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あんしん|中島梓織

2018.04.18 13:40



こんばんは、おぺです。



安心について考えます。


漠然とした不安、というのが、あると思うのですが、よくそれを感じます。なんか、なんかよくわかんないけど、なんか、よくない気がする。別になにがとかではなく。なんか。なんかね。


不安になったときはそれをなるべく具体的にする、細分化する、可視化する、というのはよくやってきたことですし、いいへんじでやっていることもざっくりといえばそれです。


それなのですが、最近はそれもサボって、細分化なんてせずに、


ん〜〜〜なんかふあん〜〜〜でもねちゃう。


みたいなことが多いです。



寝れるならいいだろ!寝て忘れろ!


そうなんですよ。


寝れるならいいじゃないですか。寝て忘れられるくらいの不安なら、初めから不安がらなければいいじゃないですか。って思います。



じゃあ、なんで、わざわざ。。


そこに、おそらく、「不安であることの安心」が、あるからだと思うのです。



(このことはまたいつか書けたらと思うのですが、)20年そこらしか生きていませんが、いまのところ、怒られたり叱られたりすることが少なかった人生でした。自分としてはそう感じています。


で、少ないからラッキー、というよりは、怒られたり叱られたりしないけど、わたしこういうとこあるんだよな、、自覚自覚、、という思考に行きがちです。


自分で自分を監視してないと、不安、みたいな。


監視、っていうと、けっこうおおげさな言い方ですけど、いいことか悪いことか、というか、なにか悪いことしてないか、自分で把握できていないと、不安、みたいな。


逆を言えば、不安、ということは、わたしなにか悪いことしてないかな、という思考が働いているということ(が多い)ので、ちゃんと自分を見ておこうとしているな、自覚しようとしているな、というそれ自体は、安心。


誰かに怒られたり叱られたりはしないけど、自分でそれを捉えようとしているから、安心。(捉えられてるかどうかは別として。) 


だから、不安だと安心なんだな、って。だから、とりあえず、ふあん〜〜〜って「なる」、というより、ふあん〜〜〜って「してる」んだろうな、って。



健康に悪くない?!


その安心、めちゃくちゃ健康に悪いじゃん!


しかも、もともとは「わたしなにか悪いことしてないかな」と判断したくて、把握しておきたくて、不安になってたのに、最近の自分ときたら、「不安である」だけで満足して、寝ちゃう。


形骸化!



そんなの、「自分は今日も善く生きた」って思いながら生きてるほうがぜんぜんいいじゃん、みたいな。。



まあでもやっぱり自分のことは日々顧みながら生きていきたくて、だからこうやって、不安に安心してる不安の具体化、細分化、可視化はできたから、ちょっと、安心したんですけどね。



なんでこんなこと書いたかというと、最近はずっと「いきすぎた自己完結」の恐ろしさのことを、考えているからです。


漠然と不安、その正体、その対処、それだなあと思って。


稽古でも、普段の生活でも、自分以外のひとに意見を求めることが、いままでより、より多くなってきたのも、それゆえかもしれないです。


求めすぎちゃってたらごめんなさい。不慣れ。。




もう、とりあえず、部屋を掃除したらいいんだと思う!!!!!