日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 8
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第三章 月夜の足跡 8
「優子さん。また少しお話聞かせいていただきたいんですけど」
あの誘拐のような時から、大沢三郎ガールズと言われた青山優子は、いつの間にか大沢三郎から離れ、菊池綾子の話を聞くようになってた。ある意味で「二重スパイ」のような感じなのであるが、それでも、まだ野党である立憲新生党に所属する議員になている。
「綾子さん、お食事でもいかがかしら」
「近々、女子会はないの」
「ああ、それなら、女子会を開きましょう。来週の水曜日ならば時間があるから、女子会を開きましょうか」
「わかりました。また私のお店使う」
「いいわよ」
女子会、これは青山優子の支援者で、女性の人々や議員、官僚などを呼ぶ女性限定の会合を開いているのだ。この内容であれば、大沢三郎や陳文敏などは全く入ってこない。つまり、青山優子は自由に大沢三郎の批判をすることができるのである。しかし。それでも支援者などはまだ大沢三郎の熱狂的な支援者や、立憲新生党の党員も少なくない。めったなことを言えば、すぐに大沢三郎に通じてしまう。そこで、一次会はホテルなどで行い、二次会を菊池綾子の店で行い、そのまま菊池の店の個室で話をするのである。このやり方で優子と綾子は何回か話をしている。綾子からすれば、何回かテストをしたという方が正しいのかもしれない。
「それでは、青山優子の女子会を始めます」
翌週の水曜日、18時になって都内のホテルで始まった。あの時にパーティーを開いたホテルの、中華のレストランの個室である。今回は急に決まった事もあって集まった人数は少なかったが、それでも20人を超えていた。ある意味で政治資金パーティーのような形になっていて、一人参加費は2万円。それで8000円くらいの中華コースを食べながら、ワインなどを飲んで、好きな話をするというものである。もちろん受付も女性事務員が行うという形になっているので、男性はホテルの職員以外は入ることはない。給仕もホテルに無理を言って女性だけにお願いしているほどである。
その中で、青山優子が上座に座り、女子会が始まった。まだまだ新参者の菊池綾子は、最も下座に近い席に座ていた。もちろん会費を払って参加しているのである。
「青山先生、最近大沢先生はいかがなんですか」
「いかがって、何を答えたらよろしいのでしょう」
大沢三郎のファンであることを公言している上場企業の社長夫人である奥田政子である。大沢三郎は女子会のようなことはやらないので、自然と女子かいというと青山優子の会にやってくる。大沢の会では、自分の会社よりも大きな会社や、押しの強い男性社長が数多くいるが、青山の会であれば、それなりの地位の人しかいないし、また、そこに集まる女性の中では自分がステータスが最も高いグループである。自分の自尊心を満足させるために2万円くらいの金を使うのは、何とも思わないということであろうか。
「あら、私は大沢先生に恋しているのよ。なんでもいいの、話してくれない」
「大沢先生んついてですか。それならばいつもお元気で日本の事を考えて頑張っていらっしゃいますよ」
心にもないことを話すのが政治家の本業である。特に、全く駄目であると思う人を誉めさせたら、なかなかうまい。菊池綾子は、そんな政治家の本性をよくわかっているので、今回の青山優子の言葉には驚かないが、他の人ならばきっと驚くような言葉に違いない。ましてや天皇陛下の暗殺を企てている人を、日本のために頑張っているなどと言うことはなかなか言えることではない。
「やはり大沢先生が政権を取っていただかないとだめよねえ」
奥田政子が話し始めると、なんとなく雰囲気が崩れる。しかし、さすがに奥田モータースの社長夫人となると、他の人はなかなか口を挟むことはできない。そんな雰囲気を打ち破るために、青山優子は中でも年齢が若い女性に声をかけた。
「あなたは初めてですが」
「はい」
「お名前は」
「小川洋子と申します。」
「何をされているの」
「はい、インターネットを使って仕事をしております。いわゆるインフルエンサーというモノですが」
「インフルエンサーですか」
「はい、企業の商品などを受け持ちましてSNSなどでその商品の評判などを上げることで、依頼者や企業からお金をいただいております。」
小川洋子は、にっこり笑うと前菜に箸をつけた。
「そんなお仕事があるの、家から出ないでコンピューターだけでお仕事しているなんてずいぶん楽なお仕事ね」
すかさず、奥田政子が、口を挟んだ。自分の理解できないことなどがあればすぐに口を挟んでくる。それがこの社長夫人の悪い所だ。
「はい、そういえば奥田モータース様からも、様々なお仕事をいただいております。先日もスポーツカーの宣伝をさせていただきました。」
「あら、そうなの」
まさか自分の会社も依頼主になってるとは思わなかった奥田は、バツが悪そうに、横にあるビールに口を付けた。
「政治家の依頼もうけるの」
青山優子は、興味深そうに小川に話しかけた。もちろん食事をしながらの会話である。青山の前菜の皿は、すでに空になっていて、既にスープが来ていた。優子は、そのスープを飲みながらまだ前菜しか食べていない小川に話しかけたのである。
政治家は必ずしもマナーが良いわけではない。基本的にはそのようなマナーを習ったり、貴族などの家柄から選ばれるわけではないのである。その為にこのような会食の席でも、全く食事マナーができていないような人は少なくない。
「はい、選挙の時などはよくお話をいただきます」
「私の事は」
「依頼を受けたことがないので。でも、立憲新生党でしたら岩田智也先生などやらせていただいたことがあります。」
「岩田君の事をやったのですね」
「はい」
「結果はどうでしたか」
「はい、私のインフルエンサーの内容が良かったかどうかはわかりませんが、それでも、当選されましたから良かったです」
小川洋子はそういうとスープの次の料理である、酢豚を蓮華で食べ始めていた。酢豚は食材に餡がかかっているので、なかなか箸でつかめない。小川洋子は初めから蓮華を使って食べるようにしていたのである。ある意味で中華料理のマナーを知っているということであろうか。菊池綾子から見れば、青山優子よりもはるかに家柄やマナーがしっかりとできている女性だ。
「私も参加させていただいてよいのかしら」
そこに現れたのが今田陽子が入ってきた。
「今田内閣官房参与ですよね」
青山優子は、まさか自分の女子会に現在の内閣の官房参与が来るとは全く想像していなかった。もちろん、菊池綾子も、過去に自分たちが仲間であるということは何も言っていないし、また、この時もそのような素振りも見せていない。
「はい、私が入ってはいけないかしら。一応、私も女性なんですよ」
「はい、もちろんどうぞ」
「では」
今田陽子は、ちょうど空いていた奥田政子のとなりに座った。立憲新生党の支持者で大沢三郎のファンを公言している奥田の隣に、現在の民自党内閣、それも大沢が宿敵と言っている阿川首相の内閣官房参与が座るというのは驚きだ。
「奥田モータースの社長夫人でしたね。よろしくお願いいたします。」
今田陽子はそういうと、にこりと会釈をして、そこにあった前菜から手を付け始めた。さすがに、奥田も何も言えずにその場にいるしかなかった。