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過去の出来事

【諸乗法数】2-15

2023.01.17 03:16

【諸乗法数】2-15 


無我二 人無我 法無我 

註 無我は初期佛教での言い方。後の般若思想では「空」となる。人無我とは人間の存在その物が仮の物で恒常不滅の存在ではないとする。法無我はあらゆる事象は因縁縁起に基づく仮の存在ゆえ恒常不滅の存在ではないとの考え。 


覺二 起信(論)初覺 本覺 

註 『起信論』の順としては本覚を先に。本覚とは、衆生は元々覚(佛果)に至る性質を持っているとすること。始覚は、衆生が初めて自覚(自ら佛果に至ろうと志す)することをいう。 


 [雑記]

 複数のお寺さんのライブを引き続き拝見していますが、それぞれに特色や個性、創意工夫があって楽しくもありがたいことと思いつつ視聴しています。すべての人がいずれかの寺院の檀家として属していた時代は過ぎ去り、今は初詣程度、あとは肉親や知人らの葬儀に行く程度。葬儀も斎場が主流となり、寺院の内部に入れるのはいわゆる観光寺院ぐらいで、近くに寺院があっても本堂内に入ることはまずなくて、本尊を拝することもなければ、ご住持が日々どういうお勤めをされているかなど、檀家でない一般の人には未知の世界状態。それだけに、コロナ禍という理由もあるものの、ライブで朝勤や法要の様子を公開したり、法話や仏教のさまざまなことを紹介する動きは、再び寺院やお坊さんを身近に感じさせてくれるものとして良いことだと思います。 

 ただ、ここにきてライブにも変化が出てきました。ユーチューブではメンバー制がとれるようにしていますが、一部の寺院でそれを導入し、メンバー用の限定動画を別に設けるといった動きです。つまり、有料会員のみ限定動画や限定法話、講義といったものを提供するといったもの。しかし、この動きはいかがなものでしょうか。逆に、なおもメンバー制は採らず、発信する動画や情報はもれなく視聴者に提供し続けるといった所もある。有料会員の会費は寺務に回すことはないはずですが、その辺は不明瞭です。  

 法話と銘打つものの、純粋に経文の一節を引用して分かり易く説くものもあれば、そのご住持の雑話雑感に終始するものもある。後者の場合、ご住持の性格や考えが強く出ますが、受け手としての感想を忌憚なく表明させていただくと、説教が過ぎて押し付けがましい方、何を言っているのか、言いたいのかが分からない方がおられます。前者の場合、登録者数が多く、メンバーも多く、さらに有名人との交流も多い方が大半ですが、限りなく増上慢に近いのではと失礼ながら思ってしまいます。また、こういうご住持ほど他を批判される。せっかくありがたいお話と思って謹聴していても、突如別の動画をそれとなく批判したり、時には私たち凡夫に対して上から目線で物申されると、こちらは人間が出来ていないだけに反発の気持ちが先に立ってしまうこともあります。敢てそうさせて気づかせるという方便もありますが、どう見ても自我意識が強いとしか思えない。「私の話で感じたことや批判があれば遠慮なく書き込んでほしい」というものの、他の人がそれをすると半ば立腹した様子であれこれ言うのを見ては、もはや何をか言わんや、です。