2016年10月31日(月)『歌舞伎コラム テレビで芝翫襲名興行を見る』
10月30日に放送された10月歌舞伎座芝翫襲名興行をハードディスクで観る。口上と、熊谷陣屋が、放送された。
丁度、収録した日に、実際歌舞伎座に行っていたので、面白く見た。一階席で観たのだが、いつものように和服で着飾った女性が目立ったが、襲名興行直前に報道された芝翫の愛人問題もあり、襲名披露興行独特の華やかさはあまりなく、お祝いしたいのだが、観客が、遠慮してか、お祝いし切れない、もどかしさを感じているようだった。
祝い幕は、一の字が大きく墨で描かれていた。幕の一の字が、橋のようにも読め、橋之助から芝翫への襲名へと、渡る橋のようにも見えた。あくまで名前が変わるだけなんだ、大名跡への静かな、移行なんだと印象付けるようにも見えた。
口上は、下手から、吉右衛門、魁春、東蔵、七之助、児太郎、梅玉、歌之助、福之助、橋之助、芝翫藤十郎、玉三郎、歌六、又五郎、松緑、菊之助、雀右衛門、我當、一番上手には菊五郎が並んだ。我當の衰弱振りは甚だしく、呂律が回らず、悲しく感じた。芝翫を紹介した藤十郎も、ろれつが回らず、文章を読むにとどまった。口上は,さしさわりがない言葉で、お祝いを述べるのが普通だが、今回は、直前の愛人問題もあり、より当たり障りのない言葉に終始した感じがした。菊五郎の口上は、NHKが勝手に編集して、女性問題をくすぐって、注意したところはカットした。こんなところは編集する必要はないと思うが、NHKの伝統文化を担当する人間の配慮なのだろうが、疑問だ。児太郎の口上の中で、父福助が病気闘病中で、リハビリに必死で、舞台復帰に向けて頑張っています、という一言が胸を打った。歌舞伎座の舞台に、一日も早く立ち、予定通り、歌右衛門を襲名する事を願いたい。口上を見て感じたのは、福助、勘三郎が健在ならば、成駒屋一門は、全盛を迎え、我が世の春の中で、芝翫襲名が、一層賑やかなものとなっていただろうと思う。先代芝翫の娘を勘三郎は嫁にしているから、成駒屋と、中村屋は姻戚関係となった。福助が歌右衛門になり、橋之助が芝翫となり、勘三郎、勘九郎、七之助、児太郎が並らび、更に勘三郎の盟友三津五郎が並んだ口上を頭にイメージすると、成駒屋、中村屋全盛時代が来ていたのではないかと思う。時は、悲劇的にも推移するものだ。
一方で、下手に吉右衛門、上手に菊五郎が並び、吉右衛門の娘と、菊五郎の息子の菊之助が結婚し、姻戚関係を結び、すでに男子が生まれて、二人目が生まれれば吉右衛門の養子になる事を考えれば、これからの歌舞伎界の勢力図は、音羽屋と播磨屋が握ることになるだろうと思うと、時のいたずら、役者の生き死にが、こうも露骨な形で、出てくるのか、複雑な気持ちになった。そんな邪な事を考えながら、口上の舞台に、本来ならいるであろう早世した勘三郎、三津五郎がいない寂しさを、強く感じた。
熊谷陣屋は、四代目が大芝翫と呼ばれ、立ち役だったこともあり、四代目が確立した芝翫型と言われる型で、演じられた。いつも見ている團十郎型とはかなり異なる印象を受けた。花道の出からして、顔がいつもより赤く塗られていて、赤い金襴の裃を身に着けている。芝翫の赤面に似た赤みを帯びた顔は、精悍で、時代物役者らしい立派な顔であった。