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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 10

2023.01.15 01:03

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 10

 バーはそれほど混んでいなかった。窓際の席で、丁度東京の夜景が目の前に広がっていた。

「えーと、小川さんでしたっけ」

 政治家でもない今田陽子にとって、このように自分が突然呼び止められて話をするということは、そんなに頻繁にあることではない。何を話してよいかわからないし、また、なぜ自分が呼び止められたのかよくわからなかった。

 しかし、政治の世界にいる人は、今田陽子や青木優子に限らず、このように他人に話しかけられたら、常に対話をする姿勢になるのが基本である。それだけ政治の世界というのは、「人との対話」ということを大事にしなければならない。また、その様に話をすることでしか、「本当の答」にはたどり着かないのではないか。現在の日本の政治は、報道などのマスコミでは「政局」つまり「政治における駆け引きや派閥争いのような権力の得喪」ばかりを描いているのであるが、本来は、制作である。政治家といわれる人々は国会議員でありそれは、「国会」という、日本で唯一の立法機関の代議員でしかないのである。そのように考えれば、「政策」という、これからどのようにするのかという日本の進むべき方向性に合わせて、「法律」や「予算」を決めるというのが国会議員、つまりは政治家の役割である。つまり、「法律」という、国の人々のルールを決めているのが国会議員である。少なくとも今田陽子はそのように認識していた。そして、その「ルール」を作るためには、当然に、そのルールを運営し守ってゆかなければならない、国民の話を聞かなければならないのではないか。

 もちろん、今田陽子は国会議員ではない。そして国民の意見を聞かなければならないのは、当然に、「国会議員」であるはずだ。しかし、その国会議員は「政局」に明け暮れてしまっているので、秘書や、自分のような「参与」に当たる国会議員周辺の人々が、川って話を聞かなければならないのではないか。その意識から、自分ではあまり得意ではないけれども、声をかけられれば話を聞くようにしていた。

「はい、小川洋子と申します。同じ洋子ですが、ちょっと漢字は違います」

 手作りの名刺を差し出しながら、小川洋子は少しうつむき加減に言った。名刺は、女性の個人が作った名刺らしく、ピンクの紙にインクジェットの文字が少しにじんでいる。肩書を書いているところには「インフルエンサー・著述家」と書いている。

「インフルエンサーって、どんなことをしているんですか」

「私の場合、お店や会社と契約して、そのお店の商品を使ってみた感想を短く書くんです、ツイッターに写真と短い文章で特徴や使った感想を書くことで、その内容が広がり、そして、その商品が売れたりお店に人が行くようにするんです」

 小川洋子は、スマートフォンを出して、自分の書いた記事を出した。どれも、何か物が輝いているようになていたり、または、またはその文章も短く簡潔に読みやすく書かれている。

「本当に、このスイーツなんて、すごくおいしそう。食べてみたくなりますね」

 バーで、ウイスキー、小川の前にはカクテルがおかれていたが、そのカラフルなカクテルよりも画面の中のケーキのほうがおいしそうに見える。

「そうですか。これはあんまりうまくできなかったんですけど」

 そういいながら、少し動かすと、閲覧数の一部を示す「いいね」は10万を超えていた。

「10万を超えて、あまりうまくいっていないんですか」

「いや、私の感性がおかしいのかもしれませんが、うまくいかなかったというときの方が、いいねの数は多いのです。」

 小川は、少しはにかんだように笑った。

「でも、小川さんみたいな人が青木優子議員のインフルエンサーをすると、やはり多くの人が注目するようになるのでしょうね」

 そういえば「多くの人が注目する」というのは「バズる」という単語であったはずだが、普段、おじさんとばかり仕事をしていると、その様な若い人の言葉がだんだんと咄嗟に出てこなくなってしまう。このような言葉などは、実際の年齢ではなく、ある意味で精神年齢というか、自分の意識している生きている世界の年齢が大きくものをいうことになる。バズるという単語を、自分が言った後に思い出して、すぐにその言葉が出てこない、意識しないと思い出せないということで、なんとな今田陽子は自分の今の置かれている環境が「おじさんの環境」にいることを、改めて認識してしまった。

「いや、私、青木先生のこのような会に出るのは初めてなんです」

「へえ、そうなの」

「はい、というか、青木先生には別な意味でしか興味がなくて」

 ある意味で、今田陽子は何か違和感を感じた。青木優子の女子会に参加した女性は、基本的には青木の支持者である、つまり、奥田モータースの社長夫人奥田政子のような極端な例は別にしても、代替の場合は、野党である立憲新生党の支持者である。いや、そこまでしっかりとしていないにしても、少なくとも与党や今の政権にはあまり好感を持っていないのではないか。

 もちろん青木優子の支持者の場合、「女性の活躍」など、女性であるということに焦点を当てた支持者がいるということになるのかもしれないが、しかし、それであっても、与党の民主自由党の支持者であるということは考えられない。

 しかし、小川洋子は「別な意味」という言葉を使った。それはこのような政治的な意味ではないのかもしれない。

「別な意味って、もしかしてインフルエンサーとしての仕事の関係かなんかかしら」

 インフルエンサーの仕事として、誰かにタオまれて青木優子を見に来た、というのであれば「別な意味」の説明がつく。もちろんそれだけではなく奥田モータースなどにたのまれてということもある。つまりいずれにしても政治的な意味ではないということだ。

「いや、私、今田さんに会いに来たんです」

「私に」

「はい」

 今田は混乱した。そもそも自分が青木優子の女子会に出るのは、菊池綾子に誘われてのことである。女子会であるというおkとと、青木優子が、天皇陛下殺害計画の件で情報を持っているということから、その情報を取りに来たのである。当然にこの後、銀座のクラブ「流れ星」で合流し、その内容を確認しなければならない。しかし、そのことは、あくまでもプライベートとしているから、首相官邸内の予定表にも書いていないし、また、阿川首相も全く知らない話だ。自分に会いに来るのであれば、首相官邸やそのほかの場面であっても構わないはずなのになぜここに来たのであろうか。そもそも、どうして今田自身がここに参加することを、この小川という女性は知っているのか。

「なぜ、私がここに来ることを知っていたの」

 今田陽子は改めて小川洋子を上から下まで見まわした。あまり変な格好ではないし、カバンの中に何か特別な発信器などもないように見える。もちろん小型化されているからよくわからないのだが、しかし、カバンを不自然にこちらに向けたりしてはいない。

 もちろんインフルエンサーなどをしていれば、インターネットで見ることは可能かもしれない。しかし、誰にも公表していないこの予定は、ハッキングなどをしてもわかるはずがないのである。

「相原桃子さん、今田さんはご存じないかもしれませんが、京都祇園の俱楽部幾松のママに伺いました」

「倶楽部のママ、それは……」

 菊池綾子ということを言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。下手に仲間の名前は言えない。

「はい、今田さんの思っているとおり、菊池綾子さんのお友達です。」

「なんでその方が、私のことを知っているの」

「いや、今田さんがここにいらっしゃるとは思っていませんでした。本当は、青木優子議員を注目していれば、菊池さんに会えると伺ってきたのです。」

「それならば菊池さんを・・・・・・」

「いえ、私父が殺されたので、その真相を知りたく、そして、代わりにお役に立ちたくて」

「父って」

「苗字は違いますが、平木正夫の娘です」