ʻOluʻOlu

安心安全の場所から

2022.12.05 14:19

学校生活を始め、いろんな組織や団体に属していたことがあったけど、いつもコミュニティに馴染めなくて、辛い経験をしたことが多かった。

 

思うに境界線がきちんと引けていなかったらで、さらに思ったことをそのまま口にするような子だったので、誤解や気を悪くした人も多かったと思う。

 

傷つきやすい部分も多く(これは発達性トラウマのスキゾイドの傷の影響が大きいと思う)

多くの人が大丈夫なことも、一つ一つ傷ついていた。

例えば高校生の頃、友達が出来ずに学校に通うのがとても辛くて、家を出たものの、繁華街に向かい映画を1日中観て、部活だけやって帰ってきたような子だった。

 

ある日、担任から呼び出されて、「お母さんがこの間学校に来て、うちの娘は学校に来てますか?と聞かれたんだけど。」ということもあった。

 

母が心配してきた、という事実も、担任から呼び出されたことも

私の自尊心が大いに傷ついてショックで家に帰ってから泣いた。

なんて傷つきやす子供だったんだろう。

周りの人たちは大変だったと思う。

 

だけど、これも今振り返ると、本当に私のせいでもないわけで、色々セラピーやヒーリングやボディワークを受けているうちに繊細さは変わらないと思うけど、とても生きやすくはなったと感じている。

ある、ボディワーカーの方とお話ししていて、

健康な赤ちゃんはぐずることが少ないし、とても育てやすい、ということを聞いた。

また、別な話だけれど、カルマはあるね、ということ。

例えば、考え方や生活習慣、経済状況によってもその一族で起こりやすい病気や精神疾患、傾向などのお話も印象的だった。

生まれてくる時点で影響はあるんだなあ、ということ。

そして、その環境に身を置いて育っていくということのパワフルなこと。成長過程において、環境における影響力は抜群だろう。

 

だからと言って、すべてそうだとも思わないし、安易に当てはめようとするのは危険だと思っている。

また、そうだったとしても、私のように途中で癒されてしまって変わっていくこともあります。

 顔を背けたくなるような嫌悪があったとしても

この世界の中ですべてあるうちの一面を表しているのであって、

それも私の一部なんだってこと

 

その役割を背負ってくれているということ。

でも、それを受け入れる必要はないし、

自分がその役割の一部かもしれないって思った時は、変えていける力を誰しもが持っていると私は思っている。

 

ええと、話は長くなりましたが、お伝えしたいことは、

この繊細で面倒臭い私なので、安心安全という環境を作ることに関しては最新の注意を払っています。

クライアントさんがどんなに自分がダメだって思っても

何かに怯えていても

人を信じられなくても

私自身がずっと安心安全を感じることが苦手だったので、安心安全の場所からセッションをしていきます。

 

安心安全と感じることが、もうすでに癒しだと思います

 

読んでくれてありがとうございます