老いる姿も美
娘の春休み最後に合わせて
実家のある岐阜へ行ってきました。
日曜日に仕事を終えて
深夜の高速道路を飛ばして
月曜日の早朝着☆
何事もなかったように迎えてくれる…
変わらない景色を目にしただけで
ホッと気持ちが緩みます♡
犬山城の桜が見事でした。
年ゆく両親
アルツハイマーと診断された母が
とにかく気がかりでなりません。
両親の歩く歩幅が
驚くほど縮まったせいか
家の中の空気も時の流れも…
ゆるりゆるりととても穏やか。
「仕事は順調なの?」
「高崎まで一人で何回も行けたのに
とてももう行けないね」
会話の中で
何度も何度も同じフレーズを繰り返す。
記憶が破片(かけら)となって
壊れていく中であっても
言葉というのは
頭の中を巡っている想いが現れるもの
娘の私を前に
母親らしく心配してくれていることが
何だかとても嬉しかった。
何度問いかけられても
「うん、ありがとう。
お客様や周りの方のお陰で
頑張れてるから大丈夫よ。」
私も何回だって応えます。
こんなやり取りを見ている娘は
母のことを”可愛い♡”と言います。
連れ出して歩く時は
両親の歩くペースに合わせますが、
娘はもっとペースを落として
見守ってくれます。
優しくて良い子に育ってくれたことが
さらに嬉しかったです。
親というのは
どれほど偉大な存在なのでしょう…
老いるということを
その姿で示してくれています。
核家族化が進み
老いていく人がどうなっていくのか
見て関わることが少なくなった時代。
祖母の時も
最期まで自宅で
家族みんなでお世話をしましたが
こんな風にできていることは
両親にも家族にも
そして何より私たちにとって
ある意味幸せなことなのかも知れません。
「子ども叱るな来た道だから
年寄り笑うな行く道だもの」
老いることで
どうにもならない自分を
責めたりしないでほしい。
申し訳ないと思わないでほしい。
よちよち歩きだった小さな私たちに
手を貸してくれたように
私たちの足に合わせてくれたように
手を貸し
ペースを合わせてあげるから…
どんな時も私たちの味方で
やりたいことを存分にさせてくれた両親だもの♡
ディサービスに行くために
カーラーで髪を巻き
メイクをする母。
キレイでいることは忘れていません。
キレイでいたいと思う気持ちは
とても素敵です。
なかなか帰れませんが
折に触れて
一緒に過ごせる時間を
少しでも作りたいと思います。