日本から来た変なヤツを普通の料金で入れてやった変なヤツ
スタジアムまでの道中や、入り口から席に座るまでの過程で"緊張感"を感じるか、感じないか。正体不明の「何か」によって感じられる恐怖は、スタジアムでのサッカー観戦をより豊かなものにしてくれる、というのは色んな国でサッカーを見てきた僕の持論である。
今日の試合は、僕の持論を裏付けた。
喧嘩を成敗している警察を横目にスタジアムまでの道なりを歩いていると、これまでのアルゼンチンでの試合観戦の中で最も強い緊張感を感じた。スタジアムの雰囲気は、最高に違いない。
僕が住む街には、2つのクラブがある。どちらもアルゼンチン1部リーグに所属していて、ホームスタジアムは家から歩いていける距離にある。今日はそのうちの1つ「Club de Gimnasia y Esgrima La Plata」というクラブのホームスタジアムで試合を観戦した。
僕が通っている指導者養成学校は、もう1つのクラブ「Estudiantes de La Plata」と関係が深いために、僕はこっちのソシオ(会員)になっているし、これまでも3試合ほどスタジアムに行ったり、TR施設に行ったりしていた。Gimnasiaの試合を観るのはこれが初めてだ。家から歩いて15分から〜20分。大きな公園を抜けた先にスタジアムはあった。5連休の中日ということもあって、多くの人で賑わっている。
チケットを買おうと並んでいると、一人の悪そうな兄ちゃんが近寄ってきた。
「チケットを買うのか?」と話しかけてきたその悪そうな兄ちゃんは、悪そうだ。そこからのスペイン語は何一つわからなかったけど、手招きをする感じはおそらく僕を中に入れてちょっと高いお金を要求してくるのだろうと、容易に想像が出来た。もちろん僕はその場から立ち去らずに、ノッタ。
なんと言えばいいのか、チャレンジ精神とは違う何か。臭いものの匂いを嗅ぎたくなるあれと似ている。欧米では一回こういう経験をしていて、その時は本当にタダで入れたこともあった。でも、この兄ちゃんは、悪そうだ。その兄ちゃんは、悪そうに見えて、悪かった。彼の後ろに着いて行ってスタジアムの中に入ると、そこから何言ってるのかわからないスペイン語で永遠と、食い気味に、語りかけられた。チケット以外に何かを要求しているけどそれがわからないからどうしようもない。
「僕はただ試合を観たいんだ」と言い続けていたら兄ちゃんは諦めて、チケット代の交渉に入った。通常の3倍の値段をふっかけてきたから、「高すぎる」と1回言ったらあっさり値段が下がった。それでも少し高かったから、「そしたら俺は一回出て自分でチケットを買ってくる」とクソみたいなスペイン語を吐き捨てると、そいつを横目に入り口の方まで歩こうと立ち上がった。すると悪いそうな兄ちゃんは僕の腕を「ガッ」と掴み、眉間にシワを寄せてこっちを見ている。こいつはまだ一回も笑っていない。
俺もここまでか…ついにか…そう思った瞬間、兄ちゃんは「わかった」とごくごく正式な料金を要求してきた。これにて悪そうな兄ちゃんは、「日本から来た変なヤツを普通の料金で入れてやった変なヤツ」に成り下がった。クラブにお金が行かずにあの男にお金が行くのは少々癪だが、まあ僕はとにかく試合が見たかっただけだから。
そんな経験を経てのスタジアムの中は、満員御礼。興奮したアルゼンチン人でいっぱいだった。
やはりスタジアムというのは、狭くてぎゅうぎゅうで、満員なのが一番いい。
試合はGimnasiaが1-3で敗戦。僕の上に立つ上半身裸のおじさんのつばが頭に降ってくるのが我慢できないくらいで、その他は本当に最高の雰囲気での試合だった。不甲斐ない試合をした自チームにこれでもかとブーイングと口笛を浴びせたサポーターたちは、不機嫌な顔でスタジアムを後にする。
日本から来た変な奴を普通の料金で入れてやったヤツはもうどこにもいない。多分、ああやっていつも小遣い稼ぎをしているんだろう。アルゼンチン人の小遣い稼ぎの多様さには驚かされる。
スタジアムを出てしばらくすると、何かの緊張感から解き放たれた。僕はこの感覚を味わうたびに、これだからサッカーはやめられないとニヤニヤしながら家路に着くのである。