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KazumaKawauchi

マリファナの香るバスに乗って

2018.04.06 12:37


指定された場所は、売店が目の前にあるだけのなんの変哲もないただの道だった。既に赤と白のユニフォームを身にまとったアルゼンチン人が、ビール瓶片手に宴を始めている。


僕の街のクラブ「Estudiantes de La Plata」と、ブラジルの名門「Santos Futebol Clube」が対戦すると聞いた時には、どんなことがあろうと絶対に観に行こうと決めていた。サントスFCといえば、サッカーの神様ペレを始め、ネイマールや、我らがキングカズも所属していたことで知られる名門中の名門だ。

試合はエステュディアンテスのホームなわけだけど、なぜだか街から少し離れた「キルメス」という場所にあるスタジアムで試合は行われる予定だった。


サポーター用のバスが出ると聞かされていた場所には、僕を含めて20人前後のサポーターがいた。「なんだ、こんな程度か」と思った僕は、数分後には開いた口が塞がらなくなっていた。普段なら30分程度で到着する街まで2時間もの時間を有した道中は、試合の内容をはるかに超えるなんとも言い難い体験だった。


18:30。


バスが到着した。「帰りも同じバスで帰ってくるからちゃんと番号覚えておけよ」と忠告されて、バスの写真を撮った。案外いい奴らなのかもしれない。


恐らくクレイジーなサポーターが窓から身を乗り出し、歌を歌い、太鼓を叩き、旗を振るだろうと予測して、危険が及ばない前の席に腰を下ろした。その5分後、クレイジーなサポーターが前述したすべてのことをし始めたのが前の席で、これまでの人生経験はこのバスの中では通用しないということをこの時悟ったのである。


マリファナの香りがする。


タバコとマリファナとビールの匂いで充満した車内では、相変わらず大男たち、中には歳を召したおばさんや、若いネーちゃんたちが歌を歌っている。

田舎町から東京に修学旅行に来た高校生の1日目のバス車内と比べると、約40倍のテンションである。決定的な違いは、怒る先生がいるかいないかではなく、騒いでいるのがアルゼンチン人だという点だ。


時刻はもう、19時を回っている。薄暗かった外は、真っ暗になっていた。


高速道路に入る手前バスが止まり、外をみると完全防備をした警察官が文字どおり道を封鎖している。僕らは全員バスから降り、警察のボディチェックを受ける。バスの中ではビールを天井に開けた穴の中に隠してるサポーターと、ビクビクしながら悪いことをしていないか頭の中を働かせる自分が居た。よし、悪いことはしていない。警察がいることを知って車内から逃げ出したサポーターをみる限り、抜き打ちだったのかもしれない。警察は二カ所にわたってバスと僕らをチェックした。


同じバスが10台並んでいることに気づいたのは、その時だった。異様な雰囲気だ。


田舎町から東京に修学旅行に来た高校生の1日目のバス車内の40倍のテンションが、×10で400倍の田舎町から東京(中略)のテンションである。僕が乗ったバスは、それらの一部でしかなかった。


Chino no sabe nada!「チャイニーズは何にも知らねえ!」


日本人は、ここではChinoと馬鹿にされる。本当に馬鹿にして言ってくる子供もいれば、今回みたいにただの悪ふざけで言ってくる場合もある。Chinoというのは中国人という意味で、中国人じゃなくて日本人だよとさっき自己紹介したばかりだけど、そんなことは彼らにとってはどうでも良いことだ。ただただ騒ぎたい豆タンクみたいなやつは僕らに歌うことを強要してくる。田舎町から東京(中略)のテンションの15倍くらいになっていた僕は、言われるがまま叫びまくり、みんなと同じ様に車内のあらゆる場所を叩きまくった。


「天井は叩かないで」


わからない。いつまでたってもわからない。なぜそこら中を叩きまくって太鼓バンバンやって旗を窓の外に振ってマリファナを吸ってビールを隠し持っている奴らは怒られないで、天井を叩いた日本人だけ注意されるのかは、いつまでたってもわからない。


中学生の時、試合に向かうバスの中で騒いでいた友達が「遊びに来てるんじゃない!!!」と監督に怒られて、顔が青ざめていたのを思い出した。決定的な違いは、そいつが遊びに来ていたわけじゃないのに対して、僕はどう考えても遊びに来ていたということだ。


20:30。


高速を降りて「キルメス」の街に着くと、車内のサポーターは、豆タンクを中心に騒ぎを大きくしている。高校生の修学旅行では、田舎のヤンキーが東京のヤンキーに馬鹿にされてはなるまいと、普段よりも少しだけ態度を大きくする。東京の女の子にもモテたいのだ。我々サポーターは、田舎のヤンキーの50倍の「馬鹿にされてはなるまい」感を出していた。僕はそれが少し微笑ましかった。多分、アルゼンチン人が試合に向かうバスの中でわざとらしく騒ぐ理由はそこにある。自分のチームがなめられてもらっては困るのだ。


もう直ぐ着く頃になって、前に陣取っていたリーダー的存在の兄ちゃんが、「何か問題あったら言ってくれよ」と僕と一緒に来ていた友人に心配して声を変えてくれた。


アルゼンチン人は、意外に真面目なところがある。僕の住むペンションでは何かちょっとした問題が起こるとMTGが開かれるし、街から都市に出ている電車はほぼ時間通りだ。


ただ、真面目な兄ちゃんには申し訳ないけど、最初から最後まで問題だらけだ。



21:00


スタジアムに到着した。まだ時間があるからと、真面目な兄ちゃんがビールを飲もうと誘ってくれたので、ゆっくり歩きながらビールを飲む。こっちの人は、マテでもビールでも、なんでもまわし飲みをする。素敵な文化である。


数回に渡るボディチェックとチケット確認を通り抜け、いよいよスタジアムに入った。


対局のゴール裏には隔離されたサントスのサポーターが陣取っていて、その他はエステュディアンテスのサポーターで埋め尽くされていた。観戦していたのがゴール裏の低い位置だったこともあり、またバスの中での経験が強烈だったことも手伝って、試合の内容は特に覚えていない。サントスの方が上手だったのは確かで、実力通り0-1で敗戦してしまった。


アルゼンチン人のサポーターのスタイルが選手に与える影響はここでは書かないけど、勝利したサントスの選手たちが金網に囲まれたピッチの中で、地面に手をつき神様に祈りを捧げていたことだけは確かだ。そりゃあ、祈りたくもなる。後ろからのヤジに耐え試合を乗り切ったサントスのGKを、僕はなぜだか誇りに思った。



帰りのバスは、修学旅行帰りのバス車内と全く同じ雰囲気だった。一つだけ違うのは、豆タンクをリーダーとした僕らの後ろに座っていた若者の男女が、負けた腹いせに行きとは比べものにならないウザさで「Chino」を連発していたことだ。Chinoと言われ続けることはこんなにもイライラするものだと、人生における新しい学びを得た。相手のしつこさに負けない粘り強さでシカトをすれば、さすがの豆タンクも静かになるということも同時に。


僕が天井を叩いたことを注意した先生(仮名)が、差別発言をする若者を注意することを少しだけ期待したけど、先生は、どうやら天井を叩かれることが一番嫌いらしい。



いつまたこんな経験ができるかわからないけど、アウェイの試合に行く機会があったら、また同じように荒れ狂うサポーターと一緒にスタジアムに向かい、警察のボディチェックを何度でも受けてやろうと思う。


マリファナの香るバスに乗って。