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2022年ベスト本 ~サポーターズセレクト~

2023.01.07 15:07

 あけましておめでとうございます。

 無事、2023年となり、1週間が経ちました。

 今年も慎ましく、しかしながら好き勝手にこちらのブログを続けたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。


 新年最初の記事ですが、やはり2022年ベスト本について、といきたいと思います。

 ただ私、ブログ主ですが、恥を忍んでお伝えすると、昨年読んだ本の8割は既に記事に書いてしまっております。いくらベストだと言っても何度も同じ本を特集するのは憚られる……という理由により、というか、そんな理由にかこつけて我らがポラン堂サポーターズの力を借りようと思い至ったわけです。


 昨年の記事も何度かお任せしました、ポラン堂店主の元ゼミ生からのプロ作家の阿月まひるさんと、ポラン堂店主も感嘆する脅威の読書量を誇る梅子さんに、「2022年一番面白かった本」について書いていただきました。

 両者とも申し分のない楽しい記事になっておりますので、ぜひご一読くださいませ。





夏木志朋『二木先生』 ~阿月まひるさん~

 2023年明けましておめでとうございます。まだどんな年になるのか甚だわかりませんが、2022年は『あれは閃光 ぼくらの心中』/竹中ゆゆこ、『君のクイズ』/小川哲などいい本との出会いが多い年でした。その中での個人的ベスト、『二木先生』/夏木志朋について語ります。


 ポプラ社小説新人賞を受賞している、単行本「ニキ」を改題した本作。美しい斜め45度の角度で映った男性の表紙が目を惹きます。この男性こそが「二木先生」なのですが、マジック・クレヨンとおぼしきモザイクで目元を執拗なほど隠されています。また、コラージュされた作中の文言や、黄色い背景など、見るからに普通ではありません。「イタイ高校生×ヤバイ先生」となんともわかりやすいキャッチコピーもその直感を後押ししてくれます。


 イタイ高校生こと田井中くん。

 彼の視点で話は進みます。

 田井中くんは、ヤバイ先生こと二木の弱みを握る唯一の人物です。二木はバレたら教師を続けられないような「秘密」を抱えており、その上でそれを、たまたま気づいた田井中くん以外、周囲の誰にも、微塵も気づかせない「普通の振る舞い」ができる大人です。

 田井中くんはその「普通の振る舞い」をしたくてたまらなかった。別に倒錯的な思想や破壊的な衝動なんかを持っているわけでもないのに、何をやってもどこに行っても失笑を買い、眉をひそめられ顔をしかめられ、変わってるね、と片付けられる田井中くん。皆を観察し、皆と同じようにしてるつもりだったのに、何故か皆に受け入れられない田井中くん。

 田井中くんは、自分のことを、諦めることも変革することもできなかった。鬱屈していた。停滞していた。……自分なんかよりよっぽど「ヤバイ」爆弾を抱えているはずの二木は何故、教師なんかできるのか? しかもだいたいの生徒に好感を持たれているのは、どうしてなのか? 「変わっている」田井中くんは、自分だけ知っている先生の秘密を切り札に、二木を脅すことにしました。

 こ~の田井中くんのキャラメイクがね、もうこの時点で刺さりまくりでした。「変」の解像度が高すぎるんですよね。こう明言するのは野暮極まりないですが、発達障害やらグレーゾーンやらと一言で片付けられる「変」さではあります。診断はつかなかった、と作中にはありますが。


 こういう話が出てくると、ついつい田井中くんのお母さんのことを考えます。母子家庭で、幼い頃から周囲と馴染めない一人息子を一人で育てる女の人。

 彼女は田井中くんに「あんたは見る目がない他人のことなんか気にすんな。そのまんまでいいんだよ」と言います。

 これをことほぎだと思いますか? 

 とても耳障りのいい言葉です。こういうのよく聞きますね。自分は自分。他人からの評価で傷つくことはないよと。

 どうすれば皆と同じになれるのかと悩んでいる息子への慰めになりますか? 

 高校生になるまでずっと息子を育ててきた母親も既にいっぱいいっぱいでした。母親だったら子どもにいつもパーフェクトなパフォーマンスをできるなんて幻想です。聞こえのいい言葉は、彼の母親である自分へ言い聞かす言葉でもありました。そう……この子はこれでいいんだと。

 そんな母親は、息子の目の前で、二木に電話をかけます。あなた最近、うちの息子をつれ回してるようですが、何を考えてるんですか?と(田井中くんが二木先生を脅す関係で色々あって)。

 そして長年育ててきた息子ではなく、二木の言葉によって彼女はほんの少し、救われます。

 この構図がまた胃にきました。

 「普通」をうまく装う二木の、嘘と真実をいい感じに織り混ぜた説得で、ボロボロと泣き崩れる母親。を、見るしかない田井中くん。

 マジできっついんだけど。作者さん描写力が高すぎるぞ。湿度の高いキャラメイクがうますぎるぞ。


 ここから田井中くんは幸せになれますか? 幸せってなんですか?ってつい青臭いことを考えてしまいました。最後の一行を読み終わったあとも、本を閉じたあとも、しばらくずーっと、数日間、数週間、この小説のことを考えていました。

 小説がうまい人の小説は読者を上手に傷つけます。素晴らしいことです。

田井中くん主導で始まった脅し・脅されの関係はほんっ……とに薄氷の上もいいところで、破滅にむかってんなあ、と感じること受け合いなのですが、もうそのまま突き進んでくれ、といつしか願うようになります。田井中くんは必死です。いつも真剣です。だから応援したくなる。脅迫なんていう卑劣な行為をしてることを棚にあげ、どうにか……どうにかならんか……?と祈りたくなります。

 神はどうにかしません。調子にのった人間に罰は与えますが、人間を救うのは人間です。田井中くんが幸せになるためには、田井中くんががんばらないといけないわけです。未成年だろうが高校生だろうが、教師だろうが変だろうが普通だろうが、それは普遍の不文律です。


 この作品が作者さんのデビュー作っつうんがまた恐ろしかったです。いっぱい印税でウハウハしていただき、満を持しての次回作を期待したい所存です。





アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』 ~梅子さん~

 ぎり200読めなかった半年、面目ない。ポケモンの力も凄かったが、さすがに飽きもきた。ページを開きさえすれば一気に読めるのに、中々手が動かないあの怠さ。過剰摂取による副作用は読書にもある。

 そんな中、年末に出会った「ペンギンの憂鬱」とってもいやされました。漢字変換は読んだ方に任せます。


 あまりにも死が溢れた時代のウクライナを舞台に、ペンギンと二人暮らしをする売れない小説家が新しい仕事を得るところから、物語は始まり、雪と埃の臭いを纏って冬を目指す。

 歴史的ノンフィクションに近いフィクションを読む事に長けた熟練の大人方には、ソ連崩壊後のウクライナに住む短編小説家が意図せず巨大な陰謀に飲み込まれていく、と聞いただけで心に触るものがあるのではないだろうか。


 ただ、ソ連崩壊後とか言ってしまうと、ラノベ的小説に慣れた若者達にはハードルが高く感じるかもしれない。いや待て、読みやすくなる要素があります。説明しよう。

 あっさりと主要登場人物の紹介から、くたびれた40男、憂鬱なペンギン、サンタクロースを信じる少女、年下のベビーシッター、三人と1匹で構成された疑似家族。SPY×FAMILYと同じですね、急に読みやすいくなりました!

 そもそも、くたびれた男に少女の付け合わせはどこかのジャンルで人気があるし、ものすごい年下の彼女は手の届きそうなフィクションとして有名だ。部屋にいるメートル超えペンギンというファンタジーで癒しを備えた事も考慮すれば、なろう系小説にも出来そうな設定ではないだろうか。

 性別が出た記憶はないが、このペンギンがメスならハーレム小説の可能性まで持ち上がる。都合良く車を出して別荘を貸してくれる男友達と、ピンチに助言と指示をくれる金払いのいい上司という助っ人キャラが二人もいた事を考えると、本当にそうかもしれない。

 割と適当な事を並べているつもりだったが、あまりにも本筋から離れる類似点が見つかって少し引いている。

 ここまで比べてきたラノベ的フィクションに溢れているのは、主人公の成長や強化だ。彼らは努力し、また才能を開花させてより強く変化していく。一方ペンギンと暮らす小説家は、望まぬ才能に溺れ、首を絞められながらうろうろと日常を彷徨っている。手が届くものは当然として掴みながら、見えるだけの夢が手に入らないと嘆く生活の中に、風呂場ではしゃぐペンギン、尊い。


 まとまった金を目当てに、生きている人間の追悼文を書き始めた男だが、だんだんと自分の書いたものが日の目を見ないことにフラストレーションを感じ始める。それがどういう意味を持つかなんて全く考えず、ふとしたきっかけで、彼が追悼文を書いていた人間が死んだ事さえ、始めはなんてことなく受け入れる。自分の書いたものが新聞に載る喜びを、誰かが死んだ事とは別のことのように受け入れた彼の文章は、続々と掲載されていく。

 生活が少し楽になっただけ、何も変わっていないと思い込もうとする短編小説家の、だけど周囲は澱みなく進んでいく。大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせて耳も目も塞いだ彼の、手だけが動いてペンギンに餌をやり、少女にカラーテレビを買って、ベビーシッターを抱き寄せる。そしてまた、誰かの追悼文を書く。気まぐれに、自分の追悼文を書いてみることもあるかもしれない。

 情けない事を当たり前に、無気力な事を当たり前に、不安を感じながらも楽な仕事を手放せず、危険を知っているのに逃げもしない。その辺によくいるような人間の、愛していないのに愛されたいなんて、自分勝手で親近感の湧く独白に長いこと引きずられたまま読み終わると、集中で凝り固まった首を回したくなるに違いない。

 次にくしゃみを何回かして、冷たさと歴史を追い出したら、南極の春に思いを馳せるのだ。





 以上、お二人でした。ブログ主、あひるに戻ります。

 こういったSNS社会になって、というのが正しいかわかりませんが、年末年始になるといろんな人の「年間ベスト」が映画でもドラマでも音楽でも、そして小説でも溢れかえります。とても賑々しく、嬉しく、この季節の好きなところの一つです。

 こういった「年間ベスト」を見かけると、次に読む本の参考になるなぁということ以上に、私もまた1年楽しんで読むぞ、というモチベーションにもなります。少なくとも私はなりました。

 まだ2023年は始まったばかりですし、2022年は終わったばかりです。

 昨年をいろんなふうに振り返りながら、また楽しい一年にしていきましょう。

 あらためて、今年もよろしくお願いします。


(ちなみにですが、ブログ主あひるの年間ベストは、わたくしのツイッターアカウント@chick_duck_mの現在固定ツイートになっておりますのでよろしければ……)