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『棄てられし者の幻想庭園』第8章

2018.04.08 16:00

 6・12(木) 23:45。

 梅雨と言うには風情に欠ける激しい雷雨が窓を打ち付ける中、アカネは一人ギルドの廊下を及び腰に歩いていた。

アカネ 「知らなかった……ここ夜は何も点かないんだ。……でも、何で部屋に誰もいないんだろ。と言うか、せめて懐中電灯くらい……」

 不平不満がポンポンと口をついてしまうがそれも致し方なく。

 防犯上の理由か何かなのか、2階から上はホテルの客室のような構造をしていながら廊下には僅かな小窓しか無く、しかも照明も何故か全て落とされている為に時折の雷鳴の僅かな光でしか道が分からず、まさしく一寸先は闇状態。アカネも今完全に壁に手を付き手探りで進むしかなくなっている。そもそもこの1週間こんな時間に部屋の外へは出た事が無かったので(大抵ぱったりと寝落ちていた)こんな事になるとも知らなかったのだが。

 そしてホテルのような造りとは言えどもホテルではないので、自室には自分で持ち込んだ以上の物は無い。充電の出来ないスマートフォンと服の中にしまい込んだナイフだけでは何をどうすることも出来ない訳であり、階下に、そして外へと出るまでは牛歩戦術である。

 それにしても。

アカネ 「……もうじき、か」

 昼間あれだけ脅しながら優しくもしてくれていたギルドメンバーの気配が、建物内から本当に全くと言っていい程無くなっている。『闇の業』のリミットに向けて自分にも自室で心の整理を付けろ的な事を言ってくれはしていたが、何も建物全体で静まって集中させてくれなくったっていいだろうに。こっそり誰かの意見を聞いたり相談したりしたって良かったのだけれども。

 とは言えおかげ様で、こうして(大して無いけど)身支度を整えて出て行こうという結論が出せた訳なのではあるが。誰もいないと言うならばそれもそれで好都合でもある。

 成り行きに近い形とは言え、沢山世話にもなったし思い出と呼べるものも出来た。でもだからこそ、これ以上自分の事でこの人達の目的を阻害したくはない。自分の事は自分でどうにかケリを付けて見せよう、誰もいない所で、誰とも関わらないようにすれば、いつか自分諸共『闇の業』は消えてくれる筈だから。そう思ったのだ。父親の時は誰にとっても唐突過ぎただけ、今回は知識があるから大丈夫だと。それこそいざとなったら『精霊の盾』が守ってくれるのではないかとか、そんな期待も少しだけして。

 誰もいなくとも意識して、そして無意識にも息を殺してアカネは1階へと辿り着く。そしてそこから裏口へと進む途中、横切るリビングへと目をやった。

 絢爛豪華な訳でも無い、大層な工夫がされている訳でも無いこのリビング。しかしここへ来てからというもの、一番長い時間を過ごしていたような気がするこの場所。いつも来れば誰かいて、真面目だったり下らなかったり、とにかく他人と交流を図ることの出来た空間。

 寄るつもりも無かったのにこうしてふらっと足を踏み入れてしまうくらいには、アカネの心はここに馴染んでいた。ここの調度品として今も一番の存在感を発揮し続けているソファにそっと腰を下ろすと、自然と皆とここで交わした言葉達が頭の中に流れてくるようで。

アカネ 「たった、1週間だったんだけどな……」

 しかし間違い無く、これまでの人生で最も濃密な1週間だったであろう。19年の積み重ねがあっさり脳から押し出されてしまうんじゃないかくらいに。

アカネ (あ、世間的にはもういなかったんだった)

 そんな面白くも無い自虐で失笑を浮かべてみたところで、別側のリビングの入口の方から静かに、しかし確かな足音が近づいて来る事にアカネは気付いた。『精霊の盾』があるとは言っても見えない相手が近付いて来る恐怖というものはあるもので、その足音のする方を向いたままアカネの体はキュッと固まってしまう。

 コツン、コツン、と一定のリズムで大きくなる足音。やがてそれがリビングの入口辺りでぴたりと止まる。そしてそのタイミングで今日一番の落雷が爆ぜ、鋭く青白い雷光の明滅がそこにいる人物のシルエットを浮かび上がらせた。

??? 「うふふふ……」

アカネ 「うきゃあぁぁっ!!」

 もうお化け屋敷のような状態でかろうじて見えたのは、前髪で目元が隠れ、切れ長の口の端を上げて怪しく微笑む洋装の少女。

イノリ 「どうしました、アカネちゃん?」

 もとい、ギルドが誇る微笑みのメイドさんだった。

 そのメイドさんが、いつか見た(と思われる)青い光のランタンを灯すとお腹の辺りからボワッと淡く姿が浮かぶ。しかしいかにLEDと言えどもそれ一つで凹凸のある体の何もかもカバー出来たりはしない訳で。

アカネ 「イ、イノリさんか……。てっきりおば   

イノリ 「おば……?」

アカネ 「何でもないです……」

 暗闇で下から光を顔に当てたらさてはてどう見えるのか。全力で口を紡ぎ顔を反らしたアカネからその回答は聞けない。

 あと、この状況でニコニコし続けながら尋ねて来るメイドさんにはやっぱり言い辛いものが。

イノリ 「……さすがに、寝てられない?」

 このお戯れについてはメイドさんも深掘りする気は無いらしく、リビングに入って来て普通にアカネを気遣っているのが分かるトーンで話し始めた。

アカネ 「はい……。あの、夜っていつもこんなに暗いんですか?」

イノリ 「これでも闇の組織ですから。夜11時消灯です」

 全力でツッコミたい衝動を、アカネは必死になって抑え込む。

イノリ 「……ね、不安で落ち着かないなら私といる?」

 アカネの顔を人によってはあざとく見える角度で覗き込み、甘い声で囁くイノリ。前は全く感じる余裕の無かった事だが、こう直接自分にだけ向けられるこの人の笑顔はさすがの破壊力で。と言うよりもうっかり妙な感覚に陥ってしまいそうでつい。

アカネ 「え、イノリさんと?」

イノリ 「……嫌なの?」

 一瞬にして、イノリの声に闇が差した気がした。

アカネ 「いえ滅相も無い!」

 なので、全力で否定させていただきました。

 さすがにイノリもそこは分かっていて、悪戯っぽく笑ってからアカネを誘うようにリビングの外へと体を向ける。

イノリ 「ふふ。地下の隠し部屋に私秘蔵のワインがあるの。一応私から20歳のお祝いって事で。皆には内緒だぞ?」

アカネ 「お祝い……ですか」

 今は祝い事なんかしている場合でも気分でも無いだろうに。

イノリ 「きちんと解決したら、また皆で。ね?」

 その笑顔が、何だか怖い。未来を見据えた素敵な励ましの筈なのだけれども。

 とは言え、後押しされている事への嬉しさは素直にあった。

アカネ 「……はい」

 本当は出て行こうとしていたのだったけれど、見付かっちゃったし。

 その辺を追及して来ない辺り、イノリもお姉さん的な優しさを発揮してくれているのかもしれない。

イノリ 「うん、じゃ行こっか。恋バナしよー、恋バナ」

アカネ 「恋バナ!?」

 やっぱりそういうんじゃなかったかも。

アカネ 「え、えーと……。イノリさんは、そんなにご経験がご豊富で……?」

イノリ 「ん、皆無だけど?」

 会話終了のお知らせ。

 そして、リビングを出た所で唐突にイノリがランタンの明かりを消した。

アカネ 「あの、何で消すんですか」

 まさか都合が悪くなったからではあるまい。

イノリ 「ん?地下への階段に明かりに反応するトラップがあってね~、私達は暗いの慣れっこだから。アカネちゃんは壁伝いにゆっくりで良いから付いといで~」

アカネ 「はぁ。ちなみにどんなトラップがあるんです?」

イノリ 「蛍光塗料入りのとりもちが上下左右から浴びせられる」

アカネ 「また地味に嫌ですね」

 暗闇の中で淡く光るとりもちで誰かがうねうね蠢く様はなかなかシュールそうだ。

 しかもこの先行するメイドさん、いたずらよろしくトラップを発動させて来たりしやしないかとほんのりアカネも不安になる。『精霊の盾』で防げるのだろうがやはり気分もよろしくないだろうしそんな事されない事を祈りつつ、アカネは足音に導かれるまま暗闇の廊下をグネグネと進み、地下への階段を一歩一歩降りて行った。

 幸いにもトラップが作動するような事態は起きず、アカネの足が木製からコンクリート製に変わった床を踏みしめた。地下の廊下も一切明かりは点いておらず、相変わらずアカネの視界はゼロだ。地下だから夜目も何もあったもんじゃなく、事故らず進んでいるイノリが本当に凄く思える。

 また隠し倉庫と言うからには奥まった所にひっそりとある小部屋か何かとアカネは思っていたのだが、一定の距離で先行していたイノリの固く響く足音は地下に降りきってからものの数歩でぴたりと止まった。そしてアカネから見て左側の壁をゴンゴンと小さく叩く。響きからしてそこは鉄製の扉があるらしかった。

イノリ 「はい、ここね」

アカネ 「着いたんですか?」

イノリ 「うん、開けるね~」

 ガション、と言う重々しいドアノブの音から、ズズズズッという床と金属がゆっくり擦れる音。ああいかにも倉庫っぽいと思いつつも、全然隠れては無いなぁともアカネは感じたのだが、

イノリ 「ほら、見付かる前に入って入って。扉閉めてね?」

 と急かされてしまっては行かざるを得ない。念の為ここも手探りで扉の位置を確かめつつアカネは倉庫内へと入る。扉は内開きだったようで感触で伝って行って、内側へと回り込みその扉を閉める。音に反して扉そのものはそこまで重量感は無かったので、単純に床との隙間の無い設計ミス的な扉なのかとアカネはどこか残念な気はした。

 そうしてアカネが扉をきっちり閉め切るまで律儀に待っていたイノリが、

イノリ 「……今明かり、点けるね」

 と言って部屋の隅へ歩く音がした。

 あれ、そんなにここ広い……?

 とアカネが不思議に思った瞬間、アカネの視界を猛烈な閃光がバツンッと包み込んだ。反射的に目を光から守ろうと手をかざしていると、

??? 「おおアカネよ、死んでしまうとは情けない!」

アカネ 「っ、え!?」

 謎の声につられて即座にバッと前を見れば、そこはアカネの想像とは全く違った、中央に巨大な円卓の備え付けられた縦にも横にも非常に広々としている部屋。そこを白と青の大々的な照明が劇的に彩り、更には荘厳なBGMが突如流れ出しもし始めた。

 そんな空間中央の円卓で。円卓の本当に上で。見知った顔の面々が照明に煽られつつ様々なポーズを取ってアカネを見下ろしていた。否、出迎えていた。

 そしてど真ん中で、机の上で荘厳な椅子に座すというとんでもマナー違反を犯しつつ尊大な態度を見せていた謎の声の主は、

シルバ 「あ、違った。殺すのはこれからだ」

 高揚を隠し切れない実に挑戦的な笑みをアカネに対して向け、銀の髪を豪快に掻き上げた。

アカネ 「!?、?、!?!?」

 一般人代表アカネ、この異文化コミュニケーションと展開に為す術無く呆然。しかもそこからあっちからは何も動きが無く、心無しか彼らもプルプルし出しているような。これは我慢比べか何かか。

イノリ 「マスター、アカネちゃんが戸惑ってますよ~?」

 部屋の隅でこの演出効果を点けたらしいイノリが、ゆっくりと向こう側に行きつつ変わらぬ笑顔でこの謎の時間に一石を投じた。それをきっかけに全員のポージングが終わって、その場でへたり込んだり体を労わったりし出す。

 いや本当、この人達は何がしたかったんだろう。謎のインパクトしか無かったが。

シルバ 「イノリ、ごくろーさん」

 一人楽してたんじゃないか疑惑のあるシルバが、机には登らないイノリを悪い笑みで軽く労う。そのイノリはやや呆れの色を滲ませて息をついた。

アカネ 「イノリさん!?」

イノリ (ゴメンネ!)

 口の動きとジェスチャーでそう伝えて来るイノリ。それでようやくアカネも、自分がここに連れ込まれたのだという事を理解した。何とも演出過剰な人達である、意味はよく分からなかったが。

 シルバ以外のギルドメンバーが円卓からひとまず降りアカネに向いたところで、やっとシルバがアカネに対しギルドマスターとしての顔をした。アカネも少しだけ居直って何が始まるのかを心して待つ。

シルバ 「さてアカネよ、これがギルドの総意だ。我々はこれからキミを、『闇の業』が覚醒したキミを全力でぶっ潰す。そうする事でキミの願い、『死にたい』を真の意味で叶えよう」

アカネ 「え……と」

 アカネの反応を見てすかさずミコトが後を継いだ。

ミコト 「ぶっ潰すと言っても、『精霊の盾』を持つアカネさんは無敵の不死身さんです。古今東西、不死身さんの攻略法は『私達が殺し続ける事』に限りますが、無敵のアカネさんは物理的に殺される事が無い」

アカネ 「はい……」

 不死身とは基本的に『死なない』のではなく、正確には『死んでも蘇る』肉体を持つ者を指す。なのであらゆる歴史や創作においてはその対処法が『蘇った瞬間にまた殺す=自動的に殺し続ける状態を保つ』とされている。だがアカネの場合はあらゆる外傷を反射するためそもそも殺すこと自体が不可能なので、不死身なのではなく無敵なのだ。故にこの対処法は使えない。

ミコト 「なので、『私達を殺し続ける事』でアカネさんの『闇の業』を精神から殺します」

アカネ 「はい!?」

 文字面は一文字変わっただけ。が、その意味は大いに反転する。

シルバ 「この円卓の間において、キミの『闇の業』の殺人衝動を私とミコトの無限蘇生で満たす。『闇の業』が擦り切れるまで。ここに集った者達はキミの為の供物だ、気にせず遠慮せず喰らってくれ」

 過去の過ちから学び、そして世界を破滅から守るため。このギルドから『闇の業』を外に出さぬようここで殺人の永久機関を創り上げ縛り付ける。自分達が殺され続ける事で他の誰も殺されないよう、まるで生贄の如く。

 それが、ギルド『幻想庭園』として選んだ末の決定だった。

アカネ 「ちょっちょっ、待ってください!そんなの……皆さんが    

 幾ら何でも、それが自分に起因する事であっても、私の為に死んで下さいなどという事を看過して良い筈がなかった。どこのヤンデレだ。

 だがそんなアカネの反論を、メンバー達は口々に制する。

シグレ 「俺達は全員納得の上だぞ」

フタバ 「仲間のためなら、どんな方法でも100%実行だ」

イノリ 「『癒しの面』の名に懸けて、最後にはアカネちゃんを笑顔にして見せるからね」

メグミ 「ギルド『幻想庭園』にお任せあれですよ~」

アカネ 「皆さん……」

 一人一人の覚悟と優しさが、身に染みる。

 死にたい、生きていてはいけないと、自分で自分の道を終わらせようとしていたのに、それが正しいと思っていたのに。こうして自分を救ってくれようと手を伸ばしてくれる人達がいると分かってしまえばそれも簡単に揺らいでしまう。人ではなくなってしまったけれど、人として残されている勘定が絡まり合って高め合って、生への執着に作用する。

コヨミ 「それに、もう一つの可能性もまだ残ってるしね」

アカネ 「もう一つの可能性?」

 こんなものを提案されたのに、他に何があるのだろうか。

コヨミ 「夢オチ。つまり、発動しませんでした説」

アカネ 「ここに来てそんな都合の良い説あるんですか!?」

 それは相当なのではなかろうか。

シグレ 「あってもいーだろうに」

イノリ 「事実たまにあったし」

メグミ 「時限爆弾不発事件とかね~」

アカネ 「かなりの事態!」

 アリなのだろうか、その方向への期待。

シルバ 「アカネ、いい加減腹を括れ。人間誰しも一度は馬鹿げた理不尽に苛まれる、キミもここいらで自分の業に本気で向き合ってみろ」

アカネ 「は、はい……」

 マスター的には、その方向は思案外らしい。

シルバ 「確かにキミの理不尽は特殊だ、しかしそれを乗り越えるのもキミの使命。私達が側にいる、己の中の闇を飼い慣らせ。いや、飼い慣らすだけでは甘い、喰い殺せ!」

アカネ 「…………はい!」

 側にいるという言葉を体現するように、メグミとコヨミのアカネにとってのギルド2大癒し系がその手を握る(イノリは何かを操作してBGMを消していた)。『精霊の盾』が拒む事も無く、アカネはその暖かな感触を感じ取った。

 ありきたりな言い方かもしれないけれど。一人じゃないという事はこんなにも心強いものなのだと改めて実感する、それだけでもこのギルドに来た価値はあったと言う物かもしれない。

シルバ 「さあ、そろそろ運命の時だ……」

 腕時計に目をやり、全員に静かにそう告げる。手を握り合ったり、ただただ目を閉じたり、僅かに身構えたり。それぞれが思い思いに審判の時を、Ω級オペレーションの行く末を時計の針の音と共に待つ。

 そして、全ての針が天を差した瞬間、それは起きた   

 

 

 

 

 

 

 

 

??? 「ぽっぽ~、ぽっぽ~」

全員  「だーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 THE・ハト。

 全員が、その間の抜けた音色に全く同時にその場で盛大にズッコケるという奇跡が起きた。

 各員、その頓狂な脱力エアブレイクからゆるりと立ち直ろうとする中、円卓の真横でズッコケていたシグレがその巨大な円卓の真下からその正体をずるりと引っ張り出して円卓に乗せた。

シルバ 「誰だハト時計をまた持ち込んだ奴はっ!」

ミコト 「とんでもない置き土産ですね……」

アカネ 「仕掛け人が高笑いしてる図が目に浮かぶようです……」

 アカネですら分かるのだから、シグレの『読心術』など無くとも全員の脳裏にはロリババアのけたたましい笑いがはっきりと浮かんでいた。そしてはぁ~、と声付きに嘆息するのも一緒。

シグレ 「……。って言うかお前、『闇の業』は?」

 あ。

 という具合に、全員がアカネに注目する。そして当の本人は、

アカネ 「……………………。何とも、無いですね?」

 自分でぺたぺたと身体を確かめ、大層キョトンとしてみせた。

フタバ 「え、マジで?」

イノリ 「……?」

アカネ 「はい。至って普通、平常運転です」

 アカネの戸惑いと喜びとが渦巻いた反応が、この場の空気の微妙さに適度なスパイスとなる。

ミコト 「どういう事でしょう?」

フタバ 「日付違い……な訳は99%無いか」

シルバ 「ハヤトの機関が調査した事だ、データそのものに間違いは無いだろう」

アカネ 「誕生日も、私が嘘を教えられていなければ今日の筈です」

 急遽円卓の間の正しい使い方、会議が始まった。立ったままで。

シルバ 「……。時間、か?」

アカネ 「え?」

ミコト 「そうか、生誕時間。誕生日が今日であってもこの世に生を受けた時間から換算すれば、まだアカネさんは20歳を迎えない……!」

 表題による先入観。閏年というものが実は細分化して閏日、閏分、閏秒というものまで存在しているのと同様、誕生日がその日であったとして一日は24時間。ならばアカネが今日の何時何分に生まれたのかにもよってその肉体としての経過時間は算出すべきである。

フタバ 「そう言う意味じゃ、公転日数を基準とするのか自然経過を基準とするかにもよって誕生日なんか変わって来ちまうぞ」

 日付、そもそも太陽暦太陰暦問わず、数を数えると言う行為は人間による定規によるもの。例え自然現象を解析した結果によるものだとして、スキルという超常現象に似た物をその基準に当てはめて考えてしまっていいものか。『闇の業』がどうかは分からないが、ギルドで得られるスキルは基本的に神からの賜り物であるからして人間の尺度では考えない物なのだが。

メグミ 「アカネちゃん、さすがに自分が何時生まれかまでは……」

アカネ 「ごめんなさい、知らないです」

メグミ 「だよね~」

コヨミ 「どの道、この日付変更のタイミングでは何も起きなかった訳だし広義に考えるべきかと」

シルバ 「ふむ……」

シグレ 「それか、マジに発症しなかったかだな」

アカネ 「あはは……」

 当人だけが乾いた笑いを発する程に、今では笑えない冗談になってしまったその可能性。それでも無い訳ではないからややこしく煩わしい。

シルバ 「結局、私の読み違えであった可能性が高いという事か。せめて気分良く、こちらに都合の良い環境で始めようと思っていたのだがな」

 そうボヤきつつ今更ながら円卓から自分の玉座を降ろすシルバに、アカネは先程から抱いていた疑問を投げかける。

アカネ 「あの、マスター。どうして私をここに連れて来るのに、あと着いてからもあんな演出めいた事をしたんですか?」

シルバ 「……まあ、これは私の流儀なのだがな」

 そう前置きして、シルバは玉座に座り直して腕と足を組む。

シルバ 「辛い事、苦しい事を行う時こそ、それを限りなく愉快に、心豊かに行うべきだと私は思っている。例えそれが他者から見てどんなに不謹慎な事だとしてもな。苦しみの最前線にいる者が、その深淵を知らぬ者にとやかく言われる筋合いなど無いと言うものだ。まあ、あの一連の演出は私の只の趣味であることも否定しないのだがね」

アカネ 「御大層な趣味ですね……」

シルバ 「文字通りの血闘だぞ?RPG気分で、イベント的に盛り上げさせてもらったって良いじゃないか」

ミコト 「別にあそこまでやるとは聞いていなかったんですけどね」

シルバ 「ほら、サプライズって事で」

ミコト 「サプライズと言うならせめて楽しませていただきたいものですが」

シグレ 「あれじゃ羞恥プレイだったからなぁ」

 シルバ以外の殆どがめっちゃ頷いた。

 シルバが本当に意外そうに「ええええ!?」と反応すると、誰かからか堪え切れず笑いが込み上げて来てそれがあっさりと部屋全体に伝染して行った。

アカネ 「あはは。まあ言いたい事は取り敢えず分かりました……」

 アカネも眉間に微かに皺を寄せながらも、納得して他のメンバーと同じように笑う。

アカネ 「じゃあ、私も……」

イノリ 「ッ!!避けて!!!」

シルバ 「何!?」

 ズシュウゥッ!!

コヨミ 「      カハッ……」

アカネ 「楽しく、殺らせてもらいましょう   !」

 アカネの右腕が、コヨミの胸を貫いていた。

アカネ 「はい、サプラーイズ☆」

 ズリュッ、とアカネがその腕を引くと、コヨミは糸の切れた人形のようにグシャリとその場に崩れ落ちる。それと同時に全員の体が緊迫と反射で動き出すが、それよりも早く。

アカネ 「次はこれですかね~、っ!」

メグミ 「ぐぁうっ!!」

 アカネの左手に握られたナイフが、メグミの右腕を鋭く薙いだ。幸いこの一撃は微妙な回避行動があったおかげで大事には至らなかったが、その勢いで脚をもつれさせて壁際まで転倒してしまった。

アカネ 「……あっ、キたっ!そっか、これかぁ……」

 血に塗れた右腕とナイフを抱いて、アカネは恍惚と悪辣の笑みを浮かべながらもじもじと身をくねらせていた。その眼光は血よりも紅く、鈍い。

シルバ 「『生命判断』!!」

ミコト 「『完全懲悪』!!」

 アカネが一人天を仰ぎ悦に浸っている隙にシルバがコヨミを、ミコトがメグミをそれぞれ遠距離からスキルで回復させ、それと同時にメンバーは黙々とアカネを半円型に囲む陣形を組む。皆一様に初手は驚愕させられたものの、こうなった以上は既に意識が切り替わっていた。

 即ち、対『闇の業』用の心構え。

アカネ 「あー、スキルって離れてても使えるんですね~。なら安心して殺せます」

 目ではなく声や音でおおよその状況を把握したらしいアカネは、まだまだ呑気に嗤っていた。

ミコト 「よく気付きましたね、イノリさん」

 陣形的に自分の付近へと退がったイノリにミコトはアカネに目線と銃口を向けたまま尋ねる。

イノリ 「まあ、伊達に外面使いやってませんからね……」

 そう返すイノリではあったが、その表情と声のトーンは苦々しく額からは薄く汗も流れていた。

アカネ 「少し怖かったんですよぉ?イノリさん、ハトの後からず~っと黙って私の事見てるんですもん。いつバレちゃうかと思って、んふふっ」

 だが結局のところ、イノリはアカネの変化に確信が持てずコヨミの1キルを防げなかった。それであの苦虫食い状態であったのだがそれは致し方ない事でもあった。

 こうして隠す気が無くなるまで、誰の目にもアカネの様子に変化など起きたようには見えなかったのだから。

 無論、今のアカネならば例えすれ違っただけの通行人ですら思わず二度見するくらいであるだろう。それくらい今の、『闇の業』が覚醒してしまったらしいアカネが纏う空気は常人が纏える物とは思えない程刺々しく寒々しく、そして業々しかった。

 するとアカネは大きく一歩扉の方へ進みそこでピッと直立すると、そこから勢いよく反転し大きく手を広げながら、メンバーへ満面の笑みを浮かべた。

アカネ 「改めまして!ギルド『幻想庭園』の皆さま、はじめまして。私は、アカネと言う名前です。有するスキルは『精霊の盾』、そして……『闇の業』です。騙されてくれてありがとう、以後、お見知りおきを」

 劇的に、そして時に狂々としたマリオネットよろしくカクリカクリと首をもたげ、最後は貴族的な礼をして見せる。そうして触れた衣服に血が絡み付くことにはお構い無しに。

シグレ 「騙されてくれてって事は……、どっからだ?」

 スキルを使う時には決してしない黒の皮手袋を嵌めつつ問うシグレに、アカネはニンマリとしてからまた支柱が抜けたように左右へカクンカクンと首をもたげながら、

アカネ 「勿論、0時になった瞬間からですよぉ?……いや違うか。正確には、ハトで皆仲良くズッコケていた時ですかねぇ血が騒いだのは。あれは本当に良いきっかけでした……余計な力が抜けたおかげで血の巡りと頭の回転が早まりまして、な~んか一芝居打ってやろうかって気になっちゃいましたぁ」

フタバ 「じゃあ、誕生日云々のくだりは……」

アカネ 「あは。私の生まれた時間は0時0分2秒。もう皆さん馬鹿みたいな議論始めちゃったんで爆笑堪えるのが大変で、っはははひゃひゃ!」

 日を跨ぐ瞬間までのアカネは、確かにその瞬間が来る事に身構えていた。それはまだその選択肢が現れていなかったから別段自分からは敢えて明かさなかった事柄。自分の生誕時間を知らないと答えたのは、『闇の業』となってからのアカネだったという事で。

シルバ 「成程、凶気を知性で隠すか。イノリと絡んだのが裏目に出たと言う訳かな」

 直前で下手にドッキリなど仕掛けなければ良かっただろうか、本当。

アカネ 「いいえ」

 ここでアカネが不意にとても良い顔をする。まるでこれまで出会った人達との素敵な思い出を振り返り、感謝を捧げているかのように。

アカネ 「他にもコヨミさんには人肌の気持ち良さを、トーコさんには善人の姿を、ソナタさんには絡め手と不意打ちを。そしてマスター、あなたからは人殺しそのものを。ここで学んだ何もかもが、今の私を構成してくれている」

 生きている限り無駄な事など何一つない。そんな事をついこの前シルバ自身も言ったような気がして、そしてそれは見事『闇の業』アカネが最悪の形でも証明して見せてくれた形になってしまう。

アカネ 「裏目と言うなら、私をギルドに入れた事じゃあないんですかぁ? 」

シルバ 「……はは、耳が痛いねぇ」

 確かに、全てはその事からこうなってしまったのだから。

 でも。そう、だからこそ。

アカネ 「ああ、『闇の業』。毒とも薬とも違う。これは好奇心?理?そう、私がすべき事が分かる、信じられる。これこそ私の生まれた意味だと細胞の一つ一つが教えてくれる!……はっ!マスター、こういう事だったんですね。自分で自分の価値を決めるなって」

シルバ 「うん、全然違うぞ」

 徐々に抑えが利かなくなってきた様子のアカネが、目を大いに見開き強くナイフを握る。

アカネ 「ああもういいです。早く私に人を抱き絞めさせて下さい、食べさせて下さい、殺らせて下さいっ!……あ。こういう時、お約束、した方が良いんですよね?」

シルバ 「お気遣いどーも。それじゃ……」

 アカネは再び一人、扉の前で人々を見下し。

 そしてシルバは玉座より立ち上がり、主としての責を果たす。

シルバ 「……これより『オペレーション・ラビリンス』を開始する!目標、『闇の業』アカネの攻略!!」

メンバー「了解!!!」

 号令により、全員がアカネへとその身を構える。繰り返される殺戮の血橋を行くと知っていて。

 だがそれでも。自ら苦難を選ぶ事が出来るなら、それは決してただの苦しみにはならない筈なのだ。

 そうする事で、繋がる道もある筈だ。

シルバ 「さて。殴ろうが蹴ろうが効かないのは承知だが、無抵抗じゃお互い興が冷める。我ら『幻想庭園』最大のイベントだ……抗わせてもらうぞ!」

アカネ 「ええ、構いませんよぉ。さあ……私を愉しませてくださいね! 」

 6・13(金) 0:04。

 Ω級オペレーション・ラビリンス。開宴。