「さくらを愛でる」③
数ある桜を読んだ和歌の中でも一番好きなのは、紀友則の次の歌。
「ひさかたのひかりのどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」
穏やかな春の日と落ち着きなく散る桜という静と動の対比が見事。ところで、今花見に好まれるのは、どの状態の桜だろうか。八分咲き、満開、散りはじめのいずれだろう。江戸時代は、「散る頃」の桜が好まれたようだ。自分の好みも、わずかな風でも花びらがゆらゆら舞う頃の桜。 また、江戸時代には今にはない花見文化が見られた。それを描いた浮世絵はいくつもある。国貞「花見美人」、渓斎英泉「十二ケ月の内 三月 花見」、菊川英山「花見」、石川豊信 「花下美人図」。花の下で詩歌を詠み、それを書いた短冊を木に付ける様子が描かれている。この桜の枝に結ばれた短冊、場を共にした他者や通りすがりの者が手に取って眺めることが前提とされた。だから、愛のメッセージ(例えば「あわばまた うらみもあさき さくら哉」)が書かれた短冊のように、花見の場での歌は男女の仲介の役目も果たしていたのだ。菊川英山「花見」には、短冊を木につけようとする女性と短冊を眺める女性が両方描かれていて、花見において短冊の果たした役割の一端がうかがい知れる。また「目かつら」も今では見られなくなった花見文化のアイテム。これは、眼の部分に穴をあけて顔の上半分をおおう細長い紙製の面で、これをつけて顔を隠すことで、より自由に日常の世界から解放されたのだろう。
(国貞「花見美人」)
(渓斎英泉「十二ケ月の内 三月 花見」)
(菊川英山「花見」)
(石川豊信「花下美人図」)
(国芳「すみ田川の夕桜」部分) 右手に持っているのが「目かつら」
(『温古年中行事』 向島花見)
歌い踊りながら進む3人組がつけているのが「目かつら」