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栗原貴子のでこぼこオンナ道

生きている限り「完璧」も「完了」もないんだな、と気付いた2022年。

2022.12.30 14:52

2022年はあっという間にもほどがあった。

振り返ると日々、起きるさまざまな事案を、一つひとつ乗り越えながら駆け抜けた1年だったなあ、と思う。


駆け抜けながら「完璧な状態を目指すことが、かえって自分を苦しめるのだ」ということに遅まきながら、気が付いた年でもあった。完璧なんて、手に入らない。もっと言えば「完了」も未来永劫、訪れることはない。いつも、何かしらの問題や課題や用事や手続きなどなどが目の前にあって、それを一個ずつクリアしていくこと。それが、生きるということなんだな、と思う。


それらを「面倒だな」「大変だな」「苦しいな」という気持ちでいたら、そりゃ苦しいし大変。でも、なんとなく愉快な気持ちで向き合っていれば、楽しくやり遂げることができる。「結局のところ、自分がどういう気持ちでいるか次第なのよね」という真理が、腑に落ちた年でもあった。


大変だった日も、1日の終わりのほんの1~2時間を楽しく過ごすことで、「今日は1日中、いい日だったなあ」と記憶をすり替えるスキルもアップした。寝る前にご機嫌モードになる秘訣は「おいしいモノをたのしく食べる」に尽きる。


スマホのアルバムの2022年下半期が「食べ物の写真」で埋め尽くされているのは、記憶のすり替えの実績である。

「すごくかわいく焼けました!」とシェフがうれしそうに出してくれた、牛ホホ肉のパイ包み。この瞬間、私の「今日」が楽しかった1日として記憶された思い出の1枚。



今年、人から言われてとってもうれしかった言葉は「栗原さんがくると、パッと場の空気が明るく、和やかになる」という言葉。「自分がいないときの雰囲気」を知る由がないので、ビフォア、アフターの実感はないけれど、素直にうれしい。



捨て活が順調に進んでいることも、今年の良かった出来事のひとつ。引き続き、あと2割ほど減らしていきたいな、と目論んでいる。

モノの量を減らし続けて、あるポイントを通過するとたちまち居心地がよくなるし、散らからなくなる、ということを知ることができたのも収穫だった。そのポイントとは「買ってきたものの収納場所に悩まない」というもの。

靴箱ならば「2足分の空きスペース」ぐらい。

タンスならば「セーター2枚分の余白」ぐらい。

このポイントを超えると、家が散らからなくなる。新しいモノを買うときも慎重になってくるし、やみくもにモノを増やさなくなってくる。精神論で自分を変えるのはとっても大変けれど、自然と変わっていく方向にもっていけば、「気づいたら、いつの間にかそういう性格になっていたな」という感じで、変わることができるんだな、と知った。


やりたかったのに、できてないこともたくさんある。

会おうね、と言い合っていた人に、会えていないとか。

行きたい、と思っていた場所に行かれなかったとか。

たいてい、突発的な「何か(主に仕事)」に気を取られ、時間を取られ、機を逸してしまうのだけれども。すべてを「完璧」に「完了」なんて、できないのだから。


やり残したことがあったからといって、自分を責める必要もないなあ、と思う。


現に今も。急遽、13鉢もの観葉植物、花の寄せ植え、多肉植物の寄せ植えと一緒に年越しすることになって、気が気じゃない大晦日イブ。植物を育てることに関しては「なんとかできるようになりました」レベルの私であり。今は冬であり、そして、私はどうやら室内に花を置くと、鼻水が出るタチらしく。さらに、多肉植物との同居は人生初めて。


この鉢植えのみなさんは、来年、撮影するモデルさんたち。


『人生には予想してなかった出来事が起きるものなんだな』を地でいっている年の瀬なのでした。


2022年も大変、お世話になりありがとうございました!

みなさまの新しい年が「愉快」にあふれた日々になりますことを、心よりお祈り申し上げます。