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J'aime vivre librement

定めなきこそいみじけれ

2022.12.06 13:58

あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ちさらでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。



徒然草の、好きな一遍だ。



『この世は不定であるからこそ、素晴らしいのだ。』



限りあるいのちだからこそ、尊い。

いのちを惜しいと思うならば、たとえ千年を過ごしたとしても、一夜の夢のように短く感じられるだろう。

いつまで踊っていられるのか、と時々思う。

残りの人生と足腰が自由に動いて身体も健康でいられる時間を考えてみると、以外と残り少ない気もする。いつか必ず、確実に踊れなくなる日は来る。



だから今やれる事をやる。



踊れなくなった時に出来るだけ悔いがないよう、やれるところまでやってみる。

ベリーダンスは踊りの特性上、リミットはごく近くに迫っているのかもしれない。


とはいえ、リミットが来たとしても、ファンベールを振りながら琵琶を弾いたりしているかもしれないし


はたまた日本舞踊(続いていれば)と琵琶をフュージョンして踊っているかもしれないし



わたしのことだから何かしら思いついて色々とフュージョン実験を楽しんでいる気もする。物心ついた頃からずっと当たり前のように踊っていたし、下手の横好きとは言え今まで途切れずに続けてこれた唯一の事だから、死ぬまで踊っている可能性も高い。



出来ないからこそ、追い求めてやめられない。不完全な中に試行錯誤や繰り返し練習を重ねて、積み上げたり壊したり。答えのない世界だから、踊っても踊っても納得いかないし、ちっとも完成しないし永遠に完成しない。いつもいつも出来ない自分にウンザリで苦しくて悔しくて報われないけど、辞める事が出来ないまま今に至る。



定めなきこそいみじけれ。



朝、字の練習で、なぞり字のテキストで偶然この章を書いていて、踊りの中にもこの真理が潜んでいるのかも…とふと思ったりした。



答えがないから。完成形がないから。

だから追求をやめない。

続ける事、探究し続ける事そのものが人生と同じで尊い事なのかもしれないと。



そう思うと、下手でもみっともなくても辞めずに今までずっと踊り続けた自分を、初めて少し褒めてあげたいと思えた。