2022年12月22日
自分は正しいのだ、それを全面に押し出すと、たちまち問題が生じる事があります。
もちろん、正しい事もあるでしょうが、自分は正しいのだからと人の意見を聞かなかったり、自分の意見とは違う人をバカにしたりしていると、そういう自分が様々な問題を生じさせるのです。
そして、事によっては、自分が正しい故に神にさえも勝てるという勘違いをしてしまいます。
そういう風に意識していなくても、どこかでそういう気がしているのです。
しかし、神には勝てません。
私たちの存在している空間は神の創造した世界です。
故に、創造主には何があろうと勝てはしないのです。
中には、神など存在しないと思われる方もいらっしゃるでしょう。
信じる、信じないは、神にとっては何の関係もありません。
信じるから救われ、信じないから救われない、そうではないのです。
信じようと、信じまいと、人それぞれの心と言動によって、救われる事もあれば、救われない事もあります。
この世のルールがあり、それに照らし合わせて結果が出されているだけなのです。
さて、話は戻りますが、自分が正しいという認識がなければ、確かに物事には取り組めませんよね。
間違っているんじゃないだろうか、なんて思っていたら躊躇ばかりで前に進めません。
しかし、いつも自分が正しいとは限りませんよね。
それをふと自分で感じて修正できる人はいいのですが、時に人からアドバイスを受けているにも関わらず、見直そうとしない場合があります。
もちろん、全てのアドバイスが正しいとは言いませんが、一旦話を聞いて、それから判断してもいいのではないでしょうか。
いいや、自分の意見は絶対に正しい、余計な事を言うな、なんて言ってしまうと、誰もアドバイスをしてくれなくなっちゃいますよね。
人は絶対に勝てない存在(言葉として神というだけ)の元で生きています。
故に、いつも正しいのは自分だ、という頑固さは少しずつでも消していかなくてはいけないのです。
なぜなら、その頑固さがいずれは我が身を滅ぼすからです。
社会的に、精神的に、肉体的に、自分にとって弱点になる部分を刺激されるのです。
何の事か判らないかもしれませんが、頑固さだけではなく、「あなたにはこうあって欲しい」と望まれている姿と違う場合には、「違う」と指摘されるのです。
それが、会社がうまくいかないとか、気分が落ち込んでしかたないとか、病気になってしまった等の現実に表れてくるのです。
故に、指摘された事に気付き、修正できれば、時間の差はあっても、改善されていくのです。