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七枝の。

台本/花は咲かない(不問2)

2023.01.13 07:00


〇作品概要説明

主要人物2人。ト書き含めて約9000字。自殺未遂した中年を高校生がペットにする話。


〇登場人物

春陽:はるひ。中性的な少年。(少女でも可)15歳。不登校。ひとり暮らし。幼い。

忍:しのぶ。30代くらい。性別改変可。自己肯定感が著しく低い。一人称私。

※語尾一人称変更可。変えなくても性別改変できると思います。


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

https://natume552.amebaownd.com/pages/6056494/menu

作者:七枝


本文




〇Mはモノローグ。

〇野外の公園にて、早朝。男が大木の前で首を吊ろうとしている。

忍:………(生唾をのみこむ。勢いよく土台にしていた石を蹴り転がす)

SE:縄の音。

忍:ぐっ、うぁ、うっ

〇しばらく苦しむ男。自重に耐え切れず、枝が折れる。

忍:……うっ、はあっ(激しくせき込む)

〇間をおいて。

春陽:なーに?きみも、自殺志願者?

忍:……っ!

春陽:もったいないなぁ。

忍:ほっといて、ください。

春陽:う~ん、どうしよっかな。

忍:…………

春陽:ねぇ。それ、もらっていい?

忍:…………

春陽:いいでしょ?死ぬなら必要ないよね。ちょうだい?

忍:…………

春陽:きいてる?

忍:それ、って……

春陽:それだよ。君が折った枝。

忍:……ああ。

〇忍、縄を巻いていた枝を拾い上げて渡す。

春陽:ありがとー!窓辺に飾るんだ。

忍:………もったない、ってそういう……

春陽:え?うん。そうだよ?

忍:(ためいき)

春陽:きみはどうするの?これからもう一回しぬ?

忍:どう、するかな………

春陽:今日はやめとけば?

忍:でも……

春陽:花が咲いてからでも遅くないよ。

忍:………花?

春陽:うん。ここ、つぼみがほころんでるでしょ。

忍:気づかなかった。

春陽:そうなの?ここらへん有名な花見スポットなのに。

忍:そうか。

春陽:春になったら一斉に咲くんだよ。すごいんだよ。それ見てからにしなよ。

忍:いまさら、花をみたところで、

春陽:どうして?綺麗なのに。

忍:……行くところもない。

春陽:おうちがないの?……そっかぁ。じゃあ僕のとこに来る?

忍:……きみの、いえ?

春陽:僕、ペットがほしかったんだ。

忍:…………

春陽:ねぇ、いいでしょ?そうしようよ。きみが捨てた命を僕が拾ってあげる。

忍:……捨てたわけじゃ、

春陽:さっきまで首吊ってたのに?

忍:…………

春陽:じゃあ、花が咲くまででいいよ。花が咲くまで、もう一度きみがここで死ぬまで、僕に飼われてよ。

忍:花が、咲くまで?

春陽:おいで。

忍:(M)彼の手を取ったのは、なぜだろうか。

忍:(M)正直にいうと、私はつかれきっていた。全身が痛いし、金も身よりもなければ、自殺の影響で小便を漏らし不快な匂いがした。

忍:(M)彼が私を拾ったのは、なぜだろうか。

忍:(M)理由はまったくわからなかった。思い当たるほど、私は私に価値を見いだしてなかった。

忍:(M)ただただ休みたかった。暗闇の中で、丸くなりたかった。だというのになぜか、足は止まらず手を引かれていった。

〇間をあけて。

〇春陽の家。郊外の小さなアパート。

春陽:ここ、僕の家。

忍:ご家族の、人は。

春陽:いないよ?ぼくひとり。

〇忍、表札を読み上げる。

忍:……北条。

春陽:北条春陽。ハルって呼んでね。

忍:ハル君ですか。

春陽:うん、あがって。

忍:ハル君は、おいくつですか。

春陽:15。

忍:中学生?

春陽:高校生。通ってないけど。

忍:…………

春陽:へんな顔してる。

忍:私みたいな中年が、未成年の一人暮らしにお邪魔していいものでしょうか……

春陽:誰がダメっていったの?

忍:…………

春陽:大丈夫だよ。

忍:(ためいき)

春陽:おなかすいた?ごはんたべる?

忍:それよりも着替えを。よごれているので。

春陽:わかった。

忍:(M)ぐるりと部屋を観察する。6畳半のワンルーム。申し分程度の小さな冷蔵庫。机がわりの段ボールに、ぎちぎちに本が詰まった本棚、窓辺におかれた植木鉢と、

忍:花……が、咲いたら。

忍:(M)もう一度、死ぬのか。

春陽:どうする?

忍:え?

春陽:服、サイズあうのがない。

忍:あ、ああ………

春陽:大きめのジャージなら入るかも。

忍:ではそれを試してみます。脱衣所を借りてもいいですか?

春陽:いいよ。

忍:…………どうでしょうか。

春陽:苦しそう。

忍:貴方が見苦しくないのなら、それで。

春陽:いいの?

忍:特に希望はありません。

春陽:そっか。……でも苦しそうだから、今度新しいの買いに行こうね。

忍:お金は、ありません。

春陽:僕がだすよ。きみは僕のだもん。

忍:はぁ。

春陽:嫌?

忍:いや……そうですね。花が咲くまで、でしたっけ。

春陽:うん。

忍:なら、そういうものなのでしょう。

春陽:うん。……ありがと。

忍:なぜ感謝を?

春陽:嬉しかったから?

忍:疑問形なんですね。

春陽:きみはなんで嫌なの?

忍:なにが?

春陽:僕に服かってもらうの。

忍:ハル君がこどもだから、でしょうか。

春陽:ふーん。めんどくさ。

忍:すぐ大人になりますよ。

春陽:……そうかなぁ。

忍:ハル君?

春陽:ううん。ごはんたべよ。冷蔵庫にミルクもあるよ。

忍:(M)出されたのは、プロテインバーと牛乳だった。

春陽:めしあがれ。

忍:これ、は……

春陽:たべないの?

忍:あの、冷蔵庫の中をみてもいいですか?

春陽:いいよ。

〇忍、冷蔵庫を開ける。

忍:何もないじゃないですか……

春陽:ミルクがあるよ。

忍:……ハル君は牛乳がお好きなんですか?

春陽:嫌いじゃない。

忍:プロテインバーは?

春陽:嫌いじゃないよ。

忍:好きな食べ物は……?

春陽:わかんない。きみはなにがすき?

忍:私は……私も、わからないです。

春陽:へへ、おそろいだね。

忍:ですね。

春陽:ミルクはね、いつかペット飼った時にあげようと思って買っておいたんだ。

忍:はぁ。

春陽:でもきみは大きいからミルクじゃなくてもいいんだね。

忍:……猫や犬も、人用の牛乳は飲まないんですよ。

春陽:そうなの?

忍:ええ。あげたら、おなかを壊します。

春陽:そっか。詳しいな。

忍:むかし飼ってました。

春陽:ねこ?

忍:犬です。

春陽:仲良かった?

忍:……とても。

春陽:いいなぁ。

忍:……明日、ごはんを買いにいきましょう。

春陽:ごはんあるよ?

忍:この牛乳、もう腐ってますよ。

春陽:ありゃ。

忍:飲まない方がいいです。

春陽:わかった。……ねぇ。

忍:なんですか?

春陽:きみの名前、なんていうの?

忍:……砂原忍です。

春陽:さはら、しのぶ。

忍:はい。

春陽:僕のペットは、忍。

忍:(M)そうしてそのこども……北条春陽との生活が始まった。春陽は、不思議なこどもだった。

忍:(M)幼い言動で私を振り回したと思えば、たまに大人びた口ぶりで私を褒めた。

忍:(M)影のある目で雨どいを眺めたかと思えば、晴れた日には嬉々として散歩にでかけた。

忍:(M)彼の部屋にはテレビもラジオもなく、スマートフォンだけが唯一の外部とのつながりだった。が、それさえもいつも段ボールの上に放り投げていた。

忍:(M)彼は孤独だった。いつもひとりで散歩をするか本を読んでいた。

忍:(M)私はそれを、なんともなしに見ていた。まるで主人の足元にはべる犬のように。

〇1週間後。春陽のアパートにて。

春陽:忍、行こう。

忍:はい。

春陽:今日は公園に行く。橋わたって、公園の花を見に行こう。

忍:わかりました。

春陽:ほらみて、サザンカが咲いてるよ。

忍:綺麗ですね。

春陽:うん。綺麗なのはいいことだ。知ってる?「サザンカ」って名前は最初「サンサカ」って名前だったんだ。

忍:さんさか。

春陽:ツバキの中国名だよ。ツバキとサザンカはよく似ていてね、ぱっと見、区別がつきにくいんだ。見分け方の特徴は主に、葉を見るか花の散り方でわかるんだけど、

忍:(M)春陽は、ときおりこうして饒舌(じょうぜつ)に話しかけてきた。私は、それを聞いたり、聞き流したりしながら彼の横顔をみていた。

春陽:それにね、自生種と園芸種だと開花時期が違うんだ。僕は色とりどりの園芸種も好きだけど、こうして野に咲く自生種も好きだよ。まるで雪みたいに綺麗だろ。

忍:なるほど。

春陽:春になったら、このへんにつつじも咲く。

忍:むかし、蜜をなめてました。

春陽:あれには毒があるんだよ。

忍:初耳です。

春陽:レンジツツジっていう種でね。大きくて紅い花が咲く。

忍:みてみたいです。

春陽:きっとみたことあるよ。みんな気づかないだけなんだ。

忍:ハル君は、植物が好きなんですか?

春陽:ん?う~ん。どうだろ。

忍:すみません、違いましたか?

春陽:パパがね、植物学者だったの。

忍:お父様が。

春陽:ずいぶん前に死んじゃったけどね。たぶん、優しいひとだったと思う。

忍:曖昧ですね。

春陽:あんまりおぼえてないんだ。パパの部屋で、よく植物図鑑を読んでたことは覚えてる。

忍:お母様は?

春陽:お母さん?お母さんはお父さんと暮らしてるよ。

忍:おとうさん、ですか。

春陽:うん、パパじゃない人。いい人だよ。僕を養ってくれてる。

忍:…………

〇間。

〇顔色が悪い忍に、春陽が気づく。

春陽:どうしたの?

忍:いえ、すみません。

春陽:なんで謝るの?へんなの。

忍:変で、すみません。

春陽:あやまらなくたっていいのに。忍は僕のペットなんだから。

忍:はぁ。

春陽:まだ変な顔してる。

忍:私は、その……貴方のいう「ペット」にちゃんとなれてますか?

春陽:どういう意味?

忍:私、なにもしていない気がします。

春陽:ペットってそんなもんじゃないの?

忍:そう、なんですかね。

春陽:忍はペットってどんなものだと思ってついてきたの?

忍:もっとこう殴ったり、命令聞かされたり……ストレス発散要員として拾われたのかと。

春陽:あはは、僕そんな風にみえた?

忍:すみません。

春陽:ひどいなぁ。否定してよ。

忍:すみません。

春陽:……僕ね、ペットが出来たら一緒に公園を歩きたかったんだ。僕が「あの花がきれいだね」って言ったら「そうだね」って頷いてくれる。一緒にミルクをのんで、一緒に寝てくれる。そういうペットが欲しかった。

忍:わたしで、大丈夫ですか。

春陽:大丈夫だよ。

忍:私は面白い話もできないし、気も使えなければ美しくもないのろまですが。

春陽:忍は無駄吠えもしないし、おねしょもしない。いいペットだよ。

忍:それは……人間なので。

春陽:そうだね。でも僕のペットだ。でしょ?

忍:花が咲くまで?

春陽:うん。花が咲くまで僕のペット。

忍:…………ふはっ。

春陽:うん?

忍:いえ、ははっ、なんだか、面白くなっちゃって。

春陽:ふーん?

忍:(M)寂しい子だな、と思った。

忍:(M)この子は寂しくてかわいそうな子で、何でもいいから傍にいてほしかったのだ。

忍:(M)誰でもいいから、私だった。ちょうどそこにいたから、私を拾った。……安心した。誰でもいいなら、私でもいい。

忍:(M)クズで不細工でゴミ屑な自分でも、誰でもいいなら、ここにいていい。

忍:(M)でもきっとすぐに嫌われてしまうだろうから、花が咲くころには出なくてはならない。

忍:(M)花が咲くころには、必ず。でも、花が咲くまでなら。

忍:(M)わたしはまだ、ここにいてもいい。

〇間。

〇早朝、キッチンの隅で春陽が電話をしている。相手は母親。

春陽:もしもし、もしもし。……ごめん、夜中だから大声だせなくて。

春陽:大丈夫、聞こえてる。……ああ、うん。ちゃんと学校行くって。最近ちょっと体調崩しちゃっただけ。

春陽:……わかってる。お父さんに迷惑はかけないよ。お金だって使ってない。

春陽:うん……うん。いい子にしてるよ。大丈夫だから。

春陽:……わかってる、行かないよ。安心して。いきなりお兄ちゃんだって言ってもその子困るでしょ?………ごめんなさい。嫌味のつもりはなかったんだ。……うん、じゃあ。

〇春陽、電話を切る。

春陽:(ため息)

春陽:(少し間をあけて、うずくまって泣く)

忍:……ハル君?

春陽:……っ!

忍:どうしました?そこは寒いですよ。

春陽:……うん。

忍:ハル君?

〇忍、春陽が泣いていたことに気づく。

忍:あ。……えっと、

春陽:………僕は、大丈夫。

忍:ああ、はい。えっと……

春陽:…………

忍:そこは、寒いですから。………こちらに。

〇間。忍、春陽の返事を待つが応答がない。

忍:えっと……その、ちょっと失礼しますね。

春陽:(驚いて息をのむ)

〇忍、春陽をかかえあげて布団へおろす。

忍:布団かぶって、温かくしてください。風邪をひきます。

春陽:………力、つよいね。

忍:大人ですから。

春陽:そう。

忍:あ~……なにか、温かいものでも入れましょうか?

春陽:いらない。

忍:そう、ですか。

春陽:いいよ、ほうっておいて。気にしないで。

忍:すみません。

春陽:(鼻をすする)

忍:……嫌だったら振り払ってください。

春陽:え?

〇忍、春陽の手を両手でつつむ。

忍:ずいぶん、手が冷えてましたので。少しでも温まれば、その……落ち着くかと。

春陽:……忍、手あたたかいね。

忍:体温高めなんです。

春陽:ふぅん。

忍:……い、嫌だったら離します。

春陽:嫌じゃないよ。

忍:そうですか。

春陽:……うん。

〇間。

春陽:あのね、

忍:はい。

春陽:僕ね、大人になりたくなかった。

忍:なりたく、なかった?

春陽:大人は、すぐに忘れちゃうだろ。

忍:?

春陽:パパはね、僕の事をすぐ忘れちゃう人だった。僕の事っていうか……家族のことかな。いつも机に向かってるか仕事に行ってるかで、僕はあの人の顔より背中を見ていることが多かった。

忍:………あの、

春陽:なあに?

忍:その時は……その、お母様は?

春陽:……お母さんは、あの頃よく庭でガーデニングしてたよ。休みの日に、お母さんが育てた花を僕が植物図鑑で調べてると、パパがやってきて、それはこうだよ、あれはああだよって教えてくれたんだ。それがすごく……なんていうかな、安心した。だから晴れの日が好きだった。図鑑を読む理由ができるから。

忍:雨の日は、嫌いですか?

春陽:嫌いじゃないけど、何をしたらいいのかわからなくなる。僕に帰るとこはもうないんだな、ってそう思う。……どうして?

忍:よく、暗い目をされているので。

春陽:ははっ、忍は僕をよくみてるなぁ。

忍:すみません。

春陽:だから謝らなくていいって。僕うれしいよ。

忍:そうですか?

春陽:うん。忍がみててくれて嬉しい。忍だけが僕をみてくれる。

忍:気持ち悪く、ないですか?

春陽:ないよ。

忍:(安堵のためいき)

春陽:……お母さんはね、僕をみてくれたことはなかった。

忍:…………

春陽:昔はパパで、今はおとうさん。いつも僕以外の人をみてた。最初は大人には叶わないから仕方がないって思ってた。お母さんは弱くて、女の人で、だから頼りない僕なんて忘れちゃうんだろうな、って。でも違った。

忍:………

春陽:今度ね、僕に弟ができるんだって。春に、生まれるんだって。一番の宝物なんだ、って……言ってた。

忍:それは……おめでとうございます。

春陽:(鼻でわらって)でしょ?

忍:違いますよね。すみません、何て言ったらいいか……

春陽:僕は結局、あの人に嫌われてるんだ。それがわかったって、それだけの話だよ。

忍:……あの、

春陽:なに?

忍:ハル君は、泣いてもいいんですよ。

春陽:は?

忍:私は、あなたのペットですから。立派な大人でも、素晴らしい人間でもないペットですから。だから、その……泣いても、大丈夫です。

春陽:なにそれ。

〇忍、おそるおそる春陽の頭を撫でる。

忍:大丈夫、ハル君は大丈夫ですよ。

春陽:なにそれ、わけわかんない。もうほっておいてよ……(徐々に泣き声になっていく)

忍:(M)なんて、かわいそうな子なんだろう。

忍:(M)頼れる大人はおらず、こんな時に電話をかける友人もいない。

忍:(M)誰にも言えない悩みをため込んで、結局私なんかを相手に泣き顔を晒している。私みたいな、こんなゴミ屑に。

忍:大丈夫ですよ、ハル君。

春陽:忍……

忍:(M)涙が肩を濡らす。その熱さを感じながら、私はこの子をずっと支えてくれる、素敵な誰かが現ればいいのに、と願っていた。

忍:(M)この時は、まだ。

〇間。

〇それから数日後の昼間。

春陽:(鼻歌)

忍:機嫌がいいですね。

春陽:うん、ほらみて。

忍:……つぼみが。

春陽:大きくなってるでしょ。もう少しだよ。

忍:……そうですね。

春陽:桜はきらい?

忍:どうして?

春陽:痛そうな顔したから。

忍:そんなことないですよ。それより、ごはんたべましょう。

〇忍、インスタント食品を春陽に渡す。

春陽:ありがと。(たべる)ん~おいし。

忍:あったかいものはいいですね。

春陽:僕、忍のごはんすき。

忍:インスタントにお湯いれただけですよ?

春陽:味ちがうよ。

忍:気のせいでしょう。

春陽:ぜんぜんちがうの!本当だよ。

忍:ははは。

春陽:信じてないなぁ。あ、そうだ。忍、

忍:はい。

春陽:今度忍のお箸買いにいこうよ。

忍:え?

春陽:いつまでたっても割りばしじゃ恰好悪いよ。

忍:必要ないですよ。

春陽:ケイザイテキじゃないし。

忍:とってつけたような言い方ですねぇ。割りばしでいいですって。

春陽:でも僕……

忍:もうすぐ花が咲くんでしょう?

春陽:咲くけど、それが何?

忍:花が咲くまで、って約束だったでしょう?

春陽:………咲いたって、ここに居ていいんだよ。

忍:約束は、約束ですから。

春陽:忍は、

忍:はい。

春陽:忍は、花が咲いたら………

忍:なんですか?

春陽:…………いい。もういい。

忍:え、何を(するんですか)

春陽:(かぶせて)みて。

〇春陽、たちあがって鉢植えから枝をぬきとり、つぼみをとる。

SE:枝を折る音。

忍:!

春陽:こうすれば、咲かないでしょ。

忍:………咲くのを楽しみに、してたじゃないですか

春陽:もういいの。

忍:命を粗末に扱っては、いけませんよ。

春陽:忍がそれをいうの?

忍:……そんなことしたって、公園の花は咲くでしょう?

春陽:公園中のつぼみをつぶしたっていい。

忍:(ためいき)

春陽:なんでそんなこと言うの?ここにいてよ。一緒にいるって言って。

忍:こどもみたいなこと言わないでください。

春陽:こどもだもん。

忍:ハル君、

春陽:それにほら、忍だって笑ってる。

忍:……は?

春陽:ね?

忍:(M)青白い手が、私の頬を撫でる。

忍:(M)その手は確かに、醜く吊り上がった、私の口角をなぞった。

春陽:忍だって、僕と一緒にいたいんでしょ?そうなんでしょう?

忍:………

春陽:ずっと一緒にいるって、言って。

忍:(M)このままでは、だめだと思った。

春陽:お願い。

忍:(M)私なんかといれば、この子は堕落してしまう。

春陽:忍、僕のお願い聞いてくれるでしょう?

忍:(M)ここには、いられない。私の居場所は、ここにはない。

〇間をおいて。

忍:(M)いつだったか彼が話してくれたことがある。

春陽:しのぶ、っていい名前だね。

忍:そうですか?

春陽:同じ名前の植物があるんだ、こんなやつ。

〇春陽、忍に植物図鑑をみせる。

忍:……草じゃないですか。

春陽:ふふ、草って。そうだけどさぁ。

忍:花は咲かないんですか?

春陽:咲かないよ。シダ植物だからね。

忍:そう、ですか。

春陽:咲くのがよかった?ならハナシノブって多年草もあるよ?

忍:いえ、私に似合いの植物だな、と。

春陽:ふーん?どういう意味で言ってるの?

忍:それは……(言いよどむ)

春陽:あのね、シノブって名前は「耐え忍ぶ」からついたんだ。夏の暑さも冬の寒さも耐え忍んで、一年中人を楽しませる植物。それが「シノブ」なんだよ。

忍:人々を、楽しませる……

春陽:僕は忍といて楽しいよ。忍は静かで、おだやかに僕の話を聞いてくれる。僕のことをみてくれる。たまに興味なくて、聞き流してるのも知ってるけど。

忍:すみません。

春陽:はは、素直だね。謝らなくていーよ。家族なんだから。

忍:は?

春陽:ペットは家族、ってよくいうでしょ?

忍:(M)楽し気な彼の声が、今も耳に響いて離れない。

忍:(M)家族、などとどんなつもりでいったのだろうか。親に捨てられ、ひとりぼっちで暮らす少年が、一体どんなつもりで「家族」と。

忍:(M)その意味を深く考えると恐ろしくて、私の根幹が揺らいでしまいそうで、蓋をした。

忍:(M)これが彼のためになるのだと、約束の刻限はもう来たのだと、そうつぶやいて、三日後。

忍:(M)深夜、私は彼のアパートを抜け出した。

〇間。

忍:(荒い息)ここまで、くればっ……はぁ。

忍:(M)まったく、何をしてるんだろう。この歳になって全力疾走するなんて。

忍:馬鹿みたいだ。

春陽:本当にね。

忍:……っ!

春陽:忍、なんで逃げたの?しかも公園になんて。

忍:えっ…あ、ここ公園か……

春陽:ん?まさか。

忍:気づきませんでした。

春陽:…………

忍:…………

春陽:ふっ、あはははは!あはははは!

忍:へ、へへ……

春陽:ポンコツだなぁ。

忍:すみません。

春陽:いいよ。逃げたペットを探すのは飼い主の役目だしね。

忍:…………

春陽:ほら、帰ろ。

忍:いいえ。

春陽:忍?

忍:私は、帰りません。

春陽:………なんで?

忍:は、花が(咲いたから)

春陽:そんな言い訳聞きたくない!

忍:…………

春陽:どうして?なんでいきなりそんなこと言うの?

忍:ハル君……

春陽:忍だって楽しんでたでしょ?行く場所ないんでしょ?僕の家にいればいいじゃない!それともまだ死にたい?僕といるより死んだほうがいい!?

忍:そういうわけじゃ……

春陽:なら!

忍:でも、もう一緒にはいられません。

春陽:は?なにそれ……

忍:私といると、ハル君の将来によくないですから。

春陽:意味わかんない。

忍:すみません。

春陽:なんで謝るの?謝らないでよ。

忍:すみません、ハル君。

春陽:…………

忍:私は、大人ですから。これ以上一緒にいるわけにはいかないんです。

春陽:やだ。

忍:私といればハル君はダメになる。貴方はきちんとした……立派な大人になれる子です。

春陽:やだよ。そんなのやだ。

忍:これから、もっと素敵な人に出会えますよ。

春陽:素敵な人なんかいらない!僕は忍と一緒がいいんだ。なんでわからないの?僕をみてくれたのは忍だけなのに!

忍:………っ!

忍:(M)その時、ふと最初に彼に言われた一言が頭をよぎった。

春陽:『きみも、自殺志願者?』

忍:(M)……そうか。あの時、本当は君も。

春陽:いかないでよ。ペットが嫌なら、なんでもいいから傍に居て。僕と一緒に帰ろう。

忍:(M)彼が私の腰にすがりついて泣いている。いけない。ここで抱きしめ返してはいけない。引き剥がさなくては。それが大人として、唯一私ができることだ。……けれど、

春陽:お願い、忍。

忍:…………

忍:(M)震える手を、伸ばした。

〇終了。