【浅草②】浅草幡随院門前町
2018.03.31 11:44
町名:浅草幡随院門前町
読み方:あさくさばんずいいんもんぜんちょう Asakusa-Banzuiin-Monzenchō
区分:町丁
起立:江戸期
廃止:1869(明治2)年
冠称:「浅草」
後身:浅草神吉町
現町名:台東区東上野五丁目
概要:『東都下谷繪圖』には「幡随院門前町」とあるが、「町」が付かないのが正式町名か。
幡随院は「神田山新知恩寺」と号し、浄土宗京都知恩院の末寺で、1604(慶長9)年に神田台に創建。1617(元和3)年、池之端に転地。さらに1659(万治2)年、当地に移転した(備考)。門前町屋の起立年代は不詳だが、古くから沽券地であった(備考)。1828(文政11)年の家数は84軒(町方書上)。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、「浅草神吉町」と改称し消滅。現行の東上野五丁目の一部。講談や芝居でお馴染の侠客幡随院長兵衛ははじめこの地に住んでいたといわれ、その墓は東上野六丁目の源空寺にある。幡随院は1940(昭和15)年に自火焼失したため小金井市に移転した。
撮影場所:浅草幡随院門前町