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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 6

2022.11.26 22:00

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 6


 少しウイスキーを飲んでから東御堂信仁はため息を深くついた。

「この年になってから、朝彦にこんな話をするとは思わなかったよ。」

 それから東御堂信仁が話し始めたことは、神話とも、また霊性とも言えない、何か不思議な話であった。

 そもそも天皇というのは、天照大御神の子孫であるということになっている。しかし、その天照大御神もまた、伊邪那岐尊・伊邪那美尊の間においてい生まれたというか、出てきた神なのである。この話をまずはしなければならない。

 そもそも天照大御神・須佐之男命・月読尊の三貴神といわれる神々は、日本の神話の中で、後半に出てくる神々でしかない、。実際には、その前に「神産み」の伝説があり、その時に日本の神羅万象をつかさどる様々な神が生まれてきているのである。その神々がすべてそろったあとに、最後に生まれてきたのが、火の神軻遇突智(迦具土神)が生まれたことによって伊邪那美尊がやけどを負い、そのやけどがもとで伊邪那美尊は死んでしまうのである。ちなみに軻遇突智は、伊邪那美尊を失った伊邪那岐尊のために殺されてしまう。この死んだ軻遇突智の血から8体の神々が、そして死体からも8体の神々が生まれているのである。

 この伊邪那美尊は、死んで黄泉の国に行くのであるが、伊邪那美尊は腐敗した死体(自分)を見られたことに恥をかかされたと大いに怒り、鬼女の黄泉醜女(よもつしこめ。醜女は怪力のある女の意)を使って、逃げる伊邪那岐尊を追いかけるが、黄泉醜女たちは彼が投げた葡萄や筍を食べるのに気を取られ、役に立たなかった。伊邪那美尊は代わりに雷神と鬼の軍団・黄泉軍を送りこむが、伊邪那岐尊は黄泉比良坂まで逃げのび、そこにあった霊力のある桃の実(意富加牟豆美命[おおかむづみのみこと])を投げつけて追手を退ける。最後に伊邪那美尊自身が追いかけてきたが、伊邪那岐尊は千引の岩(動かすのに千人力を必要とするような巨石)を黄泉比良坂に置いて道を塞ぐ。閉ざされた伊邪那美尊は怒って「愛しい人よ、こんなひどいことをするなら私は1日に1000の人間を殺すでしょう」と叫ぶ。これに対し伊邪那岐尊は「愛しい人よ、それなら私は産屋を建てて1日に1500の子を産ませよう」と返して黄泉比良坂を後にし、2人は離縁した。

 この一件で、地上に戻ってきた伊邪那岐尊が、黄泉国の穢れを落とすために「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)」で禊を行なうと様々な神が生まれた。最後に、左眼から天照大御神、右眼から月読命、鼻から建速須佐之男命の三貴子が生まれたのである。

「ここまでは知っていたかな」

 葉巻をくゆらせながら、東御堂信仁は、そういって、朝彦の方を見た。さすがに嵯峨朝彦も、この辺のことはよく知っているというか、そもそもこの辺は古事記や日本書紀に書いているということであり、何も東御堂信仁に効かなくてもよくわかっている話だ。しかし、話を聞きに来てしまった以上、その話を遮るわけにもいかない。嵯峨朝彦も、やはり葉巻をくゆらせて大きくなった灰を落とした。

「まあ、ここまでは普通の古事記にも書いてある話だ。ただ、この時に、伊邪那岐は何故、男女の交わりもなかったのに、三貴神が生まれたのであろうか。そこをよく考えてみよ。いいか、美濃を生む力と、死んだ後に行く先は、全て黄泉の国にあるということなのだよ」

「黄泉の国」

「まあ、そうだろう。ものは生まれ、そして死んでゆく。しかし、その死んでいったものが再生し、そしてまた地上に降りてきて歴史を紡ぐ。そういうモノであろう」

「はい」

「その<再生>を待つ場所こそが黄泉の国なのだ。そもそも、伊邪那岐尊も伊邪那美尊も、元々は天界から地上を任されて降りてきた。しかし、その地上の統治を行うことなく、髪を生んだ時点で伊邪那美尊が死んでしまい、黄泉の国に旅立ってしまった。そしてその黄泉の国との間の道である黄泉比良坂も閉じてしまった。しかし、それでも子供は生まれ、新たなものも生まれてくるのである。また、死んだ者もこの世に迷うことなく、黄泉の国に旅立っている。そうは思わんか」

「は、はい」

 急にオカルトじみた話になってきた。人がなぜ死ぬのかではなく、死んだ後に黄泉の国に旅立って、また黄泉の国からこの世に降りてくるということを言っている。しかし、その黄泉の国につながる黄泉比良坂は、確かに伊邪那岐尊によって閉じられてしまっているのである。この、日本の神話には何か裏があるのに違いがないのであろう。

 そういえば、昔親父から聞いた話も、なにかこんな話が入っていたような気がする。嵯峨朝彦は、なにか遠い昔を思い出した。あの時は親父が陽の当たる椅子に座って、本を読んでいた時に、朝彦が話しかけてそんな話になったのではなかったか。その時も、親父は葉巻をくゆらせていたような気がする。

 朝彦にとって、遠い昔の記憶が、なんとなくよみがえってきた。

「天照大御神は、黄泉の国の力を宿して、地上で生まれた太陽の神である。夜をつかさどるのが月読命、そして、海をつかさどるのが須佐之男命。いずれも、黄泉の国の力をもって、地上で生まれた神であろう。その神々は、なぜ三貴神と呼ばれるのか。それは、彼ら三貴神が、単独で生まれた、つまり、伊邪那美尊、つまり伊邪那岐尊と別れたのちに黄泉の主宰神となり、黄泉津大神、道敷大神となった伊邪那美尊の影響を受けていない神々ということになる。」

「はい、そうなりますね」

「それは、つまり、単独で黄泉の国に行くことができる力を持っているということ、または黄泉の国の内容をよくわからんのに、この国にいるということを意味している。もっと下世話な言い方をすれば、黄泉津大神に面が割れていない神ということになる」

 ここで信仁は、もう一度葉巻をふかした。白い大きな煙が目の前をさまようかのように上がっていった。

「そして、その黄泉の国を知らない神である天照大御神の子孫が、天皇だ。」

「あっ」

「わかったか。天皇は、現在神の血を引き、同時にその力をもって、唯一黄泉の国と日本国の扉を開閉できる力を持っているのである。もちろん、我々にもその力はあるし、その血は受け継いでいる。しかし、天皇は即位の式典を氏、その天皇としての権利を引き継いだときに、つまり、天照大御神と一緒に食事を行い、神の世界に半分片足を突っ込んだ時に、その力が付与されるのだ。」

「そうか」

「産むということは、同時に殺すということでもある。そして殺すことが新たな生を産む。そのことがわかっているのは、天皇だけということになるのであろう。そして我ら皇族、そして公家の多くは、その天皇の神野邦、いや、黄泉の国と通じる力を守らなければならない。いいか産むのは、人間だけではない。伊邪那岐尊と伊邪那美尊は、神々も生み出したのである。その二人の力を融合できる存在は、天皇一人なんだよ」

 東御堂信仁は、そういうと、注がれたウイスキーを飲み干した。

「朝彦、思い出したか」

「ああ。はっきりと思いだした」

「逆に言えば、中国の陳や、大沢は何か知らんが、その力を使おうとしている。いや、黄泉の国を開こうとしているのであろう。それは絶対に阻止せねばならない。」

「はい」

 その後しばらく話して、嵯峨朝彦は東御堂信仁の家を退去した。荒川はずっとタクシーの中に待っていた。