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超人ザオタル(94)生きる意味

2023.01.09 11:28

その日、私はひとりで散策にでかけた。

朝食の後に外の空気を吸いたくなったのだ。

人々が行き交う町の中心を抜けると、見晴らしのいい丘に出た。

腰掛けるのにちょうどいい岩を見つけて、そこに座った。


緑の草木に覆われた幾重もの丘陵が目の前に広がる。

清々しい風が吹き、それを受けて身体が安らぐのを感じる。

ハルートはどのあたりまで行き着いただろうか。

つい、そんなことを考えてしまう。


この世界は身体にとって過酷だ。

自然に対してあまりにも弱い身体で生きている。

その身体を脅威から守り続けるだけでも大変なのだ。

身体を損なえば、死はすぐそこにある。


だから、死にたくない、病気を直したいと人は願う。

それは人間として当たり前のことだ。

だが、なぜ生きたいのか。

病を治して、どうしたいのか。


この世界で楽しく生きていくためだろうか。

どれだけこの世界で楽しんだとしても、

この身体はいつか死を迎えるのだ。

それを避けることはできない。


死んで、そして生命はまたこの世界に生まれ変わる。

絶え間なく、流れるように人の生死が繰り返される。

そこで何をするべきかが問われているとは知っている。

その答えを出すために、人は賢くなろうとする。


賢くなることは悪いことではない。

厳しい生死の流れの中で何とかしようともがいている。

もがきながら学ぶことは大事なことだ。

それが失敗の山を築くことになるとしても。


その流れの中で、自分は誰なのかという疑問が生まれる。

その疑問が大事な疑問なのかは分からない。

だが、なぜこの世界で生きているのかという疑問に答えるためには、

自分が誰なのかという謎解きは避けて通れない。


この短い人生の中で、その疑問の回答を得るのは難しいことだ。

ようやく、その疑問の重要性を知って、終わることも多々あるだろう。

世界が楽しいことで溢れていれば、そのことに目が向いてしまうものだ。

だが、私たちにはアフラの波動がある。


そう願えば、自分が誰かの答えを知ることができる。

それが人の唯一の希望なのだ。

この身体はこの世界のものであり、世界が何かをさせるだろう。

その世界の流転に従って、生きていくしかないのだが。