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ケアラーズカフェ モンステラ

👌周りと同じでなくても良い👌その2

2023.01.05 05:53

長男に続き次男の「あるある話し」です。

私たち夫婦に皆さまにお話しできる「子育て方法」は特にはありませんでした。

一応決めていたことと言えば、

✳️ 人に優しく

✳️ 自分のことは自分で決める(自分で決めたことには責任を持つ)

✳️ 人に左右されない

✳️ 良く遊び良く学べ (サッカー⚽️がやりたければ、学校の授業中にしっかり聞き学んで

くること。)

✳️ 「百害あって一利なし」という理由と、物が溢れた時代に【我慢すること】【必ずしも人生は自分の思い通りはならない。】ことを学んでほしく、長男が幼稚園時代に流行り始めた

ファミコンゲーム🕹は一切買うことはしませんでした。

※ 「持ってないといじめられる」という風潮がありましたが、当然そんなことはありません

でした。

【次男あるある編】

⭐️ 次男を出産した頃の私の体重と現在では10kg近く少なかったため、出産時3926gと大きかった次男は先生が私のお腹を上から押すという【押し出し】で産まれました。

誕生した直後に助産師さんに『お母さん、首がもうほとんど座っていますよ。ハイ、山田くんですよ👶』と縦抱きで会わせててもらいました。😅

長男は超難産でそのような余裕はなく、二人目にして初めての経験でした。

余談ですが、「臍の緒が随分太いなぁ」と感じましたが、結局胎盤がとても大きく(それで次男は大きかった)退院前に先生から『アルコール保存したい』と申し入れがありオッケー👌

しました。

⭐️ 赤ちゃんにも関わらず自立心が強く?添い寝を嫌がられ、寝かしつけの際身体を

ポンポンと触ると手を振り払われました。(かなりショックでした😂)

⭐️大きく生まれたこともあり、月齢からすると成長が早く3ヶ月検診の時には私の腿の上で

立っチして跳ねていたため、他のお母さんたちから「3ヶ月検診じゃないのでは?」と白い目で見られました。😆

寝返り•お座り•ハイハイと全てが月齢からすると2ヶ月位早く、離乳食(柔らかいもの)を全く

受け付けず、白米を少し柔らか目に炊いたものなどある程度固形物しか食べませんでした。

小児科の先生に相談すると、『お腹を壊さなければ良いでしょう。』と言われホッとしました。

⭐️ 多分束縛されるのが嫌だったのか?ベビーカー•室内用💺椅子(当時トットタッタ)など

一切座らず、仕方なくおんぶして移動していました。

⭐️ まだハイハイの時、当時住んでいたマンションの公園でママ友たちと子どもとみんなで

遊んでいた時、少し目を離した際長男が遊んでいた滑り台🛝の階段を1人で昇っていて昇り

きる少し手前でズルっと手が滑りてっきり真下に落ちた😆!(私は少し離れたところにいたので)と思わず顔を手で覆いました。

鳴き声がしないので見てみると、猿🐒のように階段に片足を引っ掛けてぶら下がっていました。(その1年後にも長男の幼稚園の滑り台でも同じことがありました。)😍

※ 他にも水槽引きずり落とし事件、炊飯器を引き続き落とし蓋を開けてご飯🍚を食べていた事件など•••••

✳️ スイミングスクール退学になる事件

長男が幼稚園の隣のスイミングスクールに通っていたので、一緒に通い出した途中(まだ喋れないとき)、急にギャン泣きするようになり、先生は『良くあることですから。しばらくすると諦めて泣き止むようになりますから。😋』と言ってくださいましたが、次男もさるもので

その後何回通っても一向に泣き止む気配がなく、スイミングの先生から『一旦止めた方が良いとのお話しでスイミングスクール退学になりました。(笑)

⭐️ 歩き出すようになってからは、『負けず嫌いが洋服を👕着ているみたい』と称されるようになりました。

一歳半位のときにはマンションから長男の通う幼稚園に行くのに通称100段階段🪜と言われる階段を私が手を繋ぎ昇り降りしてマンション住民の方たちから驚かれました。

2歳半違いの長男とかけっこをすると勝てないことに泣いたり😭•••。

✳️ 一歳半検診のとき、特に泣いたりぐずったりもしていない次男を診察された初対面の

シニアの男性医師から『身体は大丈夫です。だけど、お母さん、この子を育てるのは難しい

ですよ。良く育てば物凄く良く育つけど、逆に一歩間違えるととんでもなく悪くなるから

気をつけて育てなさい。』と言われました。

私は既に次男にその片鱗を感じていたので、『やっぱりそうでしょうか。』と医師のいわれた

言葉に妙に納得しました。

※ その時に言ってくださった医師には後々まで感謝することになりました。

次男に対する育て方はそのとき大事なヒントをいただいたと感謝しています。🙏

⭐️ 2歳位のときには長男がローラー🛼スケートで滑り始め、履くサイズのローラー🛼靴が

ないのにどうしても滑りたいと、主人が一番小さいサイズの靴に工夫をしどうにか履けるようにし滑ることができた次男はご満悦でした。

自転車も3歳前には補助を外し乗っていました。🚲

⭐️ 3歳になる頃に現在の家(私の実家)を二世帯住宅に引っ越すことになりました。

2階のトイレにミニカー🚙を流し、途中で詰まり大騒ぎとなり、商店街にある水道工事屋さんから業務用バキュームを借りて来て事なきを得ました。😆😆😆😆😆

更に負けず嫌いに磨きがかかったのと、トンガった性格には時には手を焼きました。

人に当たるというより、自分が思うようにできなかったり負けたりすると自分に

矛先が向かいました。

✳️ 引っ越しから1年後幼稚園を決める時に、近くにある幼稚園と少し離れた幼稚園に次男を連れて個人見学に行き、次男が決めたのは少し離れた幼稚園でした。

理由は、決めた幼稚園の方が教室も園庭も広くからという理由と、長男と同じように幼稚園が終わった後スポーツクラブが体操を教えに来てくださることでした。

※ 幼稚園年中から長男と同じ少年サッカー⚽️クラブにお世話になり、その後3学年上の長男の

チームの試合にも時々出させていただきました。

忘れないのは、小3の時、翌日が学校で記念写真を撮る予定になっていたのに、

何か自分に腹が立つことがあり、気づくと自分で前髪をハサミ✂️でパッツンしていてとんでもないことになっていて慌ててその日仕事が休みだった主人にいつもカットしてもらうところに連れて行ってもらいどうにか誤魔化していただきました。😆

ただ助かったのは、本当にお兄ちゃん子だったことです。