様子がおかしいのを見て


「もしかして…何か言いづらい話ですか?あー。鈴はいません。だから、包み隠さず仰ってください」


■父様と母様が隣村で起こっている流行病に倒れたと告げられる


「えっ?今…なんて?


本当に?それ、本当なんですか?

何かの間違いって事は?本当に父様と母様なんですか?万にひとつも、人違いって可能性は無いんですか?先生。お願いします。嘘だと、嘘だと言ってください!先生!先生!!!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〈シーン︰裏山 夏樹と颯馬〉


■剣の稽古をする2人


夏樹

「おうおうどうした?

迷いが見えるぞ?刀を交えながら考え事とはずいぶん余裕だなぁ」


颯馬

「ほぉ?

お前はずいぶんと調子が良いじゃねぇか?なんか良いことでもあったのかよっ。浮足だってんのが、刀からも伝わってくるぞ!」


夏樹

「やけに荒れてんなぁ今日。俺なんかしたか?」


颯馬

「さぁ…なっ!」


■刃を交えたままにらみ合う二人

■鈴、二人を見つけて声をかける


「あっ!いた!夏樹~!颯馬~!」


■夏樹、鈴が来たことに気づき颯馬を諭す


夏樹

「刀をおさめろ。とりあえず今日は終いだ」


颯馬

「おい!逃げんのかよ!」


夏樹

「今お前は明らかに冷静な判断を欠いている。そんな状態で何をやろうが身にならないだろ。このまま続けてみろ!どちらかがケガをする!

周りが見えてなきゃ無駄な血を流す。お前が目指す刀はこんな粗雑な感情に任せて、むやみやたらに振り回すものなのか?答えろ颯馬!」


颯馬

「…それは…」


夏樹

「違う事ぐらいわかってるさ。話があるなら聞くから。とりあえず今は刀をおさめろ。なっ?」


颯馬

「ああ。わかった。悪かった」


■2人とも刀をおさめる


夏樹

「いいさ。お前がそんなになるなんて珍しいな。何かあったか?大丈夫か?」


颯馬

「ああ。大丈夫だ。少し頭を冷やす。鈴と先に行っててくれるか?」


夏樹

「ああ。わかった」


「夏樹。颯馬。お疲れさま。なにか、あったの?喧嘩?」


夏樹

「いや…別に」


颯馬

「喧嘩では無い。俺が、少し冷静さを欠いているだけだ。鈴?」


「なあに?」


颯馬

「悪いが、夏樹と先に行っててくれるか?俺は少し、頭を冷やしてから行く」


「う?うん。わかった。夏樹…行こ」


夏樹

「あ?ああ。颯馬。待ってるからな。飯はあったかい方がうまい。早く来いよ」


颯馬

「ああ」


■夏樹と颯馬の姿が見えなくなってから


颯馬

「くそっ!俺はなにガキみてぇな事してんだ…

八つ当たりなんて…がらにもねぇ…

大好きな、大切な二人が幸せならそれが俺の幸せ

その幸せが壊れない様に、そっと見守る。

あの日、夏樹とあいつが恋人同士になると聞いた日、そう決めただろっ…

しっかりしろ颯馬!

濁った瞳では、迷った心でふる刀は…ただの暴力だ」

ーーーーーーーーーーーー

<シーン:凛と鈴の家>


夏樹

「やっぱ凛の飯はうまいなー。おかわり」


颯馬

「俺も。おかわりもらえるか?」


「はいはい。たーくさんあるからいくらでも食べとくれよ?」


「なんかひさしぶりだね。こうやって4人揃うの。嬉しいな、やっぱり」


夏樹

「そうだな。前みたいにってわけには行かねぇけど、また時々顔出す様にするよ」


「笑」


夏樹

「なに笑ってんだよ鈴」


「だって昨日、颯馬も同じ事言ってたから。性格とか正反対なのにね二人」 


颯馬

「おんなじ事を言ってる…か」


夏樹

「まあ…なんだかんだガキの頃からの付き合いだからなー」


颯馬

「ほんとにな。ずいぶん長い付き合いになったもんだ」


「あっ。鈴、ちょっといいかい?」


「なあに?凛」


「たいした話じゃないんだけど、父様と母様が風邪、こじらせちまったみたいで…しばらく、あっちでお世話になるって」


「えっ?風邪こじらせたって…それ大丈夫なの?」


「ああ。念の為にって事らしい。ほら、父様と母様、働きづくめだろ?療養も兼ねてさ…ちょっとお見舞いとかは無理みたいなんだけど、元気だから心配するなって、伝えて欲しいって」 


「そっか。うん…わかった。早くよくなる様に毎日お祈りするね」


「ああ。私も。一緒にお祈りするよ。夏樹、颯馬。変な話聞かせちまってごめんな」


夏樹

「いや。俺は別に。早くよくなると良いな」


「ああ」


颯馬

「凛。あんまり一人で抱え込むなよ?」


「なあに。抱え込むもなにもただの風邪だって言ってたからすぐよくなるさ。ああ。湿っぽい空気になっちまったね

。ほら、お待たせ。颯馬も夏樹も遠慮せずたーんと食べておくれよ?」 


夏樹

「ああ。もちろん」 


颯馬

「言われずともそうするさ」

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数日後

〈シーン︰凛と鈴、自宅 〉


■両親が亡くなったと聞かされた鈴


「ねぇ?どうして?

ただの風邪じゃなかったの?

すぐ元気になるんじゃなかったの?

ねえ?なんで?

最後に会わせてももらえないなんて…

ねえ?どうして?

どうして凛?」


「鈴…」


「父様と母様はどこ?

どうせどっかにいるんでしょ?

みんなで私の事驚かせようとしてるんでしょ?

ねえ?答えて?

いきなり死んだってお墓の場所言われたって

なんにもわかんない…

何もわかんないよ…

わかんないよ!!!!」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

数日後

<シーン:村の神殿>


■思い詰めた様子の栞とそれを見守る夏樹


「私のせいだ…全部私の…」


夏樹

「違う!お前のせいじゃない!」 


「だって!どう考えたっておかしいでしょ?家族に言わずに勝手に火葬したなんて、そんなの…考えられる理由はたった1つしかないじゃない·····

会わせられない理由があったからでしょ?違う?」


夏樹

「……」


「この村に、流行り病は入ってこれないはずなのよ!村全体を包む結界を張ってるから、ここには村人以外入れないの!なのに…


今朝見たら、結界にほころびが出来ていた。恐らくそこからあの幼子は放り込まれた。その幼子を助けた鈴のご両親にあの病がうつってしまった…

そこから…村全体に、流行るはずのないあの病がはびこり、次々と…

全部私のせいだ…私の…」


夏樹

「栞!落ち着け!」


「落ち着いてなんていられるわけないでしょ!」


夏樹

「!?」


「私の心の平穏が乱れた…

その結果、結界にほころびが出来て、こんなにもたくさんの命が…」 


夏樹

「お前だけのせいじゃないだろ!人の生き死にを人があやつることなんてそもそも出来やしないんだ。そんなに気に病むな。起こっちまった事は仕方ねえ。今出来る事を、これから出来る事を考えるんだ」


「仕方ない?ねえ?人の命をなんだと思ってるの?今出来ることってなに?適当な事言わないで!!!」


夏樹

「栞…」


「私が…私が、恋なんてしてしまったばかりに…」


夏樹

「はっ?今なんつった」


「恋をしてから、心がふわっと浮いたかと想ったら次の瞬間には一気に地面に突き落とされて

苦しくて、切なくて、終わる事を恐れて…


甘える事を覚えて…どんどん弱くなって…

どんどん自分じゃなくなっていく

自分の心も律せなくて…

一人じゃ立てなくなって…

私、こんなに弱くなかったのに…

もっと強かったのに!

今だって、夏樹に抱きしめて欲しいって、慰めて欲しいって思ってしまっている自分がいる」


夏樹

「それのなにがいけない?頭で考える前に突き動かされる

愛しくて、護りたくて…それのなにがいけないんだ!」


「私の心の平穏が乱れなければ、鈴のご両親や他のみんなが流行り病に命を落とす事などなかった!

私が、もっとしっかりしていれば…恋なんて、しなければ…」


夏樹

「後悔、してんのか?俺と出逢わねぇ方が良かったっていうのか!」


(かぶせて)

「そんな事言ってない!!!」 


夏樹

「でも!恋をしなければ今回の事は起きなかった。弱くなった自分を後悔してんだろ?

同じじゃねぇか…」 


「……夏樹に、何がわかるのよ」


夏樹

「あ?」


「私は、この村の人の命を全部背負ってるのよ!日々祈りを捧げて、結界を張って、この村の平和を安寧を保っているの!

私の祈りに、みんなの命がかかってるの!夏樹みたいに、自分の事だけ考えていれば良いほどお気楽じゃないの!…あっ…」


夏樹

「なんだよそれ。そんな風に思ってたのか。俺の事、心のどこかでずっとそうやって見下してやがったのか」


「違う!そんなこと…」


夏樹

「そうだよな…お前さんはえらいよ。俺なんかじゃとうてい真似出来ねえぐらいすげぇやつだよ…」


「なによ…それ」 


夏樹

「少しでも、心開いて頼ってくれてるって思ってた。お前の背負ってるもん少しは分けてもらえてんのかなって、お前が少しは楽して呼吸できる場所とかになれてたりすんのかなって…

ふっ。ただのうぬぼれ…だったな」


「……」


夏樹

「いいか?もし万が一、お前が原因だったとしても、俺の気持ちは変わらない。

それに俺は、ただの一度も、お前と出逢わなければ良かったなんて思った事はないぞ?これから何が起ころうと村のみんなが命を落とそうとそう思う事は無い。絶対にあり得ない!」


「例え話でもそんな事口にしないで!」 


夏樹

(ため息)

「どうせ今のお前に何を言っても届かないだろ?出直すわ。明日また来る」 


「夏樹…夏樹!」


■夏樹が去ったのを見送って


「どうして私…自ら壊す様なこと…

不安や憤りを夏樹にぶつけても仕方ないのに…

いたこになる事も、夏樹の恋人になる事も、全ては自分で決めた事なのに…

ごめんなさい…ごめん。夏樹


鈴のお母さん、お父さん…護れなくてごめんなさい

どうか、私に力を貸してください。この村を、みんなを救いたいんです!

なにが起きているのか、どうか真実を教えてくださいお願いします

お願いします…」


■2人を自分の身体におろし、この村で起こっている真実を知ってしまう栞

■目を閉じ、泣き出す


「そんな…こんなひどい事許されて良いはず…嘘でしょ…なんでこんな事…」


颯馬

「栞?」


「!?」


颯馬

「泣いてたのか?」 


(慌てて涙を拭う)

「颯馬。いつからいたの?」 


颯馬

「……夏樹が去っていくのを見た。喧嘩でもしたか?」


「喧嘩だったらまだ幾分か良かった。あんなのただの私の八つ当たりだわ…」 


颯馬

「すべては病のせいだ、お前のせいじゃない。あんまり思い詰めて気に病むな…

なんて言ってもお前の事だ、どうせ自分のせいだと言うんだろ?

なら、頼みがあるんだ」


「頼み?」


颯馬

「何かさせてくれないか?」


「…ごめん颯馬…これは私の問題だから…気持ちは嬉しいけど…」


颯馬

「言うと思ったよ。なら一つ。いや、それでも気が引けるというならほんの一欠片でも良い。せめて、お前の荷物を俺に持たせてくれないか?」


「颯馬…」


颯馬

「今持てるからって両手いっぱいに抱えちまったら、目の前で誰かが転びそうな時どうやってその手を差し出す?お前なら見捨てるなど出来ないだろ?」


「……」


颯馬

「頼む。この通りだ…」 


「颯馬…お願いだから頭をあげて?そんな事されても私は…」


颯馬

「……」


■頭をあげない颯馬

■困り果て迷った挙句、颯馬の気持ちを受け取る栞


「わかった。もし、何か颯馬にお願いしたいと思ったその時は、私から頼みに行く。だからその時が来るまで、もうしばらく待っててくれない?お願い」


颯馬

「…わかった。それが、お前なりの精一杯の譲歩なんだろうさ。わかったよ。その時を待ってる」


「ごめん。今日は頭が痛くて、少し横になって休みたいの。悪いけど、もう…」 


颯馬

「ああ。調子よくねえのに悪かったな。ゆっくり休めよ」


「ありがとう。颯馬?」 


颯馬

「ん?なんだ?」


「私、何か間違ってるかな?」


颯馬

「正しいかどうかは俺もわかんねぇけど·····お前が決めた事ならきっとそれが進むべき道なんだろう。俺は尊重するよ」


「うん。そうだよね…ありがとう。颯馬?」


颯馬

「ん?なんだ?」


「例えこれから何が起こったとしても、止まない雨は無いから…どうか希望を捨てないで」


颯馬

「それは何かの予言か?」


「まあ、そんなとこ」


颯馬

「わかった。覚えておく」 


「またね」


颯馬

「ああ。また」


■後ろ髪をひかれながらも颯馬は神殿をあとにする

■完全に颯馬の気配が消えたのを確認して、建物の影に向かって呼びかける栞


「盗み聞きとは随分と良い趣味してんじゃない。いったいどこから聞いてたか洗いざらい全部吐いてもらおうかしら?」


「さて、なんの事かな?人違いじゃねぇの?なーんてとぼけた所で、お前には通用しねぇか」


「ほんと葵って昔からかくれんぼが下手よね」


「はなから本気で隠れるつもりが無いからさ。自ら声に出せないから、あわよくば誰かに見つけて欲しいって。きっとそう思ってるからじゃねぇの?」


「みつけてもらえないのは寂しいもんね。自分の存在を忘れ去られたみたいで…」


「で?わざわざ俺に声をかけたって事はなんか用があんだろ?お前の為になにかしてぇって颯馬を仮病で帰した理由もそこにある」


「さすが葵。説明が省けて助かるわ」


「何をするつもりだ」 


「これを預かって欲しいの」


「ん?なんだこれ?巾着袋?」


「その中に入っているものを、時が来たら、鈴と夏樹と颯馬に渡して欲しいの」


「何が入ってんだ?」


「今は開かないわ。時が来たら自然と開く様に術をかけてある。来るべき時はその巾着袋が教えてくれるわ」 


「ん?なんで俺なんだ?」


「きっと葵なら私の気持ちをわかってくれると思ったから。お願い。この通りよ。私の一生のお願い」


「んー。よくわかんねぇけど…そんな必死におめぇが頼むって事はなにか意味があるんだろ。わかった。預かるよ」


「葵ならそう言ってくれると思った。ありがとう」


「ん。どういたしまして」


「葵?苦しかったら逃げても良いのよ?運命(さだめ)は容易に変える事など出来ぬのだから。

でもね?逃げ続けた先に、対峙しなければならない時が必ずくるの。その時は覚悟を決めて闘って。

痛くても傷ついても逃げないで立ち向かって!

あなたがあなたである為に、あなたであり続ける為に…

大丈夫。あなたは一人じゃないから、葵、あなたならきっと出来るわ?」


「栞」


「知ってしまったから、もう元には戻れないの。私は精一杯、己の運命に抗うわ

もう、後悔しない為に…

今度こそ大切な人達を、護りたいから…」


「栞·····」


■人影がいくつか近づいて葵と栞を羽交い締めにする


「うわっ…なんだてめぇら!おい!栞を離せ!栞…栞!うっ…」


■葵、気を失う


「離しなさい!

私は逃げも隠れもしないわ!

その代わり、その人には手を出さないで!

彼は関係無いし何も知らないわ!


あなた達の目的は私でしょう?

いいわよ

連れていきなさい

そしてとことん話しましょう?

今この村を覆っている、黒い雲について…

その代わり…こちらにも条件があるわ」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

~翌日の夕刻~

<颯馬の家>


■息を切らして駆けこんでくる夏樹


夏樹

「颯馬!颯馬いるか?」


颯馬

「夏樹?お前、どうしたそんな息切らして」


夏樹

「栞見なかったか?朝からどこにもいねーんだ。神殿も、山ん中も、村中探せるとこは全部探したのに、まるで神隠しにでもあっちまったみてぇにどこにも見当たんねぇ…」


(息を切らし慌てて駆け寄ってくる)

「夏樹!颯馬!大変だ!栞が!栞が!」


夏樹

「!?葵?お前も探してたのか!ん?なんだその手に持ってんの…」


「これ、さっき俺の家に…」 


颯馬

「ん?矢文?見せてくれ」


「ああ」


■矢にくくりつけてあった書を開いて読む3人


夏樹

「はっ?」 


颯馬

「なんだこれ…」


「私は黒い雲を晴らし、村の平穏を取り戻す為に妖の供物になります。今までありがとう。さようなら。どうかお幸せに…はっ?これって…」


颯馬

「黒い雲?供物?」


■書を握りつぶす夏樹


夏樹

「ん゛っ!認めねぇ…

こんなの認めねぇぞ!俺は何も聞いてねえ」


「夏樹…」


夏樹

「もしほんとにあいつが供物になる事を望んだなら、俺に言ったはずだ。昨日、俺はまた栞に会いに行くと言った。約束があるのに、何も言わずにあいつがこんな事するなんて有り得ねぇ!」


颯馬

「そうだ。昨日会った時、栞は一言もこんな事言っていなかった。最近突然広がった流行り病といい、いったいこの村に何が起きてるんだ…」


「湖…」 


颯馬

「ん?」


「いや、今朝、たまたま湖の方に向かう栞らしき姿を見たんだ

声をかけたけどそのまま行っちまって、人違いだと思っていたのにまさか…」


夏樹

「行くぞ」


「ただの俺の見間違いかもしれねぇ…」


夏樹

(被せて)

「だとしても!何もしないよりましだろ!」


颯馬

「そうだな。行こう」


「わかった。案内する」 


夏樹

「颯馬…」


颯馬

「なんだ?」 


夏樹

「何かあった時は…」


颯馬

「ああ。わかっている。お前が暴走したら俺が殴ってでも止めてやる」


夏樹

「悪ぃ」 


颯馬

「水くせぇなぁ、今更。何年の付き合いだ。俺たちは良き好敵手(こうてきしゅ)。だろ?」


夏樹

「ああ。そうだな」 


颯馬

「夏樹!」


夏樹

「ん?」


颯馬

「死ぬなよ?」


夏樹

「…わかってる」 


「二人とも。こっちだ」


■三人の話を隠れて聞いていた鈴


「栞が供物?湖?いったいどういう事?あっ!急がないと見失っちゃう…」


■三人のあとを少し距離を取って追っていく鈴


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

〈湖 〉


■気を失い、湖のそばの木に目隠しをして括りつけられている栞

■気配がして目を覚ます


栞(心の声)

んーっ…

えっ?これって…

んっ!んっ!

私、木に括り付けられている?

夜?いや、この感触·····

目を布か何かで覆われてるの?

ここって·····


この匂いは·····妖(あやかし)の湖…

不覚だった…

まさかこの村に、私に手を出せる者がいるなんて…


夏樹

「おーい!栞!いるなら返事してくれ!」


颯馬

「栞ー!早まるな!まずは話をしよう!」


「えっ?この声…

夏樹と…颯馬?嘘!なんで!」


■目の前の者の言葉に驚いて


「はっ?葵を使って寄越した?

何をするつもり?あの三人は関係ないわ!何も知らない!私は誰にも一言も話してなどいない!葵の記憶も消した!

誰も巻き込まないと·····約束が違う!」


■木に括り付けられた栞を見つけて


颯馬

「!?栞!」


夏樹

「ん?あっ!栞!なんでそんなところに…」


「供物になる…なるほど。そういう事か」


颯馬

「葵?」 


「まさか現実にあるとは…」


夏樹

「何か知っているのか?」


「昔、俺が聞いた事のある伝承譚だ。

ここは妖の森。栞が括り付けられた木の後ろの湖には妖が住んでいる」


夏樹

「妖?」


「妖と恐れられているが本来は村の守り神。人に危害は加えない。ただ」


颯馬

「ただ?」


「幾年かに1度、村に危機が訪れた時にだけ、その力を保つ為に村より供物を捧げる必要がある。さもなくば村を滅ぼす巨大な黒い雲になるだろう」


夏樹

「村を滅ぼす黒い雲…」


颯馬

「!?

もしかして、さっきの文(ふみ)に書いてあった黒い雲とはこれの事か…」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「私とした事が…

あなたが嘘をつくなんて微塵も考えていなかった

くっ!

夏樹!颯馬!葵!これは罠よ!お願いだから早く逃げて!逃げてー!!!!」


■栞の声は三人には届かない

■いつの間にか音も無く100以上の刀を持った奴らが三人を囲んでいる


「!?なんだこいつら?」


颯馬

「いつの間にか囲まれたな…なんとも嫌な気配を放ってやがる。簡単には通してくれそうにねぇな」


夏樹

「なるほど…ようやく話が見えた。

栞。お前はその伝承譚みてぇに、一人でこの村を救おうってか?それでみんなの英雄か?大層なこったなぁ。


んで?そんな栞を止めるどころか自分たちの命欲しさにてめぇらは喜んで見殺しにすんのかよ!揃いも揃って、男の風上にも…

いや、人の風上にも置けねぇなぁてめぇら!」


颯馬

「……」


夏樹

「こんなん納得出来るわけねぇだろ!

確かに背負っちまった運命(さだめ)なのかもしんねぇよ!けどな?一度関わった大切な人の命が目の前で消えようとしてんのに、はいそうですかって指くわえて見てられるほどな?俺は賢くねぇんだよ!

認めねぇぞ!栞!てめぇの口で!てめぇの言葉でちゃんと聞くまで!俺は認めねぇ!


こんなんが最後なんて認めねぇからな?

まだわだかまりを残したままなのに…

頼れよ!お前は一人じゃねぇんだから!

頼むからもっと頼ってくれよ!

颯馬や葵やもっとたくさんの人間で考えたらなんか別の道がみつかるかもしんねぇだろ!

やってもみねぇで勝手に決めつけて諦めてんじゃねぇよ!ふざけんな!

いいか?

そっから引きずり下ろしてでも、お前が嫌だと言おうがなぁ?

とことん話をしてやろうじゃねぇか!颯馬」


颯馬

「なんだ?」


夏樹

「俺はあいつと話がしたい」


颯馬

「ああ。俺もだ」 


夏樹

「あの馬鹿引きずり下ろすぞ!」


颯馬

「言われずとも、はなからそのつもりだ!」


夏樹

「葵!」


(ため息)

「わかってるよ。結局巻き込まれんだな、俺はお前らに。だがちょうど良い。俺もあいつに話がある」


夏樹

「颯馬!葵!」


颯馬

「なんだ」


「ん?」


夏樹

「…死ぬなよ」


颯馬

「当たりめぇだ!こんなとこでくたばってたまるかよ!」


「夏樹こそ。油断するなよ?」


夏樹

「ああ。行くぞ!」


■夏樹、抜刀し構える


颯馬

「おう!」


■颯馬、葵、抜刀し構える


「ああ!」


■三人対敵の斬り合いが始まる

■三人が背中合わせで敵と対峙している


※ここからは斬り合いをしながらセリフを言っています。セリフに無い箇所も所々殺陣の声や息遣いを入れていただいて構いません


夏樹

「はっ!はっ!こいつら斬っても斬っても湧いて出てきやがる。魑魅魍魎(ちみもうりょう)かよ!」


颯馬

「魑魅魍魎。んっ!珍しい。夏樹にしては的をいてるじゃねぇかっ!」


夏樹

「うっせぇ!よっ!」 


颯馬

「なあ?こいつら様子がおかしい。さっきからまるで斬ってる手応えがねぇ。ほんとに人か?」


「はっ!俺からしたら夏樹と颯馬、お前らのが化け物だけどなっ!なんでそんなに息上がんねぇんだ、よっ!」


夏樹

「葵。お前も言うほど息は上がってねぇだろ!こいつらはまだ雑魚だ。さっきからその後ろの方で強ぇ気ぃ放ってるやつがごろごろいやがるぜ!はっ!」


颯馬

「お前も感じていたか?」


夏樹

「ああ。葵!」 


(ため息)

「わかってるって。雑魚どもは任せてお前らは先に行け!」


夏樹

「悪ぃ!頼んだ!」


颯馬

「葵!恩にきる!」


「良いって事よ。その代わり、ぜってえ栞連れ戻して来いよ!」


夏樹

「ああ。必ず!颯馬行くぞ!」


颯馬

「おう!葵!ここは任せた!」


■走り去っていく夏樹と颯馬

■残された葵


「はいよ!はぁー。明日身体中痛てぇんだろうなぁ。

疲れんの嫌いなんだよ。けど、あいつらの頼みなら断れねぇなぁ。


ああ。退屈させて悪かったな。

今から俺、本気出して行くからせいぜい頑張って受けてなぁ?

おおおおおおおおおおおお!おりゃぁ!!!!!!」



(涙ぐみながら)

「夏樹…颯馬…葵…

なんで…なんでこんな事に…

誰も巻き込みたくなかった

だから、だから全て一人で抱えようと、なのに…


私がもっとしっかりしていれば

私がもっと強くあれたら…

一人でなんとかなるって思っていたのに


なんて私は愚かだったの…

こんなやつの言葉を信じて

護るどころか、むしろ大切な人達を危険に晒して…

もうとっくに、私一人ではどうにもならない所まで来ていたなんて…」


「何?何が起きてるの?栞は目隠しをして木に括り付けられてて、夏樹と颯馬は戦ってて…

何?なんなの供物って…

栞が望んだ?自ら?

栞が、いなくなる?

もし栞がいなくなったとしたら私は…

私は?

えっ?なんなの·····この、気もち…」


■栞の近くまで来た夏樹と颯馬

■立ちはだかる先ほどよりも強い敵

■背中合わせで刀を構えている夏樹と颯馬


夏樹

「あぁぁぁ。やっべえな。強ぇ奴らがごろごろしてんなぁ…」


颯馬

「ほぉ?その割に随分と嬉しそうだな?」


夏樹

「強い奴らを前にするとどうにもうずいちまうんだよなぁ」


颯馬

「気持ちはわからないでもねぇが…

今は一刻を争うってこと忘れんなよ?」


夏樹

「わかってるさ」


颯馬

「勝てるか?」


夏樹

「さぁな?わかんねぇ。けど」 


颯馬

「やってもみねぇうちから諦めるつもりはさらさら無い。だろ?」


夏樹

「あぁ!その通り。それに。はなから負ける気で戦いに行くやつなんていねぇだろ」


颯馬

「そりゃそうだ。希望を捨てるな…か」 


夏樹

「ん?」


颯馬

「いや!何でもねぇ!わからず屋のあいつを引きずり下ろす!」


夏樹

「その意気だ!行くぞ!」


颯馬

「おう!」


■斬り合いながら所々で敵に斬られ始める夏樹と颯馬


夏樹

「んっ!んっ!はぁっ!うぁっ!」


颯馬

「夏樹!大丈夫か?はっ!はっ!」


夏樹

「大丈夫だこんぐれぇ。颯馬、てめぇは自分の事だけ考えろ!」


颯馬

「だがっ!うぁっ!」


夏樹

「颯馬!」


颯馬

「俺に構うな!大丈夫だ。こんなのかすり傷にさえならん。

夏樹?今までの比じゃねぇ!本気で殺らなきゃやられちまう!これは稽古じゃねぇ!戦だ!生きる意志の強い者だけが生き残る!自分の事だけを考えろ!」 


「みんなが栞の為にあんなにぼろぼろになって…

夏樹も颯馬も傷だらけ…

なんで?どうしてみんなが傷つかないといけないの?


みんなもうやめてよ!

なんで?なんでそんなになってまで…

そんなに栞が大切?

良いわね?栞

私の大切だった人、みーんなあなたが奪っていった

栞が夏樹の恋人になってから

何もかもが上手く行かなくなった…


もしかして

栞さえいなくなれば…

栞が供物になれば…全てうまくいくの? 」


「夏樹…颯馬…葵…

もうやめて!

やめて!お願いだから…


そんなに傷だらけになって…

なんで私の声はみんなに聞こえないの?」


「なあ?雑魚は雑魚なりにさっさとくたばってくんねぇかな?俺、さっさとあんたら倒してあいつらの所へ行きたいんだよっ!


あいつらは俺なんて比べもんになんねぇほど強いんだ、でも、なんかさっきからずっと嫌な予感がする…妙な胸騒ぎが止まんねぇ…」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

〈夏樹と颯馬〉 


夏樹

「はっ?知らねぇよ。あとの事なんか知るか!俺はあいつと話したい!話さなきゃいけないんだ!」


颯馬

「夏樹!ここは俺が何とかする!お前は栞のとこに行け!」


夏樹

「はっ?この人数お前一人じゃさすがに···」


颯馬

「そんな事言ってる場合か!俺に構わず早く!」


「誰が一人だって?」


夏樹

「葵!」 


颯馬

「葵…」


「雑魚相手に俺とした事が思いのほか手こずっちまった…待たせたな颯馬」


颯馬

「葵!」 


夏樹

「無事で良かった」


颯馬

「夏樹、葵も来たからここは大丈夫だ。俺らに任せて、お前は栞を!はっ!」 


夏樹

「分かった。颯馬、葵。恩にきる。絶対また生きて会うぞ!」


颯馬

「おう!」


「当然」


颯馬

「行ったな」


「あいつを行かしちまえばこっちのもん!倒せなかったとしても、ようは夏樹が栞を救うまでに足止めしておけりゃ良いんだろ?んっ!はっ!」


颯馬

「ああ。その通りだっ!あいつなら、きっとやるっ!」


「あいつなら…ね…」


颯馬

「さぁ·····そろそろ最後の仕上げといきますか?」


「おう!」


■大声を発して斬りかかる颯馬と葵


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

<夏樹と栞>


■栞のすぐそばまで辿り着いた夏樹

■目の前の空間を必死に斬りつけ続ける


夏樹

(息を切らして)

「はっ!んっ!んぁっ!

なんだよ!なんなんだよ!

あと少しなのに、もう目の前に栞は見えてんのに…くそっ!結界が破れねぇ…くそっ!くそっ!あいつらと約束したんだよ!栞を必ず助けるって…

その為に他の奴らを全部引き受けて俺をここに来させてくれたのに…くそっ!くそっ!ここで諦めてたまるか!」



「うぉりゃああああ」


颯馬

「はっ!はっ!んっ!」


夏樹

「栞を救えねぇんじゃ、俺、何のためここにいるんだよ!!!!!!」


「夏樹…ごめん。本当にごめんなさい。私が愚かだった…あなたの声にもっと耳を傾けていたら…こんな思いさせなくて良かったかもしれないのに…

颯馬も、葵もごめんなさい…ごめんなさい」


■栞、目の前の奴に向かって


「ねえ?もしかしてこれで勝ったつもり?

残念。負けないわよ?

私達は、あなたになんて負けない!

絶対に…

絶対に負けない!

せいぜい未来で待ってなさい?


どうか·····最後に力を…」


■栞、みんなに聞こえないとわかりながら必死に叫ぶ


「夏樹ー!颯馬ー!葵ー!鈴ー!ごめんね。大好き。ありがとう!!!!!!」


夏樹

「くそっ!くそっ!頼むから!もう目の前に、そこに栞がいるんだよ!俺、今すぐ成長しろ!強くなれ!栞!栞ー!!!!!」


■敵を倒し駆けつける颯馬と葵


颯馬

(息を切らしながら)

「夏樹!無事か?」


夏樹

「颯馬」


(息を切らしながら)

「俺もいるぜ」


夏樹

「葵」


颯馬

「これは·····結界か」


夏樹

「ああ。目の前に栞がいるのにびくともしねぇ…さっきから何か叫んでるのが振動で伝わってくるんだ…けど、どんなに斬りつけても…」


「三人だ」


颯馬

「ああ。同時にやろう」


夏樹

「あのさ…いまさらなんだが」


颯馬

「なんだ?」


夏樹

「良いのか?」


「あー。幕府に目を付けられるって?名前と顔、完全に割れちまってるもんなー」


颯馬

「ここに来た時から、とうに覚悟は決まっている。大切な者の命を見捨てる様なお前でなくて良かった」


夏樹

「颯馬…」 


「俺は見事にてめぇらに巻き込まれたなぁ」


夏樹

「葵…すまない」


颯馬

「葵…わり」


(かぶせて)

「だが。俺とて人、心はある。意志もある。俺は自らの意志で巻き込まれたんだ。この先何があっても、後悔はしない」


夏樹

「葵…」


颯馬

「夏樹、時間が無い、みなの呼吸を一つに合わせよう」 


夏樹

「ああ。この一撃にすべてをかける…」


■三人それぞれに気合の雄たけびをあげる


夏樹

「颯馬!葵!行くぞ!」


颯馬

「おう!」


「ああ!いつでも!」


夏樹

「一つ、二つ、三つ…」


三人

「「「うぉりゃああああああああああああああ」」」


■結界が破れ、栞の声が聞こえる


「夏樹、颯馬、葵…みんな…」


夏樹

「栞…」


■池から妖が栞めがけて飛び出してくる


「嘘だろ…」


颯馬

「そんな、栞ーーーーー!」


夏樹

「やめろ!やめろー!!!!!!!!!」


■栞、目の前で妖に捕食される

■泣き叫びながら狂った様に何も無い空間を斬り続ける夏樹


颯馬

「栞…」 


「嘘…だろ?なんで…」


■颯馬、夏樹の姿を見て我に返る


颯馬

「はっ!あんの馬鹿…」


■自分で何を斬りたいのかもわからなくなりながら空を斬る事をやめらなれない夏樹

■刀を避けながら必死に夏樹に呼びかける颯馬


颯馬

「夏樹!夏樹!しっかりしろ!夏樹!夏樹!」


■みんなから隠れる様にして森の影で震え泣いている鈴


「どうしよう…私のせいだ…

私が、栞さえいなくなればって…そう願ってしまったから…

全部、全部私のせいだ…

むしろ、いなくなるべきは私だったのに…

隠さないと…誰にも知られちゃいけない…

私が願った事を、この思いはずっと封じ込めないと…」


葵N

大切な人を目の前で奪われ

変わり果てた様に狂い泣き叫ぶ者

それを必死に止める者

黒い雲は確実に俺たちを覆っていたのだ

その存在に誰も気づく事ができないままに濃く厚く

果たしてこれは本当に現実なんだろうか…


ふと天を仰ぐと

雲の隙間から赤く染まった月だけが俺たちをあざ笑っていた

これがあの日に繋がっていたなんて

信じがたい真に繋がっていたなんて

この時の俺たちは誰も知るよしもなかった…

過去編

[完]