【2022−2023濱口竜介監督×元町映画館、年末恒例茶飲みトーク後編】支配人廃止で映画館の働き方改革を
後編では、濱口監督から元町映画館の2022年についての質問をいただき、2ヶ月の入院という仕事からの隔離期間を終えての林の心境や、その間、支配人代行を務めた高橋と共に、映画館の働き方改革についての決意を示すトークになっている。ぜひ、ご覧ください。
【2022−2023濱口竜介監督×元町映画館、年末恒例茶飲みトーク前編】アカデミー賞とそれから はコチラ
■2023年、元町映画館は生まれ変わる一年に
――――元町映画館の一年はどうでしたか?(濱口)
林:わたしは最近入院していたので、それ以前のことはもう忘れた!という感じです。
高橋:林の病気が判明したのが9月半ばで、前日にゴダール監督が亡くなったところだったので、偉い人が死んだ翌日に、大変なニュースがやって来たなと。病院の先生が落ち着いて「大丈夫」と言ってくださり、自信を感じたので治るなと思いました。
林:リハビリ病院も含め、2ヶ月半入院したのですが、入院までとにかくバタバタ。年内の編成をざっくりと組み、「あとはよろしく!」という感じで全てを高橋に委ねたので、彼はとても大変だったと思います。わたしもパソコンを病室に持参はしていたのですが、だんだん仕事へのやる気を失い、最初の方は上映候補作のサンプルを観て感想を送ったりしていたのですが、後半はほとんどメールチェックもしない状況でした。
高橋:この10年余りにわたって、特に後半は支配人として背負っていた荷物が、少しずつ落ちていったのではないかと思うのです。最低限のことは自分がやるし、急に元町映画館がなくなることはないから、安心するようにと伝えていましたから。
林:わたしがいなくても元町映画館の運営がまわっていて、本当に安心したんです。病室で仕事をする必要なんてなくない?と。そうすると、どうしてわたしは今まで馬車馬のように働いていたのか疑問を持つようになり、仕事=私という感情がなくなりました。昨年の濱口さんの宣言を受け、2023年に向けて「休みます!」という気持ちです。働くことは嫌でないけれど、ついに働きすぎ問題を自己解決する日が来ましたね。
濱口:きっかけとなった入院は本当に大変だったと思いますが、その展開は素晴らしいですね。
林:映画業界ではやりがい搾取や労働問題が、コロナ下でようやく表に出てくるようになりましたが、これではマズイと言いながら、結局誰も改善できていない。わたしは幸か不幸か、このタイミングで入院期間があったので、自己解決に向かっているけれど、日常生活を続けながら、徐々に切り替えていくことはできないと思いました。結果、元町映画館は2023年、生まれ変わります!
濱口:すごい!
林:常々、番組編成は今の時代をしっかりと見ることができる30代ぐらいのスタッフがやっていることが理想だと思っていたけれど、どうやって引き継げばいいのかわからなかった。でもこの機会に、1月から番組編成を専従スタッフの石田に引き継ぎ、全4人の専従スタッフそれぞれの作業分担を誰か一人に過度な負担がかかりすぎないように平均化していこうという相談を高橋としています。その中で、支配人という役職は要らないのではないかと。高橋が代表理事なので、責任者となれば高橋が出ていけばいいわけですから、会社組織のように、人事部が和田、総務部がわたしという形で2023年から支配人を廃止します。
高橋:映画館で支配人という役職を廃止するのは初めてではないかと思いますが、その肩書きがあるせいで、問い合わせの際も「支配人、いますか?」と全部が集中してしまう。今まではそのせいで、問い合わせのほぼ全てが林に集中していました。現状を打開するための落とし所が脱支配人で、林とも意見が一致したわけです。
■誰も残業しない映画館を目指して「支配人」廃止へ
林:支配人をなくしてみたらどうなるだろうという、チャレンジですね。社員総会で問うたとき、社員の江口を含め、会社が「それでいいんじゃない」と言ってくれる。その軽やかさやそういうチャレンジをさせてくれるところが、元町映画館らしさです。各担当が担いながらも、他の人のフォローをしていくというのも、元町映画館だからできる形かもしれない。チームで運営していますから。
高橋:開業時は元代表理事兼支配人の藤島と林、僕の3人で、支配人の仕事もみんなで分担して業務を行っていたので、そのやり方が2023年からの改革で使えるのではないかと思っていたんです。普通は誰にも任せないという形に陥りがちですが、良い意味で任せていく形にしていきたい。
濱口:お話を聞いていると、ハラスメント問題や働きすぎ問題に対してもすごく有効性のある手立てですね。それをやるためには、ここまで組織が続いてきたことが大事ではあると思いますが。
林:第一歩のハードルが一番高いと思うので、支配人廃止について「ええんちゃう!」と言ってくれた会社に感謝です。
濱口:とても大事な実験ですね。
林:ハラスメント対策もそうですが、どこよりも、誰も残業しない映画館を目指していきたい。
高橋:賃金を上げるためには給与を少しでも増やすという絶対的賃金アップも必要ですが、相対的賃金アップも目指したい、そのために僕らは休みを増やしたり、日々の作業を楽にすることをしたい。長い間提唱しても、なかなか実現しなかったのですが、今回、林の入院をきっかけにした業務改善でそれが具体的に見えてきた。
濱口:一人欠けても営業をまわせる状態を作った上で、林さんが戻ってくるわけですから。
林:他の映画館も元町映画館の形がええやん!と言ってもらえるように、うまく中でまわしつつ、労働環境を良くしていきたいですね。
高橋:こうすればラクになるということを、他の映画館に伝えたいですね。
濱口:ある種、何かを手放すことによって、うまく流れていくことがあるかもしれません。
■元町映画館の公民館化計画
林:2階イベントルームとして使っていた部屋は大家さんに返したので、1階のシアターを使って、講座やトーク企画、2階ロビーを使ってのワークショップなどを企画したい。コロナ下でずっと同じ話をしていますが、映画を観ない人にとっても価値のある場所を作り上げていくことをずっと江口と考えているんです。元町映画館の公民館化計画を進めていきたい。
――――公民館化とは何を指しているのですか?(濱口)
林:映画じゃない目的で元町映画館を利用してもらう機会を作るという感じですね。どうしてもステージと客席という形は変えられないので、講座的なものをプログラムに入れる形になると思いますが。
濱口:講座は市民発案になるのですか?
林:企画は当館でやっていくので、場所貸しをするという意味での公民館とはちょっと異なりますが、持ち込み企画も相談次第では可能性があります。
濱口:実際に人が集まる「場所」があることの価値は揺るぎないですからね。
林:映画を信じていない訳ではないけれど、映画だけで続けることは幻想的になってきたという実感があります。ただ、映画好きな人が本好きでもあったり、いろいろなカルチャーが繋がっているので、いろいろな興味を享受できる場を目指していきます。トーク企画や講座では、収益的なことを考えると配信もしたい。その機材や配信プラットフォームの選定を行っているところです。
濱口:大事な試みだと思います。もし何かわたしのほうでも出来ることがあれば。
林:是非是非、お願いします!
■積極的に流れを止めて、見直すチャンスを逃さない
――――毎年年末に『ハッピーアワー』キャスト、スタッフのみなさんにお越しいただき、本当にありがたいです。(林)
濱口:それは毎年、上映していただけるからです。今日は満席ということで本当にありがたいですね。
林:これだけ毎年上映していても、毎年初めてご覧になる方もたくさんいらっしゃいます。当館にとっては年末の風物詩でもありますし。
濱口:元町映画館の「忠臣蔵」にしましょう!と言っていただいていましたね。実際、年を重ねてそうなってきているようにも思いますし。
林:本当に古びないんですよ。2015年の作品で、#MeTooを経てより意味を持つ作品になっている気がしますし、今はもっと深く感じられる部分もあります。「古びないって、こういうことなんだろうな」と。
濱口:そういうことを確認させていただく上映でもあるし、今日お話を聞いていて、コロナ下で色々なことが止まったことは、チャンスでもあったと感じていました。特に日本の映画産業は、本来なら成立してはいけないような環境下で成立してしまっているところが制作現場では特にあります。だから立ち止まったり、縮小することで、意外とそれでよりよい発見もたくさんあったと思うのです。そこから続けられるものは続けていけばいい。
今まで明らかにおかしかったけれど、流れを止めて見直すチャンスがあったなら、それは積極的にやめていかなければ、ずっとおかしなことが再生産されてしまう。
林:強制ストップが掛からないと、業界としても個人としても立ち止まれないので、今年本当にいい機会だったと思います。今までやりたくても時間がなくてできなかった広報や企画を頑張ろうと思いつつ、なかなかやる気が起こらない(笑)
濱口:体が働く気にならないときは、働かないべきなんです。すべての人がそうできるわけではないけれど、もしそうできる環境があるのであれば、そうするのがよいことだし、そうできる環境を皆でつくっていくのがよいと思いますね。
林:仕事のメールチェックをしなくても大丈夫と思う日が来るなんて。わたしは貧乏性なので、濱口さんのように一切を断るなんてことができなくて、有象無象も何かあるかもしれないと受けてしまいがちだった。最終的には全部断ることになるなら、最初からやらなきゃいいじゃないかという話です。立場的にもそういうことから解放されますね。
あとは、みんなに「検診を受けましょうね」と言っていきたい。映画業界の人はみんな定期検診を受けたりしないですから。わたしは乳がんを機に甲状腺がんも見つかり、それらは手術をすれば終わりとナメていました。今回、脳に転移し、「がんは転移する」ということを学び直しました。これからは治療中の身であることを自覚していきます。自治体の検診でいいので、年に一回でも受けておくといいですよ。がんになってからの方が面倒臭いし、早く見つかった方が通院の頻度も少なくて済みますので。
――――ありがとうございました。それでは最後に2023年の抱負をお願いしましょうか。(江口)
濱口:2023年は働く気が起きたら、働くことは拒まない。どうですか、昨年に比べてこの前向き感!2022年は一連のことで、この先、自分がどうやっていきたいかを考えさせられました。今年はちゃんと動いて、新作なのかわかりませんが、また元町映画館にも来たいと思います!
林、江口:是非是非!!!
濱口:年末に限らず、よろしくお願いします!
林:「病気はお金がかかる」と「アカデミー賞は疲れる」で、2022年を締めくくりますか(笑)
(江口由美)