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とある冒険者の手記

V.妖精のイタズラ

2022.11.29 03:08

窓から差し込む光の筋。

鳥達の歌声が朝を告げていた。

ベッドから体を起こし、大きく伸びをし、寝癖だらけの頭を掻くのはガウラ·リガンその人だった。

ベッドから降りて真っ直ぐに1階のリビングへ向かう。

そこで、彼女は首を傾げた。

いつもなら、自分より先に起きて朝食を用意しているパートナーであるヴァルの姿がない。

料理の匂いもしない事から、早朝から用事があったという訳でもないらしい。


「寝坊か?珍しいな…」


少し驚きながらも、今日は自分が朝食を作ろうと気持ちを切り替える。

ヴァルも人間だ。起きれない朝があってもおかしくは無いだろう。

ガウラは寝癖だらけの髪を手櫛で簡単に梳かし、一纏めに結う。

エプロンを装着し、「よし!やるぞ!」と気合を入れて朝食を作り始めた。

料理は得意な方では無いが、最近は多少コツを掴んだのか、焦がすことが無くなってきている。

朝食を完成させると、未だに起きてこないヴァルを起こしに、2階へ向かう。

部屋に入ってベッドに目を向けると、違和感を感じた。

布団の膨らみが明らかに小さい。

恐る恐るベッドへ近づき、覗き込むと、そこには5歳ぐらいの少女が寝ていた。

肩までの長さの癖毛は、黒い髪に青いメッシュ。色黒の肌に、左の目尻には泣きボクロがある。

女性だった時のヴァルと同じ特徴を持つ少女に唖然とするガウラ。

とりあえず、少女を起こして状況確認をしようと思い立つ。


「お嬢ちゃん、起きておくれ」

「……う、う~ん……」


目を擦りながら体を起こす少女。


「母上ぇ…まだ眠いよぉ……」

「寝ぼけてるね…、私はお前の母親じゃないよ」

「……え~?……ふぁ~」


大きく欠伸をし、ガウラと目が合った。

暫し見つめ合う2人。

すると、だんだん目が覚めてきたのか、少女の顔はどんどん青ざめていった。


 「白き一族っ?!」


慌てたようにキョロキョロと周りを見渡す少女。

どうやら、自分の家ではないと気づいたらしく、かなりの混乱っぷりを見せている。


「どうしようっ!母上に怒られるっ!」


ベッドから逃げ出そうとする少女を、ガウラは慌てて静止した。


「そんなに慌てなくても大丈夫だ!」

「っ!?」

「大丈夫、わたしはお前の母親の知り合いだ」

「……知り…合い……?」

「あぁ」


急に大人しくなった少女に、ガウラは優しく尋ねた。


「一応、確認しておきたいんだが、お前はヴァル·ブラックで合ってるな?」

「……うん」

「そうか」


自分の予想が間違っていない事が分かったが、何故ヴァルが子供になったのか疑問が残る。

そこで、さらに訪ねてみることにした。


「えっと。これまでに何か変わった事は無かったかい?」

「変わったこと?………あ!夢に赤い妖精さんが出てきたよ」

「妖精?」


その言葉に嫌な予感がした。


「えっとね。これで、若木も喜んでくれるのだわって言ってた」

「………フェオちゃん……」


ヴァルの言葉に、ガウラは小さく呟き頭を抱えた。

そういえば前日、用があって第一世界に行った時にリダ·ラーンに赴き、妖精王フェオとあった。

その時に、かなかなか会いにこないことに対し、しこたま文句を言われた時に、近況報告がてらヴァルの話をした。

幼い時から相手は自分を知っており、自分は昔の相手を知らないと話した事を思い出す。


(余計な事を言ってしまった)


まさか夢を介してイタズラをされるとは、認識が甘かったと後悔した。

だが、それを引き摺っていても仕方ない。

ガウラは気持ちを切り替えることにした。


「状況は分かった。とりあえず、朝食にしようか」


そういった途端、ヴァルのお腹の虫が鳴いた。

少し恥ずかしそうに笑って「うん!」と返事をしたのを見て、ガウラは小さく笑ってリビングに案内した。

朝食を摂りながら、色んな話を聞いた。

どうやら、赤子だったヘラを見た後の年齢のようで、目を輝かせながら赤子の話を語る。


「あたいね、父上が買ってきてくれた絵本を読んでね、お姫様になりたかったの」

「ほう、そうなのかい」


ヴァルから聞いた事のない話が飛び出し、その内容が子供ならではで可愛らしい。


「でもね、白い赤ちゃん見て思ったの!白い赤ちゃんの方がお姫様にピッタリだって!」

「何故そう思ったんだい?」

「だってね、絵本に出てくるお姫様は、皆肌が白いんだもん…」


少し落ち込み気味に答えたヴァルだが、直ぐに表情は明るくなる。


「でもね!白い赤ちゃんはね!ドレス来てなくても、髪も目もキラキラしててね!とっても、とーっても可愛いんだ!でね、母上が「その子を見ていたいなら強くならなきゃいけない」って言うからね、修行を頑張ってるの!あたい、お姫様じゃなくて、白い赤ちゃんを守る王子様になるんだ!」


嬉々として語るヴァル。

その瞬間、ガウラは強烈な目眩に襲われる。

何度も経験した制御不能な過去視の前兆。


そして、映し出されるセピア色の風景。

場所は訓練場と思われる。

木人を懸命に叩いている幼いヴァルと、少し離れたところで腕組みをしてその様子を見守っている母親のヴィラ。

ヴィラは、ヴァルの隙がある所に指弾を使って小石を当てる。


「いたっ!」

「同じ所に隙が出来ているぞ!」

「うぅっ…ごめんなさい」

「自分がどんな時に隙が出来るかしっかり覚えろ。そして、考えろ。隙を無くすのか、それともその隙を上手くカバーするのか、はたまたそれを利用するのか。答えを見つけるのはお前自身だ」

「はいっ!」


ヴァルが返事をしたところで場面が転換する。

次に映し出されたのは、場所は変わっていないが、息を切らせボロボロになりながらも木人と向き合っているヴァルの姿だった。

そのすぐ近くに、母親のヴィラが困った様に立っていた。


「ヴァル、今日はもう終わりだ。そんな状態で続けても大怪我をするだけだ」

「嫌だっ!続けるっ!あたい、まだ出来るもんっ!」


ヴィラの言葉に、大きな声で反論するヴァル。


「早く強くならなきゃ、誰かに使命を取られちゃうもんっ!そんなの嫌だっ!!」


そのヴァルの瞳には涙が浮かんでいた。


「あたいが赤ちゃんを護るんだもんっ!あたいが王子様になるんだもんっ!」


そう言い放ち、ヴァルは木人に向かって練習用の武器を振った瞬間、手から武器がすり抜け、武器は明後日の方向に飛んで行った。


「もう武器を握る力もないだろ。また明日だ」

「うぅ~…やだぁ…まだやるのぉ~」


泣き出すヴァルの背中をヴィラは撫でた。


「ここで無理をして、護れない身体になったら嫌だろ?」

「……うん、やだ……」

「しっかり休むことも、強くなるのに必要なんだ。分かったかい?」

「……はい……」


しゃくりあげながら涙を流すヴァルをヴィラが抱き上げた所で、また場面が転換した。

次はどこかの室内だった。

そこで、ヴィラがヴァルの掌に薬を塗っていた。


「豆が潰れてるじゃないか。相当痛かったろ」

「……」


薬が染みるのか、顔を顰めながら黙り込むヴァル。


「ヴァル、真面目に修行するようになったのは良い事だが、やり過ぎは良くないんだよ」

「……うん。でも、あたいずっとサボってたから…他の皆より弱いもん……」

「……遅れを取り戻そうとするのは悪くは無いけど、無理をしてはダメだ」

「……はい…ごめんなさい……」


シュンと俯く。ヴィラはその様子に困った様に笑う。


「ヴァルは本当にあの子の事が気に入ってるんだね」

「うん、だって可愛いんだもん」

「じゃあ、ヴァルは掟が無かったら、あの子とどうなりたい?」

「掟が…なかったら?」


ヴァルは少し考えてから、ハッキリと言った。


「仲良くなりたい!いっぱいお話して、一緒に居たい!」


その表情は、先程とは打って変わって明るい表情だ。


「一緒に遊んだり、お買い物したり、色んなこといっぱいしたい!」

「そうか」


ヴァルの答えを聞いたヴィラの表情は、優しい笑みを浮かべていた。



ガウラが軽く頭を振って目を開けると、世界は色を取り戻していた。

そして、隣には心配そうに顔を覗き込むヴァルの姿があった。


「お姉ちゃん大丈夫?具合悪いの?」

「いや、大丈夫だよ」


笑顔でそう答えても、心配な表情は変わらない。

その顔が、本来の大人のヴァルと被って見えた。

その瞬間、ガウラは無性に本来のヴァルに会いたいと言う衝動に駆られる。

今までそんな衝動を感じた事が無かった彼女は、自身に戸惑う。

過去視で見てしまった修行の様子と、その後の会話。

話には聞いていたが半信半疑だった事を実際に見てしまった事で、自身の中で何か変化が起きたのかもしれない。


ガウラはヴァルを真っ直ぐ見て言った。


「ヴァル、私はこれからお前が夢で見たと言う妖精に会ってくる。でも、帰ってくるのに数日はかかるから、お前の母さんを呼んでもいいかい?」

「うん」


ヴァルの返事にガウラは頷くと、庭に出てヴィラに連絡を取る。

エタバンをした日に、連絡先を交換していたのだ。

ヴィラに事情を説明すると、直ぐに対応してくれた。

そして、2人に見送られながら第一世界へと向かった。



リダ·ラーンに到着したガウラは、目的の人物の名前を呼んだ。


「フェオちゃん」

「あら、私の美しい若木。私からの贈り物は喜んで貰えたかしら?」


どこからともなく姿を現したフェオの言葉に、ガウラは困った様に笑いながら答えた。


「フェオちゃん、気持ちはありがたいのだけど、パートナーを元の姿に戻してくれないかい?」

「ええー!どうしてなのだわ!?」

「確かに、パートナーの昔を知らないとは言ったけど、本人の了承もなく知ろうとするのは、プライバシーが問題になってくるからね」

「はぁ…人間って面倒な事が多いのだわ。私は若木が喜んでくれると思っていたのに…」

「気持ちは嬉しかったよ」

「あら、それなら良かったのだわ!」


ガウラのフォローに、上機嫌になるフェオ。

そして、ガウラの頼みを聞き入れ、ヴァルの姿を戻しに行った。

戻ってきたフェオに、また顔を出しに来ると約束し、ガウラはリダ·ラーンを後にした。

テレポで自宅前に付き、はやる気持ちを抑えながら玄関の扉を開いた。


「ただいま!」

「おかえり」


リビングの方から姿を現したのは、元の女性の姿をしたヴァルだった。


「良かった、無事に元に戻れたんだね」

「あぁ、母上から事情は聞いた。手間を取らせてすまなかった」

「いや、元はと言えば、私が迂闊だったんだ。ごめんよ」


すると、ガウラはヴァルに歩み寄り、遠慮がちに抱きしめた。


「?!」

「ヴァル、おかえり」


突然のことに驚いたが、その言葉を聞いたヴァルは微笑んだ。


「あぁ、ただいま」


ヴァルはガウラを抱き締め返した。


今回のハプニングで、思いがけずガウラのヴァルに対する感情が深まったのだった。