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砕け散ったプライドを拾い集めて

恩送り

2018.03.30 14:27

【いい話】

劇作家として有名な井上ひさし(1934-2010)は、不遇な幼時期を過ごした。
井上は、幼い頃、父と死別し、義父の虐待を受ける子どもだった。貧しさのため母に手を引かれて児童擁護施設に預けられた井上は時々、不良少年と付き合い、中学生になると店で物を盗んだりもした。

ある日、彼がある本屋で国語辞典を盗み、本屋のおばあさんに捕まった。
おばあさんは「そんなことをすれば私たちはどうやって暮らせるのか」と言って、井上に裏庭にある薪を切らせた。 そのおばあさんは薪をすべて切った井上の手に、国語辞典とともに、辞典代を差し引いた日当を握らせた。「こうして働けば本を買える」。
後に作家になった井上は文集で「そのおばあさんが私に誠実な人生を悟らせてくれた。いくら返しても返し切れない大きな恩」と回想した。

彼は作家として有名になり、故郷の山形県川西村に自分の蔵書を寄贈して図書館をつくったほか、現地の農民を対象にした農業教室「生活者大学校」を設立した。 またその本屋があった岩手県一関市で生涯、同僚と一緒に無料文章講習を開いた。

これを井上は「恩送り」といった。誰かから受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の人に送る。そして恩を送られた人はまた別の人に恩を渡す、恩がぐるぐる回る世の中をつくろうという趣旨だった。

(中央日報紙)

 †この記事を最初に読んだ時、不覚にも目頭が熱くなった。中学生の井上ひさしと本屋のおばあさんとの出会い。その出会いは、恵まれなかった中学時代の井上ひさしにとって、唯一のような僥倖であったのかも知れない。そして、その恩を返そうと思ったときには、そのおばあさんはもはやこの世にいなかったのだろう。それで、「恩送り」を思いついたのだと思う。
あの世で今度はそのあばあさんに「いいことしたね」って褒められていると思う。