パリ組曲⑩ 2018.04.05 11:06 朝食を済ませた2人は、ホテルを出て地下鉄place de clichy駅へと向かい、ルーブル美術館駅から散歩を兼ねてセーヌ側沿いを歩いてオルセー美術館へ向かうことにした。到着したばかりの昨夜にすでに地下鉄に乗って慣れていたおかげで、スムーズに移動することができた。 初めてこの目で見るルーブル美術館に2人は相変わらず歓喜の声をあげる。 いや、そこらじゅうで感動の声があがっているので、日本では出さないような感情も遠慮なく出てしまっていたのだ。世界的に有名なルーブル美術館。あのモナリザもここに在る。この日は休館日だというのに記念写真目的の観光客で賑わっていた。 そのままルーブル前を通り過ぎ、コンコルド広場と呼ばれる公園へ。1755年、アンジュ=ジャック・ガブリエルによって設計された広場で、当初ルイ15世の騎馬像が設置されていたため「ルイ15世広場」と呼ばれていた。その後、フランス革命の勃発により、騎馬像は取り払われ、名前も「革命広場」に改められた。フランス革命中には、ルイ16世やマリー・アントワネットへのギロチン刑が行われた場所でもあった。 冬のため、緑は皆無だけれどジョギングランナーの姿もちらほら見られる。 エッフェル塔もここから見ることができ、普段マラソンをする谷川もミヒャンも、 「シューズとウェアがあれば走ったのにね。」 と口を揃えた。 黒人男性らが、エッフェル塔のキーホルダーをゴザの上に置いて売っている。 ある売り子は、両手にジャラジャラと付けて、観光客らに声をかけていた。 セーヌ側に架かる渡り、オルセー美術館へ。 常に長蛇の列で、入館待ちが1時間以上との情報だったが、その通りの光景が谷川の目の前にある。 どこが最後尾なのか、そもそもこれが本当に美術館の入場の列なのかも分からないほど長い列を多国籍の人々が形成している。英語で、「個人」と「団体・予約」との表記があるため、「個人」の列へと向かう。予約入場券を事前購入する方法もあったようだけれど調べ不足。 とにかく仕方ないので最高尾に2人して並ぶ。幸い、日本の1月のような厳しい寒さはなく、じっとして立っていても耐えられる気温。彼は手袋と、それにカイロを持ってきていたのでミヒャンに手渡す。寒さというのは時に恋人達には味方であり、列に並ぶ多くのカップル達は抱き合うように寄り添っていた。日本で見るそれのように嫌味がないのはここがパリであり、オルセー美術館だからだろうか。 世界的に有名な場所というのはそこに集う人々も様々で、多種の言語が飛び交っていた。 並び始めてしばらく経っても列はまだまだ動かない。すると後方よりハングルが聞こえてきた。見ると、若い男性二人と女性一人の三人組であった。男性の髪型や顔つき、服装などからして韓国人というのが分かる。するとその女性が、振り向いたミヒャンに気付き何か話しかけた。ミヒャンもそれにハングルで応答する。どうやら、写真を取ってくれないか、と頼まれたようだ。ミヒャンが相手のスマホを受け取り、彼らはオルセー美術館をバックに並んだ。3・2・1の声と共にシャッターを切る。パシャリ。もう一枚。パシャリ。 「カムサハムニダ(ありがとう)」 彼らがミヒャンに投げかけたその言葉だけは聞き取ることができた。彼らもミヒャンもお互いににっこりと笑み作ってコミュニケーションを取っていた。 「韓国の人、ってすぐ分かるね。日本人も分かるけどね」 「ソウデスネ。韓国の若者は、ファッションが日本と少しチガイマスネ。」 「オレも、空港で初めてミヒャンを見た時、すぐに韓国の人だな、って分かったよ。」 「そうですか。ワタシもタニガワさんが日本人、だとすぐ分かりましたよ。」 そんな話をしていると昨夜、凱旋門を観に行った時、ミヒャンが言っていたことをふと思い出した。 韓国人が好きじゃない。韓国には戻りたくない。 つづく。