暗殺
雲一つない快晴の
のどかで
穏やかな日だった
きっと
こんな気持ちのいい日に
悪いことなど起こりはしないと
心のどこかで
呑気に
そう思い込んでいたのだろう
『暗殺』
-Side A-
木の葉がひらりと
舞い落ちるように、何気なく
目の前にいた上官の首が
静かに、落ちた。
え?
という声をあげる間もなく
その傍にいた同僚も、首をひと突きされ
呻き声ひとつなく、崩れ落ちた。
どさり、と人が倒れた音に
驚いた殿下が振り向く前に
私はしっかりと、小さな殿下を
胸に抱え込むことに成功した。
大丈夫
殿下は見ていない。
しかし、私ができたのはそこまでだった。
銃を抜く前に斬られる者。
撃つ前に腕を落とされた者。
私以外の、4名の護衛は
一瞬にして屠られた。
場違いなほど、爽やかな風が
さぁっと流れる。
私は、殿下を抱え込んだまま
只々、混乱していた。
なぜ
あなたが。
しかし、これ以上考えている時間はない。
目の前の「刺客」は
一歩
また一歩と、こちらに迫っている。
まるで、庭の手入れをするかのような足取りで
血濡れた刀身を、ひと払いしながら。
逃げなければ。
動かなければ、死ぬ。
まだ3歳になったばかりの
幼い殿下が殺されてしまう。
氷を纏ったかのような、全身の冷や汗とは対照的に
胸元に感じる、小さくあたたかな温もりが
折れそうな私の闘志を、辛うじて奮い立たせた。
その間、無意識のうちに腕に力が入ったのだろう。
強く抱きしめる私に抗議するかのように
殿下の、窮屈そうな幼い声が
私の胸元から上がった時。
「刺客」は一瞬、凍り付いたように
動きを止めた。
瞬間。
身体はもう動いていた。
視界に土煙が拡がる。
全力で地面を蹴ったことで、土がめくれ上がったようだ。
そう思考が追いついた時にはすでに
私は、全力で駆け出していた。
心臓の音が、ひどくうるさい
私は
これまで祈ったこともない
「神」に祈りながら
背後に迫る殺気を
振り切ることに必死だった
だから
胸元に収まる 小さな存在が
ゆっくりと、「眼」を開き
背後の刺客を見据えたことに
一切、気付くことはなかったのだ
-Side B-
-----とある帝国重臣の日記---------
(現在は焼却され、一切の記述は残されていない)
××年△月◇日
恐ろしい事が起きた
ブラムド皇子が暗殺されかけたのだ
それも皇居の敷地内で、である
ことの始まりは、×日・午前10時頃
ブラムド皇子が散歩にいきたいと、騒ぎ出したそうだ
この日、陛下は急な会合の為
アドゥミラ公国へ出立して3日目を迎えた朝だった
クラウディア皇后陛下は、
姫君を出産してから体調が思わしくないアイリス妃に
連日のように付き添っておられた
ご両親にかまって頂けない寂しさもあったのだろう
その日の殿下はことさら聞き分けがよろしくなく、
強情であったそうだ
親衛隊である1番隊の殆どは、陛下に同行
3番以下の部隊も、
生まれたばかりの姫君の警護に張り付き
九夜を経過するまでは、厳戒態勢を敷いている
この間は他の皇族も、公の場に出ることは控え
王宮にも渡らず、お住いの宮で過ごすことが
慣例となっている
いつもであれば、母上である皇后陛下が
皇子をなだめてくださるが
陛下はもう、二日も殿下と顔を合わせていなかった
侍女たちもすっかり困り果てていたところ
「皇居内の『西の園』までなら、お供いたしましょう」
と 、オルハが申し出たので
二番隊の隊員5名を引き連れて
散歩へとお出かけになられた
厳戒態勢を敷かれている皇居の敷地内
何も危険なことはないと、判断してのことだったのだろう
その結果
二番隊の副隊長、オルハを含む
隊員4名が殉職
1名が重傷を負いながらも
皇子を無傷で生還させた
現在、皇子は皇后陛下と共に
一級警護のもと、私室で大人しくお過ごしになられている
幸いにも、
皇子は救出された際には気絶していた為
暗殺されかけた時の状況を 覚えてはおられないようだ
後々、御心に傷となって残る心配はないだろう
一方、重傷を負ったアズマ隊員は 一時
生死の境を彷徨ったそうだが
時間が経つにつれて、 驚異的な早さで快方に向かっている
どうやら『スティグマ』は、回復力も怪物級であるらしい
陛下があの『スティグマ』の少年を拾った時は
いい加減にして頂きたいと、眩暈を覚えたものだが
彼がいなければ、皇子は間違いなく殺されていただろう
精鋭のカラビニエ4名を
反撃の隙を与えることもなく葬り
『鬼人(キビト)』と呼ばれるほどの
身体能力を誇る『スティグマ』に
重傷を負わせた刺客
その正体を、
私は最初から
分かっていたような気がする
アズマ隊員に意識が戻った時
彼は、団長のロディエルにすら
『刺客』の名を話そうとはしなかったそうだ
おそらくロディエルも、その様子から
全てを悟ったに違いない
人払いをした後
アズマ隊員の口から『その名』を聞いた私に
彼はその後一切、何も訊ねなかった
皇子を狙った『刺客』は
『あの者』は
もう二度と、王宮には現れまい
おそらく今日から数日も経たぬ間に
『死体』がどこかであがるはずだ
どこの誰かも知られないまま
闇に葬られる
『自殺者の死体』が