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七枝の。

台本/はるか遠い冬の海より(女2)

2022.12.19 02:04


〇作品概要

主要人物2人。ト書き含めて約8000字。11年前に心中の約束をした友人と再会する話。


〇登場人物

遥:冬野遥。(とうのはるか)25歳。会社員。モノローグあり。

雪:彼方雪。(おちかたゆき)25歳。会社員。モノローグあり。


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝


本文




〇遥と雪のモノローグ。


遥:学生の頃、ひとつ約束をした。

雪:もうどうしようもなくなったら、限界だな、って思ったら

遥:ふたりでいっしょに海にいこうね、っと。

雪:いま思うと、笑っちゃうな。

遥:けどあの時は、真剣だった。

雪:学生時代の私達はとにかく傷つきやすくて厄介で、信頼できる大人なんていなくて。

遥:だから自分の信じられる狭い世界で生きていた。

雪:べつに特別不幸だったわけじゃない。だってそうでしょ?片親の家庭なんて掃いて捨てるほどいる。

遥:でも一人の家にかえりたくなくて。

雪:まっくらな世界に一人とりのこされているような気がして。

遥:雪と出会ったのは、そんな時だった。

雪:学校の図書室で。私達は少しずつ仲良くなった。

遥:タイプが違いすぎるから、声かけづらかったのよ。

雪:そのわりには、なつくの早かったよね。

遥:犬猫みたいないい方やめてくれない?

雪:ふふっ、だって遥、警戒心高い猫みたいだったんだもん。

遥:やだもう。

雪:(わらう)

遥:(つられて少し笑う)



遥:それも全て、今は遠い思い出。

雪:ときおり疼く(うずく)古傷のような。

遥:甘く苦い思い出。


〇場面転換。Mはモノローグ。『』はメッセージ。

遥:(M)春も近づく、冬の終わり。仕事の都合で始めたSNSに、懐かしい人からのメッセージがきた。

雪:『久しぶり。よかったら一緒に海へいきませんか』

遥:(M)不審極まりないメッセージ。しかし私はその内容に覚えがあった。

遥:『ゆき?貴方、彼方雪(おちかたゆき)なの?』

雪:『そうだよ。ひさしぶり、遥。また話そうよ、昔みたいに。』

遥:(M)なぜいまさら、という思いがあった。どの顔さらしてという憤り(いきどおり)もあった。だけど、感情を露(あらわ)にするには遠すぎる記憶と、拒絶するには甘すぎる思い出が、私の指をつき動かした。

遥:『いいよ、お茶しよう。来週の土曜なら空いてる』

遥:(M)そうして、その土曜日、私は11年ぶりに彼方雪(おちかたゆき)に会うことになった。


〇:場面転換。カフェにて

雪:はるかー!こっちこっち。

遥:……ゆき。

雪:ほら、座ってよ。なに頼む?

遥:とりあえず、コーヒー。

雪:コーヒーね!他には?

遥:いらない。

雪:オッケー!店員さーん、コーヒー二つお願いね。……よし、注文できた。さて、

遥:………

雪:久しぶり、遥。元気にしてた?

遥:……まあ。

雪:なぁにその返事?元気ないなぁ。

遥:……ゆきは?

雪:わたし?私はもちろん元気いっぱいだよー!どや?

遥:(ためいき)

雪:なによ、その態度~くらいぞ~

遥:……それは、

〇:コーヒーが運ばれてくる。

雪:あ、店員さんありがとうございまーす。遥もどーぞ。ミルクいる?

遥:ううん。

雪:ふぅん?相変わらず甘いの苦手なの?

遥:まぁね。……ゆきも、

雪:ん?

遥:ゆきも、相変わらず砂糖いれすぎ。…太るよ。

雪:え~?この完璧ボディをみてそれいうの~?

遥:じゃぁ糖尿病になる。

雪:ぐっ、き、気を付けます…

遥:(小さくわらう)

雪:ふふっ。

遥:なに。

雪:なーんも?ただ、やーっと笑ってくれたなぁって。

遥:……ああ。ゆきがアホすぎるから。つい。

雪:なにをぅ?…って、なんか懐かしいね。このやりとり。

遥:昔を思い出す。

雪:うん。

遥:………

雪:………な、なんか気まずいね。えへへ。

遥:(浅く息をはく)

雪:……あのさ。

遥:なに。

雪:えーっと、元気してた?

遥:さっき言った。

雪:そ、そうだね!えーっと、じゃぁあのさ、今なにしてんの?

遥:仕事の話?

雪:そうそう。

遥:………べつに。どうってことない。普通。

雪:普通って!なによ、それ~反応しづらいやつ。

遥:ゆきは?

雪:わたし?わたしも普通に会社員だよ。笹山商事っていう。知ってる?

遥:ああ、あそこね。有名なとこじゃない。

雪:うん。

遥:すごいね。順風満帆(じゅんぷうまんぱん)ってわけだ。

雪:なにそれ~引っかかる言い方するなぁ。

遥:だって、ゆき。貴方そんなにやせてどうしたの?

雪:え?そんなにやせてみえる?ダイエットのやりすぎかな。

遥:ダイエットしてる人がそんなに砂糖いれるわけないでしょ。

雪:…あ、ははは。知らないの?今砂糖ダイエットってのが流行ってるんだって。

遥:ふぅん。

雪:……はははは。遥、あいかわらずだね。流行りとか興味ないんだ?

遥:まるっきりないってわけじゃないけど、合わせようとは思わないだけ。

雪:クールゥ!そんなんで人間関係大丈夫かぁ?

遥:仕事はできるからいーの。

雪:へぇ~何系?

遥:……ライター、みたいな。

雪:あ~…それっぽい!

遥:どういう意味よ。

雪:いやぁ、えへへへ。相変わらず群れないなぁっと思いまして。

遥:ぼっちって言いたいの?

雪:これでも言葉を選んだんだよ?

遥:ふん。相変わらず、能天気そうな顔しちゃって。

雪:うふ。そうみえる~?

遥:ええ。そう思わせようとしてるのがみえる。

雪:あ、ははは―……手厳しいのも相変わらずだね。

遥:私相手に気遣いを期待してきたの?

雪:そうよぉ、はるちゃん!やさしくしてっ

遥:いやよ。

雪:つめたいなぁ。さすが氷の女!

遥:なつかしい呼び方。

雪:私よりずっと「雪」にふさわしいよねって言われてたよね~

遥:………そうね。でも全然そんなことなかった。

雪:ん?

遥:貴方の方がずっと「雪」らしいわ。

雪:え、なになに?なんで?

遥:私を置いて消えちゃったじゃない。

雪:……いやぁ、手厳しー……

0:気まずい沈黙。

雪:あ、あー……そういえば遥。SNSなんてやってたんだね。びっくりした!

遥:仕事で必要だったの。

雪:だとしても、だよ!そんなのやるイメージなかったから。むしろスマホもってんの?って感じ。

遥:なにそれ。どんなイメージよ。

雪:大正文学少女?

遥:ばっかじゃないの。

雪:あ~そんな感じ!ツンデレって知ってる?

遥:さすがに知ってるよ。ばかにしすぎ。

雪:馬鹿にしてないって!遥なんか小難しいのばっか読んでたじゃん。なんだっけ、えっと、友達が死ぬ話。

遥:たくさんあるけど。

雪:え、そんな本ばっか読んでたの?はるちゃんこわ~い!

遥:かえるね。ばいばい。

雪:まってまって!えーっと、あれだ。教科書にのってたやつ。ちょび髭のおっさんの、ええーっと、あーっと、がんばらないやつはだめだ、みたいなこと言って友達しんじゃうやつ。

遥:『精神的に向上心のないやつは馬鹿だ』?

雪:そうそう!ほら、教えてくれたじゃん。あのかび臭い図書館で。

遥:夏目漱石の『こころ』?

雪:うん。なんかあのイメージがずっとある。

遥:そうなの?

雪:うん。くじけそうになった時とかね、もう駄目だ~ってなった時、遥のこと思い出してたからかな。遥の声でね、聞こえたんだ。二人で読んだ本の一文が。

遥:……そう。

雪:うん。ずっと会いたかった。会えなかったけど。

遥:…………そのわりには、すぐ思い出せなかったみたいだけど?

雪:うっ、それはぁ、だってぇ、本とか読まないし!

遥:相変わらずね。

雪:能天気って?「さっき言った」よ。

遥:相変わらずの馬鹿ね。

雪:ひどい!馬鹿って言う方がバカなんだよ!

遥:……うふふ。

雪:(ちょっと笑いながら)も~っ!

0:二人で笑いあう。

雪:……はるか。

遥:なによ。

雪:私のこと、恨んでる?

遥:この流れできく?

雪:だって。

遥:……なによ。

雪:だってぇ。

遥:だからなに。

雪:わたし、遥を裏切っちゃったから。

遥:ええ。

雪:ずっとずっと会いたかった。会って、謝りたかった。でもそんなの、私の自己満でしかなくて。

遥:……………そうね。

雪:わかってたの。わかってたから会えなかった。もうこれ以上遥に嫌われたくなかった。

遥:(くすりとわらう)嫌う、ですって?

雪:遥?

遥:私が貴方を嫌うはずないじゃない。あの頃の私には貴方だけだった。私にとっては貴方だけが全てで、貴方が私の光だった。

雪:はるか……

遥:だから……。ねぇ、ゆき。

遥:真っ暗な世界で唯一の光を奪われた人がどんな感情を抱くと思う?好きだの嫌いだの、そんな生やさしい感情だと思う?

雪:……っ!

遥:私も、貴方に聞きたかったわ。どうして時間になっても連絡しなかったの。どうして待ち合わせ場所に来なかったの。どうして?……どうして私を裏切ったの?

雪:それはっ!

遥:それは?

雪:……こわ、くて。

遥:…………

雪:朝、制服を着て準備をして、玄関に座って、ずっと靴紐を結んでたの。でも、何回やっても上手く結べなくて。ううん、違う。そうじゃなくて、お母さんが起きてきて……ちがう。そうじゃないの。わたし、わたし……

遥:(かぶせ気味に)もういいわ。

雪:わたし、ずっと遥に(あやまりたくて)

遥:もういいって言ってるでしょう。

雪:……ごめん、なさい。

遥:(ふかいため息)……ほんとうに、いいの。もう、11年も前のことよ。

雪:…………うん。

遥:何をしたって、何を言ったって、過去のことでしかない。

雪:でも、

遥:…………

雪:でも、私にとってはずっと遥は友達だったよ。離れても一番の友達だった。だからどうしても、最後にもう一回話したかったの。

遥:「あの頃みたいに」?

雪:……うん。

遥:(ため息)……私、今日貴方にもう一つききたいことができたの。

雪:な、なに?

遥:どうして、手袋をはずさないの?

雪:…………なんで?

遥:(無視して)いい手袋ね。薄手だけど丈夫で、細かい作業もしやすそう。室内でつけていても、『潔癖症なんです』とか言っておけば、まかり通りそうなデザイン。

雪:そ、そうだよ、潔癖症なの。

遥:つまんない冗談。

雪:………………

遥:おぼえてるわ、貴方の癖。貴方、不安なことがあると自傷に走るよね。そのくせカッターとか刃物はビビりだから持てなくて。そうだな、さしずめ爪の跡でいっぱいってとこ?今日、私と会うのが不安だった?

遥:それとも、別の理由?

雪:………なんで。

遥:なにが?

雪:なんでそんなこと聞くの。

遥:はぁ?

雪:どうでもいいじゃん、私の事なんて。

遥:なにいじけてんの。

雪:だって、遥には関係ない。

遥:あっそ。


間。


雪:……ごめん。

遥:いいわ。踏み込まれたくないんでしょう。

雪:うん。

遥:なら聞かない。

雪:私のこと、嫌いになった?

遥:あんたいくつよ。

雪:だって、

遥:ほんと馬鹿な子。

雪:うぅ……

遥:この私が、どうでもいい奴に時間を割くわけないでしょう。それに、さっき言ったよね?嫌いじゃないって。

雪:でも、私のこと恨んでるでしょ?

遥:当然。

雪:………

遥:それでも、11年経っても、恨んでるだけじゃないから今日ここに来たんじゃない。あんな胡散臭いメッセージひとつでここに来た私を、貴方なんだと思ってんの?

雪:遥は優しいな、って

遥:脳みそにハエでも止まってんじゃないの。

雪:そこまでいう?

遥:……私相手にそんなこと言うのは、今でも貴方ぐらいだわ。

雪:遥は、ずっと優しいよ。あのときも、いまも。

遥:勘違いしないで。だれにでも優しい女じゃないのよ。

雪:うそだぁ。

遥:嘘はきらいよ。貴方と違って。

雪:うっ(口ごもる)

遥:ふふ。……さて、コーヒーも飲み終えたし、そろそろ行きましょうか。

雪:え?

遥:なに?

雪:あ、ううん。今日は来てくれてありがと、じゃぁまた……

遥:ちょっと、なに解散しようとしてんの。

雪:だ、だって。

遥:いくんでしょ、海。貴方が言ったんじゃないの。

雪:え、だって、あれは、

遥:いいから。はやく。

雪:まって、私、なんの準備もしてない!

遥:準備なんていらないでしょ。いくわよ。

雪:まって、遥!

雪:(M)さきを行く彼女の背中を慌てて追いかける。「冬の海へ行こう」なんて、本気ではなかった。だって、あれは私と彼女との符牒(ふちょう)のようなものだ。だいたい、本当は彼女と会えるとも思ってなかった。返ってくるはずのない、メッセージだったのに。

遥:ほら、のって。

雪:え、車でいくの?

遥:歩きでいける距離じゃないでしょ。

雪:(M)仏頂面(ぶっちょうづら)の彼女に車に押し込められて30分。沈黙の車内をたえつつたどり着いたのは、幼かった私達の最終地点にして未到着地点。

雪:ちっぽけな、地元の海岸だった。


〇:場面転換。海岸にて。

遥:うっわーぁ、さっぶ。

雪:……ね、ねぇ。帰ろうよ。風邪ひいちゃう。

遥:ここまできて?さっさと来なさいよ。歩いていれば暖まるわ。

雪:う、うん……


間。


雪:あの、さ。

遥:うん。

雪:今日、遥を呼んだのはさ、別にその…なんかあったわけじゃなくて。

遥:うん。

雪:私、その、謝りたかったっていうか。あ、これも違うな。えっと、顔がみたかった、みたいな?あの、本当はそもそも、メッセージ返ってくるとも思ってなくて。

遥:うん。

雪:ねぇ、きいてる?

遥:うん。

雪:……遥?

遥:……きいてる。

雪:じゃ、じゃぁなんで答えてくれないの。

遥:貴方が嘘ばかり言うから。

雪:は、はぁ?嘘なんかっ

遥:言ってるでしょ。

雪:言ってない!何が嘘だっていうの?

遥:その顔。

〇:遥、雪に近づく。

雪:…っ!

遥:変わらないのね。すぐ表情にでる。

雪:………

遥:不安でたまらないって顔。聞こえるわ、たすけて、って。

雪:言ってない。

遥:言ってる。

雪:私は何も言ってない!なんなの、さっきから!遥に何がわかるっていうの?

遥:わからないわ。貴方が言わなきゃ何もわからない。

雪:はぁ?意味わかんない!

遥:貴方、死ぬ気なんでしょ。

雪:は………?

遥:今、自殺考えてるんでしょ?だから私にメッセージ送ったんでしょ?心中相手をさがすために。

雪:ちがっ

遥:わかるわ。だって、昔の私と同じ顔してる。貴方に裏切られて、ひとりで駅のホームに立っていた私と。

雪:…………

遥:おぼえてる?むかし、ふたりで海にいこうと約束したときのこと。あの時、貴方、笑って「うん」って言ってたわよね。私、嬉しくて嬉しくて……でも、きっと貴方は本気じゃなかった。私と沈んでくれる気なんてなかった。

雪:そんなことっ

遥:ないって言える?

雪:………

遥:言えるはずないよね。結局、貴方来なかったんだもの。恨んだわ。ひとりで死んでやろうと思った。目の前がまっくらになって、駅のホームに飛び込もうとしたの。

雪:……おかあさんから、きいた。

遥:そう。

雪:車掌(しゃしょう)さんに助けられたって聞いて……すごく安心した。生きててくれて、よかったって思った。

遥:私は、いまでも後悔してるわ。

雪:え

遥:あそこで死んで、ゆきの一生の傷になれなかったこと、今でも後悔してる。

雪:な、なんでそんなこというの……っ

遥:わからない?

雪:わからないよ!いまでも遥は私の一番の友達だよ?それじゃダメなの?

遥:ダメよ。今の貴方じゃだめ。

雪:いま、の私?

遥:私は、あの頃の貴方が好きだったんだもの。臆病で優しくて。結局私と一緒に死んでくれなかった、私の唯一の光であった貴方が。

雪:……なに、それ。

遥:いまの、こんなだっさい顔してる貴方はお呼びじゃないってこと。

〇:遥、雪の頬を平手打ちする。

雪:いっ…!?

遥:いった~!手が痛い!人を殴るのって、難しいわね。

雪:こっちのセリフなんだけど!?

遥:手首のスナップが必要なのかしら?

雪:ちょっと、はるかさん!?話きいてる?

遥:きいてないわ。

雪:きいてるじゃん!なんで私殴られたの、今!

遥:ムカついたから。

雪:キレやすい若者かよ!いくつですかぁ?

遥:25ね。

雪:素直か!そういう問題じゃなくて!

遥:そして貴方も25。

雪:知ってますが?

遥:もう25になるのよ、私たち。

雪:だからぁ?すっごくジンジンしてるよコレ?やばいんじゃない?これ絶対腫れるやつじゃない?

遥:もう、ひとりで海に来れる年齢なのよ。

雪:………………

遥:子どもの頃みたいに、電車を待つ必要もない。親の財布からお金を盗んで旅費を貯める必要もない。どこにだっていける。なんにだってなれる。今の自分だって、簡単に捨てれる。

雪:……そうだね。

遥:それなのに、あなた。今更どこに行く気?

雪:遥には関係ない、よ。

遥:貴方から連絡送ってきたのに?

雪:メッセージ返ってくるとは思わなかったから。

遥:今日だってのこのこ現れて。

雪:遥がちゃんと来るとは思わなかった。

遥:昔みたいな明るい笑顔で、どうでもいい話をするから、すっかりだまされたわ。

雪:どうでもいい話って!ひどいなぁ……それに、なにもだましてなんかないよ。

遥:だましたわ。ほら。

〇:遥、雪の手をとり、無理矢理手袋をはぎとる。

遥:貴方、こんなに傷を隠してた。

雪:……っ!ちょ!やめてよ、返して!

遥:うっわ、なにこれ、ミミズ腫れになってる……

雪:ちょっと!いくら遥でも怒るよ!

遥:怒れば?

雪:やめてってば!

〇:雪、遥から手袋をとりかえす。

雪:(荒い息)やめてよ……どうしてひっかき回すの……終わりでいいじゃん、もうさぁ。

遥:いやよ。

雪:なんで!

遥:ムカつくから。

雪:なにが!

遥:貴方を見てると、私のゆきはもうどこにもいない、ってわかってムカつくから。

雪:~~っ!当たり前でしょ!11年だよ!何もかも変わったの!

遥:そうね。私も、もう昔の私じゃない。そして貴方も。……もう私のゆきじゃないのね。

雪:「昔の私、昔の私」っていうけど、昔のなにがいいっていうの?今の私だって頑張ってきた!こんなに、必死に、頑張ってきたのに!

遥:………

雪:あの後から、遥と離れ離れになってから、私ずっとずっと、頑張ってきた!まだできる、まだやれるはずだって!だって私は遥を見捨てたんだから、頑張らなきゃだめだって!

遥:………

雪:いっそ忘れたいって何度も思ったよ!でも聞こえるの。耳の奥で遥の声がする。『馬鹿だ』って。私は馬鹿だ。大馬鹿者だ。たったひとりの友達を見捨てた、人でなしだ!だから頑張らなきゃ。もっともっと頑張らなきゃ。これ以上人でなしになっちゃいけない。だからずっとずっと頑張って、頑張って……

遥:そんなの、頼んでないわ

雪:!

遥:私は、そんなこと頼んでない。

雪:わかってる……わかってるよ。でももう、どうすればいいかわかんないの…(すすり泣き)

〇:しばらく雪のすすり泣きがつづく。間。

雪:ねぇ。

遥:なに。

雪:試しに聞いてみるんだけどさ、あのさ。

遥:はやく言って。

雪:わたしといっしょに、溺れてくれない?

遥:絶対いやよ。

雪:だよね。

遥:どうしてここで中学時代の再演をしなきゃいけないの。とんだ地獄絵図だわ。

雪:そう言うと思った。

遥:死ぬならひとりで死になさいよ、裏切り者。

雪:はいはい。

遥:……って言いたいところだけど。

雪:ん?

遥:気が変わった。

雪:は?

遥:貴方ひとりで、溺れさせたりしないわ。

雪:まって?

遥:貴方がどんな問題を抱えていようが、何に悩んでようが関係ない。死なせやしない。逃がさないわ、絶対に。

雪:え、え、まって。なんでそんな話になるの。

遥:ムカつくから。

雪:またそれぇ?

遥:貴方ひとりだけ、言いたいこといって。やりたいことやって。また私だけ置いて消える気?そんなの許せない。

雪:どうしてそんな話になるの!?

遥:だって、そうでしょ?私と別れた後、どうせ貴方死ぬ気だったんでしょ?

雪:え、まぁ……

遥:それをニュースでみた私がどんな気持ちになるかわかってる?すごく嫌な気分になって、朝から酒飲んで会社無断欠勤するかもしれないでしょ。

雪:う、うーん。そうかもね?

遥:そうよ。きっとそうなる。どうするの、その無断欠勤が理由で免職にでもなったら。貴方責任とれるの?

雪:死んでるから無理だね、うん。

遥:そこらへん考えときなさいよ、馬鹿ね。

雪:ご、ごめん……え、まって。今の私が謝るとこ?

遥:私がしねなかったのに、貴方だけ先にしぬなんてずるいわ。許せない。

雪:どういう理由?もうちょっとマシなこと言って、お願いだから。

遥:本当のことだもの。

雪:そこはさぁ、今でも友達だから!とかさぁ。

遥:11年も離れていたら、ほぼ赤の他人よ。

雪:私は言いましたけど?

遥:とんだペテン師ね。

雪:そういうこと言う!?

遥:ふふふふ。存分に生きて苦しみなさい。

雪:笑い事じゃないんですけど~!あーっもう!なんでこうなるかなぁ!

遥:思い出って美化されるものだから。

雪:ちっくしょう……あ~あ~ばからし!

遥:あははははは!

雪:(M)大口を開けて笑う遥は、確かに昔の彼女と違っていた。こんな顔で笑う女ではなかった。

雪:(M)あの頃の彼女はどこか透明で、遠くを見ていて……あの時、私が裏切ったあの消えそうに美しい少女は、きっともうどこにもいないのだと、その時ようやく私もわかった。

遥:さて、そろそろ帰りましょうか。

雪:何のためにここまで来たの……

遥:思いっきり叫べて満足したでしょ?

雪:するかぁ!


終。