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テマヒマ

配手

2018.04.07 21:40

おはようございます。


暮らし、味わう。

食を通して豊かなライフスタイルを提案する

セレクトショップ&カフェ テマヒマ

プロデューサー、バイヤーの太田 準です。


古くからの民藝店に旅行で寄った時のこと。

"◯◯窯は売店を併設してから売れるものを

作るようになってモノが悪くなった"

とその店主の方が仰いました。

長年やってらっしゃるのでご自身の目に自信

があるんだろうか?

自分の眼鏡に叶わないものを全否定するのは

どうなんだろう?

色々考えさせられました。

(※本文とは関係ありませんが日本民藝館)


民陶祭で小鹿田の里に行った時のこと。

壺を見つけてこれを頂けますか?と伺ったら

当主がもうお年で壺は作れなくなったので

売れないとのことでした。

壺は技術がないと作れない、

作らないと技術は上がらない、

でもあまり需要がないという話を

聞いたことがあります。

(小鹿田の里)


以前、好品というタイトルで、

よいもの と いいもの 

ということについて書きましたが、

これは 売れるもの と いいもの の話。


民藝系の関係者(というと語弊がありますが)が

作り手、使い手、配り手

と仰る言い回しが僕は好きです。

売り手、買い手ではなく。

勿論その間に売買、金銭のやりとりは

発生しますが、モノを介してコト•ココロを

やりとりするような。


SPA(製造小売業)が台頭していたり

役割や業態の"際(きわ)"はどんどん無くなって

きていますが、

いいものを作る人がいて、

それを使う人がいて、

その間に配る、お届けする人がいる。

単純だけど、単純だからよいというか。


この配り手という言い回し、

民藝の初期に、民衆的工芸を広め伝えるのに

頒布会形式をとったのに由来しているとか。

前職の会社も実は頒布会から始まったので

何か縁のようなものも感じます。

(※こちらも本文と関係ありませんが

 BEAMS fennicaレーベル別注のこけし)


テマヒマを始めること。

それは使い手から配り手になること。

でも使い手の感覚を忘れずにいること。