葛の月
【詳細】
比率:男1:女2
和風・ファンタジー・ラブストーリー
時間:約30分
【あらすじ】
時は江戸時代。
妖狐の葛が真夜中に山道で出会ったのは、白い髪と赤い目の少女だった。
自分を『化け物』と呼ぶ少女。
葛は昔の出来事に彼女を重ね、許されることではないと知りつつも自分の住処へと少女を連れ帰る。
彼女と過ごす日々に安らぎを感じる葛だが……
【登場人物】
葛:(かずら)
妖狐。見た目は青年。
山道でつきを拾い、育てる。
つき:白い髪と赤い瞳を持つ少女。
その容姿故に村では「化け物」と呼ばれ。迫害されていた。
両親はいない。
両親が付けてくれた本当の名前は分からない。
葛が付けてくれた「つき」という名前を大事にしている。
白姫:(しらひめ)
葛の住処がある山の隣の山の社に住まう妖。
人の形はとっているが、本来の姿は白い蛇。
葛とはよく酒を飲む仲。葛曰く、ザルである。
●山頂・月の明るい夜。
月を見上げる葛。
葛:お前は俺と出会ったことを悔やんでいるか。俺と共に歩んだことを……
●山中・真夜中
白姫の社からの帰り道。月が雲に隠れているため辺りは暗い。
葛:(軽くため息をつき)あぁ、結局こんな時間になっちまった。あいつ、一度飲みだすとザルだからな……
この時間に帰れただけでも良しとするか
俺たちに時間の概念は関係ないとしても、好き好んで日の光に当たりたいとは思わんからな
このぐらい薄暗い方がちょうどいい
どこからか、少女のすすり泣く声が聞こえる。
葛:ん? 泣き声? 人間がこんな時間に? (声が聞こえた方に)お~い、誰かそこにいるのか?
つき:っ!
葛:お、そっちか?
藪をかき分けると、つきが蹲り泣いている。
葛:おぉ、お前か……
つき:(被せるように)ごめんなさい!
葛:え?
つき:ごめんなさい! ごめんなさい!
葛:お、おい
つき:もう悪い子しないから! 良い子で動かないでじっとしているからぶたないで!
葛:お前……
つき:ごめんなさい! ごめんなさい!
葛:(大きな声で)おい!
つき:っ!
葛:(ため息)やっと、こっち見たな?
つき:ごめんな……
葛:いいから落ち着け。俺はお前をぶったりなんてしない
つき:え?
葛:俺はお前みたいな子どもをぶったり、ましてや、取って喰ったりなどしない。安心しろ
つき:取って喰う?
葛:あぁ、そうだ。そんなことはしないから……
つき:(言葉を遮って)あなた、山神さま?
葛:山神? 俺はそんな大そうな者じゃない
つき:違うの?
葛:違うね
つき:……
葛:ん? どうした?
つき:……やっと、山神さまに会えたと思ったのに……
葛:(ため息)悪かったな。で、お前はどうしてこんな所にいるんだ? こんな時間に子ども一人でこんな山奥に入るなんて……親はどうした?
つき:親は、いない……
葛:迷子か。ったく、人間ってやつはいつまでたっても無責任なんだな
つき:……迷子じゃない
葛:ん? 迷子じゃないのか?
つき:迷子じゃない
葛:じゃあ、どうしてこんなところにいるんだ? まさか、自分で入って来たのか?
つき:そう
葛:なんでまた……家出か? だとしても、こんな時刻に山に入ることは勧めん。この時刻は妖の行動が活発になるからな
つき:……家なんてない……
葛:え?
つき:……私には親も、帰る家も無い……私は化け物だから……
葛:化け物?
月が雲から出てきて、辺りが明るくなる。
葛:っ! お前……その髪と目……
つき:……やっぱり、貴方も怖い?
葛:怖くはない……その白い髪と赤い目……お前、あいつの眷属か?
つき:眷属?
葛:違うのか?
つき:眷属って何?
葛:……こっち側の者じゃないってことか。問いを変える。お前は人間か?
つき:……人間だと思う
葛:だと思う?
つき:人間だと思う。私には何も出来ないから。でも、私には親はいない。気が付いたらおじさんとおばさんの家の庭に住ませてもらっていた。でも、いつも化け物って呼ばれていたから、化け物なのかもしれない……
葛:……自分と違う姿の者は受け入れられない。(嘲笑し)はっ、村八分か。人間のやりそうなことだぜ。いつまで経っても成長しねぇ種族なんだな……
つき:……
葛:おい、お前
つき:はい
葛:家に帰りたいか?
つき:……私には帰る家はないの……
葛:あぁ、そうじゃねぇ
つき:?
葛:村に、帰りたいか?
つき:……
葛:帰りたいというのであれば麓まで俺が送ってやる。どうする?
つき:……
葛:お前は、どうしたい?
つき:……帰りたくない……でも……
葛:(遮って)わかった
つき:え?
葛:ならば、俺と来い
つき:え?
葛:俺は葛。この山の隣の山に住まう者だ
つき:……いいの?
葛:ん?
つき:私が着いて行っても邪魔じゃない?
葛:お前一人、どうとでもなる。お前はどうしたい?
つき:……私は……あなたと行きたい……
葛:よし、決まりだ
葛、つきを担ぐ。
つき:うわっ!
葛:お? どうした?
つき:怖い……
葛:あぁ、この高さに抱えられるのは初めてか?
つき:……うん……
葛:そうか。安心しろ
つき:え?
葛:お前を落としたりはしない。俺にしっかり捕まっておけ
つき:……うん(ギュッと捕まる)……暖かい……
葛:……お前、名前は?
つき:名前?
葛:そうだ
つき:化け物
葛:はぁ?
つき:ご、ごめんなさい!
葛:あぁ、悪い。お前に怒っているんじゃない
つき:……本当?
葛:あぁ。そうか、お前の本当の名前は分からないってことか……
つき:……
葛:つき
つき:え?
葛:今日からお前はつきだ
つき:つき?
葛:そうだ
つき:それが私の名前……
葛:あぁ。気に入らないか?
つき:ううん! そんなことない!
葛:そうか
つき:……つき……私の名前!
●翌日・葛の住処
薄い布団でスヤスヤと眠るつき。
白姫:……それで、人間の子を拾ったと?
葛:あぁ
白姫:お主は馬鹿なのか?
葛:っ!
白姫:お主からの珍しい呼び出しに応えて来てみれば……人間の子を拾ってどうする? 我らとは生活の仕方も、時間の流れ方も、成長も異なるのじゃぞ
葛:わかっている
白姫:わかっておってこれか……
葛:……
白姫:(ため息)また同じ過ちを繰り返すつもりか?
葛:っ! 俺は!
白姫:悪いことは言わぬ。村に戻してこい
葛:……それは……
白姫:この子を何に重ねているのか妾にはわからぬが、それはお主を苦しめるだけじゃぞ?
葛:俺は!
つき:……ん……かずら?
葛:あぁ、つき。起きたのか?
つき:……うん……
葛:大丈夫か?
白姫:ほぅ
つき:(白姫に気が付いて葛にすがる)っ!
葛:つき?
つき:……誰?
葛:あぁ、そうか。大丈夫だ、こいつは俺の友人だ
つき:ゆうじん?
葛:あぁ……えっと……
白姫:(おかしそうに笑う)葛、お主でもそんな顔をするのじゃのう
葛:……白姫
白姫:妾はお主と友と言える仲になった覚えはないがのう。童(わらし)よ。つきと言ったか?
つき:は、はい
白姫:妾は隣の山の社に住んでいる白姫と申す
つき:隣の山?
葛:あぁ、つき、お前が逃げ込んでいた山だ
つき:山神さま!
葛:山神さま?
つき:山神さま、私を山神さまの供物にしてください!
葛:はぁ?
白姫:……ほぅ。人間はやはり、愚かよのう。つき、それはどういうことかのう?
つき:私は化け物です。化け物だから山神さまの供物にならないといけないんです。そうしたら、村は平和になって、私は村のみんなから好きになってもらえるんです
葛:……
白姫:……どこの村も墜ちたものよなぁ……つきよ、それは誰に言われたのじゃ?
つき:誰? 村のみんなです!
葛:……
つき:私の白い髪と赤い目は化け物の証なんです。だから、山神さまに供物として受け取ってもらえたら全部が綺麗になるからって!
葛:っ!(つきを抱きしめる)
つき:かずら?
葛:……つき……
つき:かずらどうしたの?
白姫:(ため息)葛、先ほどの言葉を取り消そう。その童を連れ帰ってきて正解じゃったな。あの村以外にも地の底に落ちよう村があったとは。早々に対処せねばな……
葛:……白姫
白姫:つきよ
つき:はい
白姫:残念じゃが、妾は供物はいらない身でな。そなたを受け入れることは出来ぬ
つき:……そうですか……
白姫:すまぬな
つき:……
葛:それなら、ここにいればいい!
つき:かずら?
葛:俺と一緒に暮らせばいい。村に帰る必要なんてない
つき:……いいの?
葛:あぁ
白姫:……お主、本気か?
葛:本気だ
白姫:先も言ったが、我らとこの子らの時間の流れは違うのじゃぞ?
葛:わかっている
白姫:つきには己の正体を明かしたのか?
葛:……
白姫:……呆れた。そんなこともせずに共に生きようと言うておるのか?
葛:……
白姫:また、傷つくぞ?
葛:っ! 俺は!
つき:姫さま! かずらをいじめないで!
葛:つき?
つき:かずらのこと、いじめないで!
白姫:ほぅ、幼き身で妾と対等であろうとするのか
つき:ダ、ダメ!
葛:つき、大丈夫だ
つき:……本当?
葛:あぁ、白姫は俺を心配してくれたんだよ
つき:本当に、いじめられてない?
葛:あぁ、大丈夫だ。ありがとう、つき
つき:……姫さま
白姫:なんじゃ?
つき:ごめんなさい
白姫:ほぅ
つき:いじめっこって言っちゃってごめんなさい
白姫:(微笑む)よき子じゃな。つき、良い。気にしておらぬ
つき:ありがとう、姫さま!
白姫:葛
葛:なんだ?
白姫:お主の軽率な行為は褒められたものではないが、この子を助けたことは褒めてやろう
葛:白姫……
白姫:……此度の件、どう転ぶかは妾にもわからぬが、後悔せぬよう、己で決め守って見せよ
葛:……あぁ
白姫:(微笑む)まぁ、そんなに重く考えるな。妾も力になろう
葛:え?
白姫:妾もこの子が気に入った。己の非を認め、謝罪することが出来る。よき子じゃ
葛:……あぁ、恩に着る
●十数年後・葛の住処
外から帰ってくる葛。
つき:葛!
葛:あ、あぁ、つき
つき:こんな時間までどこに行ってたの!
葛:……すまん
つき:まったく……
どこかに行って遅くなるなら行き先と帰りの大体の時刻を教えてほしいって、何度言ったらわかってくれるの?
葛:……すまん……
つき:今日は白姫様も隣の社から来てくれるんだよ? お待たせしたらどうするの?
葛:……あぁ……
つき:葛?
葛:何だ?
つき:何かあった?
葛:……何故?
つき:顔が暗いから
葛:え?
つき:それに、そうやって言葉が遅い時って葛が何か隠してる時だから
葛:……
つき:何かあったの?
葛:……つき、お前は村に帰りたいか?
つき:え?
葛:お前も良い年頃になった。昔はその髪と瞳で迫害されたが、今はこんなに美しくなった
今であれば、お前は馬鹿にするものも、蔑むものもいないだろう。それほどまでにお前は美しい
つき:……なんで……
葛:このままこんな山の中で俺と暮らすよりも、きちんと人里に……
つき:(遮って)なんで!
葛:……つき……
つき:なんでそんなこと言うの? 葛も私のことが嫌いになった? 邪魔になった?
葛:そんなことは!
つき:嘘つき!
つき、住処を飛び出していく。
葛:つき!(追いかけようとして止まる)……
白姫:追わんのか?
葛:(バッと声がした方を振り返り)白姫! いつから……
白姫:お主がここに帰ってきたときからじゃ
葛:……来ていたのなら、早く出てくればよかっただろう
白姫:取り込んでおったようじゃからのう。して、お主は何をやっておるのじゃ?
葛:……何って……
白姫:お主の覚悟はその程度じゃったのか?
葛:……
白姫:何があったのかは知らぬが、この程度で手放すようなら何故あの時死なせてやらなんだ?
葛:それは!
白姫:……一時の慈悲ほど惨いものはないのう
葛:……俺は……
白姫:まぁ、最後まであの子を見てやれぬのであれば、今、手放すのが道理か
葛:俺は……
白姫:どうせ、己の正体もまだ明かしておらぬのじゃろう?
葛:……
白姫:己の正体を明かしてあの子が離れていくのが怖いのじゃろう?
葛:……っ……
白姫:(ため息)お主は変わっておらぬのう。これだけ長い時間、お主と共にいたのだ。普通とは違うこと、つきは気が付いておるのではないのか?
葛:……
白姫:(ため息をつき)それが分かっていても後は追えぬか……この腑抜けめが
葛:……俺は……
白姫:勝手に昔をあの子を重ね、勝手に連れ帰り、勝手に育てた。お主はどこまでも勝手な男じゃのう
葛:……そうだな……
白姫:そんなに近くにいて、あの子の気持ちもわからぬとは……
葛:気持ち?
白姫:そうじゃ。お主は己の気持ちばかり押し付けて、あの子の気持ちはとんと考えておらぬな
葛:っ!
白姫:(ため息をつき、踵を返す)
葛:どこに行く?
白姫:お主が迎えに行かぬのであれば、妾が行く
葛:……
白姫:この時分、森の中は雑多な妖が多いからのう
葛:っ!
白姫:早く行かねば、あのようにか弱い存在すぐに喰われてしまうじゃろう
葛:……
白姫:しかも、あの風貌じゃ。下等な者にとっては格好の馳走だろう
葛:つき!
葛、飛び出していく。
白姫:(ため息)そんなに血相を変えて飛び出すのなら、早くそうせい
あの男もまだまだ青いのう。急がぬとも、あの娘のことは妾の眷属が守っておる
(微笑んで)あのような良き子、誰が下等な奴らにくれてやるものか
あの腑抜けを変えてくれるかもしれぬ夜の道しるべたる子なのだからのう
●山中・川辺
川に映る自分を見つめる月。
つき:……葛の嘘つき……ずっと、一緒にいてくれるって……いればいいって言ってくれたのに……
私のこと嫌いになっちゃったの? 私はやっぱりいらない子なの?
(川に映る自分を見て)こんな髪や目が無ければ、私は幸せに暮らせたの?
(傍の石を持ち)こんな目……なければ……
(目に向かって振り下ろそうとする)っ! ……出来ないよ……この姿じゃなかったら、葛には会えなかった……
葛:何をしている!
つき:え?
葛:つき! (駆け寄り、持っている石を取り上げる)石なんか持って……何をしている!
つき:……葛?
葛:(つきを抱きしめ)つき!
つき:っ! 嫌! 離して!
葛:嫌だ、離さない
つき:離して!
葛:嫌だ
つき:……どうして? 私のこと嫌いになったんでしょ?
葛:違う!
つき:違わない! 私のこと捨てようとしたくせに!
葛:違う!
つき:嘘つき!
葛:違う! 話を聞いてれ!
つき:嫌だ!
葛:(大きい声で)つき!
つき:っ!
葛:……すまない。俺の話を聞いてくれないか?
つき:……
葛:……俺は怖かったんだ
つき:え?
葛:つき。お前は美しい。そして、気立ての良い娘に育ってくれた。そんなお前を俺なんかの元に置いていいものかと……
つき:そんな!
葛:最後まで聞いてくれ
つき:……はい……
葛:……俺は、人の子ではない。お前たち人間が言うところの妖だ。だから、怖かったんだ……
つき:怖い?
葛:もう十数年すれば、お前は俺が人間ではないと気が付く。俺は老けないのだからな。そうなったとき、軽蔑されるのではと……
つき:軽蔑?
葛:……この化け物がと……
つき:そんなこと!
葛:ないと知っている。つきはそんな人間ではないと。でも、怖かったんだ。お前を拾った。そして育てた
だがそれは、お前を人間の住む世界から隔離してしまったということだ。人間としての幸せを奪ったんだ……
つき:……葛……
葛:俺は妖だ。お前と同じ時間を歩むことはできない。だから……
つき:(優しく、葛の頬をたたく)馬鹿
葛:え?
つき:葛が人間じゃないこと、私はとっくに気が付いてたよ
葛:……
つき:だって、白姫様が葛のこと友だと言っていた。妖である白姫様とただの人間がこんなに親しいわけがないじゃない
葛:……
つき:それに、私は葛を軽蔑したりなんて絶対にしない
葛:……つき……
つき:私は葛に救われたんだよ?
あの時、私は死んでもいいって思ってた。だから、あの山に入ったんだ。私を必要としてくれる人なんて誰一人としていなかったから……
葛:……
つき:でも、あの夜。貴方は私を抱きしめてくれた。共にいようと言ってくれた。それが凄く嬉しかった
葛:……つき
つき:葛が妖だってはっきりわかった今もこの気持ちは変わらない。私はずっと貴方と一緒にいたい
葛:でも、俺は……
つき:一緒の時間は生きられないって言いたいんでしょ?
先から、ずっとそればっかり。私はそれでもかまわない。ずっと一緒にいたいんだ。貴方のことが好きだから
葛:え? 今、なんて……
つき:(苦笑して)やっぱり気が付いてなかったか。まぁ、だよね
葛:……つき、それは……
つき:恋心か? なんて野暮なことは聞かないでね? 貴方が思ってくれているその好きであってるから
葛:それは!
つき:ダメだって言いたいんでしょ?
葛:っ! あぁ……
つき:でも、それはダメ
葛:え?
つき:だって、これは私の心だもの。貴方に従うつもりはありません
葛:つき、馬鹿なことを言うな!
つき:馬鹿でいいよ。これが私の気持ちなんだから
葛:……
つき:でも、ごめんね……
葛:え?
つき:私の気持ちは、きっと葛を苦しめる
葛:え?
つき:だって、私はどうしたって人間。葛よりも先に死ぬ。一緒にいることが葛を苦しませることになる。だからね、ちゃんと葛に伝えたくて。伝えてから決めようと思って
葛:決める?
つき:……こんなこと聞くのはずるいって思う。思うけど、言わせて。私は死ぬその瞬間まで貴方の傍にいたいです
葛:っ!
つき:でも、貴方が辛いのなら私は貴方の傍から離れます
葛:(つきを強く抱きしめ)嫌だ!
つき:葛……
葛:……もう、己を誤魔化すのは止める。つき
つき:はい
葛:お前の生が尽きるその瞬間まで、共にいさせてくれ。お前の生は俺が見届ける
つき:……はい
●数十年後・白姫の社・夜
麓の村々を見下ろす葛。
白姫:来たか
葛:あぁ。用件は何だ?
白姫:ふむ……やはり、つきが心配しておった通り、ひどい顔じゃのう
葛:……
白姫:いつまでもそのような顔をしておっては、つきが心配で成仏できまいに
葛:……ほっとけ……
白姫:そこまで愛しておったのか?
葛:……白姫……
白姫:そんな怖い顔をするな。今ならよいじゃろうて。心の内を話せば、少しは気持ちが和らぐかもしれぬぞ?
葛:……和らがなくていい……
白姫:ほぅ?
葛:俺はこの苦しさを抱えたまま生きると決めたんだ
白姫:……難儀なことじゃのう
葛:この苦しみはつきと俺が確かに共に生きた証だ。この想い、誰にも渡さん
白姫:(クスクスと笑いながら)とのことじゃ、つき
葛:え?
白姫の後ろから、若かりし姿のつきが出てくる。
葛:つき! どうして!
つき:……葛
葛:白姫、どういうことだ! 何でここにつきが!
白姫:(意地悪そうに微笑んで)妾の本分、よもや忘れたのではあるいな?
葛:は?
つき:白姫様が私を眷属に迎え入れてくれたの
葛:え?
白姫:そういうことじゃ
葛:はぁ? どういうことだ?
白姫:(ため息)お主も鈍いのう
つき:白姫様、それはもとからです
白姫:そうであったか
つき:はい
葛:おい! 二人だけで話を進めるな!
白姫:……仕方ないのう。妾は龍神さまの眷属じゃ。そして、この社を守ること、周囲の村を見守ることを言いつかっておる。それがあまりにも大変のでな。我が主に頼んで、私にも人の子の姿を持った眷属を付けていただいたのだ
葛:……それが、つき?
白姫:あぁ。やっとお主でも頭が回ってきたようじゃのう。つきにはその素質もあり、眷属になるには問題はなかったからな
葛:……それで眷属に……
つき:はい
葛:っ! それじゃあ……
白姫:あぁ、人間としての輪廻転生の輪からは離れてしまった
葛:そんな!
つき:それでいいの。これは、私の願いだから
葛:つき! 良くないだろう! 今回の人生はお前にとって辛いものだった。だから、次の生ではその分、幸せになれるはずだったのに!
つき:いいの。私は、来世での幸せよりも今の幸せを大事にしたい
葛:え?
つき:私は葛の傍にいたいの
葛:……つき……
白姫:そういうことじゃ。女子(おなご)にここまで言わせておいて、自分の腹はくくれないなどと童のようなことを言うなよ?
葛:……
白姫:(満足そうに微笑み)さぁ、では、妾は先に戻るとするかのう。つき、用事が住んだら社に戻って来るといい
つき:はい、白姫様
白姫:ではな、葛
葛:白姫!
白姫:なんじゃ?
葛:……恩に着る……
白姫:(微笑んで)妾は何もしておらぬ
白姫、去る。
つき:……葛?
葛:なんだ?
つき:……怒ってる?
葛:……少しな
つき:ごめんなさい
葛:いや、お前にじゃない
つき:え?
葛:白姫とお前に手伝ってもらわなければ覚悟を決められなかった俺に腹が立っている
つき:そんな!
葛:つき
つき:なに?
葛:本当によかったのか?
つき:うん。私はどこの誰となって送るかもわからない幸せな日々よりも、この姿のままで葛の隣にいられる幸せを選びたい
葛:つき
葛、つきを抱きしめる。
葛:ありがとう
つき:……私こそ
葛:え?
つき:あの夜、私を見つけてくれて、そして最後の瞬間まで傍にいてくれてありがとう
葛:つき
つき:これかも、傍にいてもいいかな?
葛:当たり前だ
つき:ありがとう
葛:……つき、これからは永久(とわ)に傍に……
つき:はい
―幕―
2021.06.01 ボイコネにて投稿
2022.12.21 加筆修正・HP投稿
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Special Thanks:ふぇねっく様