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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 7

2022.12.03 22:00

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 7


「黄泉の国の扉を開いて、何とする」

 という最後の問いに東御堂信仁は何も答えなかった。嵯峨朝彦は、それから自宅を出ずに、自宅に残っている古文書や、父の日記、またその他の資料を読み漁った。さすがにこれらの文章を他の人に読ませるわけにはいかない。その為に、自分一人で読まなければならなかった。

 二つの疑問がある。一つ目は、「黄泉の国が開いたらどうなるのか」ということである。

 そもそも黄泉の国が開いたらどのようになるのか。古事記などの記載によれば、伊邪那美尊が、様々な魔物を送り込もうとしていたという。そして、そのまま黄泉の国にいながら、地上の人間を殺すということができるということになっていた。つまり、黄泉の国の扉が開いたら、此の世の人が、殺されてしまうということを意味するのであろうか。しかし、一方で、人間は黄泉の国から生まれてくるということになり、また、死んで黄泉の国に戻るということになる。そもそも伊邪那美・伊邪那岐の頃は、この国がつながっており、黄泉平坂で繋がっていたというのであるから、もしかしたら生まれる人が増えるのかもしれない。

 そして、その範囲はどこなのかということも考えなければならないのではないか。もしも、これが滅びるという場合、滅びるのは日本だけなのか、または世界が滅びるのかということが問題になるはずである。世界が滅びるということになれば、それは、中国人や大沢たちが世界を滅ぼす「蓋」を開いてしまったということになってしまう。しかし、それが日本だけということになれば、中国などが日本を滅ぼすとして、それが内側から滅びるように仕向けているということになるのかもしれないのである。

 つまり、黄泉の国が開いたらどのようになるのかということになるのであるが、一方で、その時の影響の範囲によっては「誰の責任になるのか」というような話も出てくることになるのである。これが、陰謀的に行われてしまえば、「日本が世界を滅ぼした」というようになり、もしも一部の人間が生き残っても日本人が差別されるような土壌を作ることになってしまうのではないか。そのようなことは避けなければならないのではないか。いずれにせよ、「黄泉の国の扉」などは開かないようにしなければならない。それでも、まずは黄泉の訓生扉が開いたらどのようになるのかということを知っていなければ、そのことを知ることができないということになるのである。

 もう一つは「その内容をなぜ大沢や陳文敏が知ったのか」ということになる。

 嵯峨朝彦も知らない話である。いや、まあ、知らないといえば語弊がある。子供の頃にしっかりと聞いているはずなのだが、それを覚えていないだけなのである。しかし、自分の経験を思えば、それは「あまり広く伝わってはいない内容であるというはずではないか。それも、東御堂信仁の話によれば、基本的には皇族が天皇と皇族の違いを知るときに使われる話である。つまり、その話を知っているのは皇族と天皇のみということになる。宮内庁やその近しい人もあまり知らない話であり、また公家の中でもよほどの地位でなければ知らないということになる。同時に、その者は天皇を殺そうとしているのか、どのような事情で大沢三郎などに伝わったのであろうか。そして、その内容は正確に伝わっているのかということも非常に大きな問題になるのである。

 このように考えると、もしかしたら皇族の誰かが、天皇を滅ぼそうとしているのかもしれない。そして自分が成り代わって天皇になろうとしているのかもしれない。しかし、そのような野心のある皇族などはいたであろうか。一方、そうではないとした場合、どのようなルートから黄泉の国の扉を開くつもりなのか、そして、その黄泉の国の扉を開いてしまった後、どのように黄泉の国の扉を閉めるつもりなのであろうか。

 疑問は尽きないのである。

「荒川君」

 久しぶりに四谷の事務所に出てきた嵯峨朝彦は、そこにいた荒川に声をかけた。

「はい」

「なぜ、奴らが天皇の命を狙おうとしたのかはよくわかった。しかし、その下人をどのように知ったのか、そして、その後どうするつもりなのかが全くわからない。平木もいない中で、今田陽子と、青田君の力を借りて、それをすぐに調べなければならない」

「なるほど」

 荒川は、先日東御堂信仁の家に一緒に行っている。話をしている現場には入っていないが、しかし、その皇室や黄泉の国の話が、皇族と関係があることくらいは察知しているのだ。嵯峨朝彦もそのことくらいは察するのではないかと思っている。もちろんその通りになる。

「あまり気が進まないが」

「お察しします。要するに、先鋒に知られないようにするということですね」

「そうだ」

「では、青田さんにネットで、菊池綾子に、青山優子から、そのうえでその情報をもとに今田にルートをたどってもらうということでよいでしょうか」

「君は何をするのかね」

「私は、旧皇族や皇族の皆さんの周辺を」

 最も心配していることを、この男はサラッと言った。

「そこが一番心配なのだ」

「だから私が直接やるのです」

「お前を信じられるのか」

「では殿下がやりますか」

 殿下がやりますか、と聞かれてしまうと、やるとは言えない。自分で何か言えるような話ではないし、また、様々なことを言ってしまう可能性があるのだ。

「わかった、任せる」

「紹介状を書いていただけますか」

「紹介状」

「はい、紹介状。まあ、紹介状が唐突ならば、何もないのに行けば、何かおかしくなります。そこで、殿下が何か飲み会を開くということで招待状を作ってください。それを届けてまいります」

「なるほど、それならばよい。荒川君。何か作りなさい。」

「かしこまりました。

 荒川は、まずはすぐに菊池綾子に連絡をした。

「要するに、青山優子に接触して、どうして天皇を狙っているかを聞いたらいいのね」

「そうなんですよ。何か大きな秘密もありそうだし、いきなり天皇というのもおかしな話でしょう」

「そうね。確かに、いきなり天皇というのはおかしな話よね。普通権力が欲しいならば、総理と仮想いう方を狙うし、そもそも大沢三郎は、政治家なんだから選挙で勝てばいいってことでしょ。よく勘がてえ見るとおかしな話よねえ」

「そうだろ」

 菊池綾子は、水商売をやっている女性ではあるものの、やはりかなり頭は良いのであろう。荒川の電話に、すぐに反応し、そのおかしさに気付いた。いや、今まで気づかなかった自分の感覚に疑問を持つような感じになっていた。

「天皇を殺したからと言って、政権が取れるわけではないし、そもそも、中国だって天皇を殺して何かいいわけないじゃない。そんなことをしたって、リスクしかないしね。ねえ、荒川さん何か知っているの」

「いや、何も知らないというか、この前殿下が来た時に、そんな話をしていただろ、そのあと殿下が東御堂信仁殿下の所に行って長々話してきたんだよ。それがね、気になって」

「なるほど、そのはなしはきいてないのね」

「ああ、聞いていない」

「わかった、要するに、何か皇族にかかわる誰かが大沢に接触して、それが今回の事件のきっかけになっているということだということね」

 さすが菊池である。話が早い。

「そうなんだよ。そして、君から今田や青田に言ってくれないかな。」

「ああ、いいよ。とにかくなぜ天皇を殺そうとしているか。そしてその秘密がどこから漏れたかということね」

「よろしく」

 調べが始まった。