刑法のお勉強 第16日目
5 条件関係
(1)行為と結果
1、行為概念には、広狭ふたつの意味がある。広義の行為は、狭義の行為と結果とに 分けることができる。
・狭義の行為は、人の外部的な態度自体をさし、結果とは、それによる外界の変動のこと、いわば社会における外界に対する影響の惹気を意味する。
2、たとえば、銃の発射自体は行為であり、それによる人の死亡が結果となる。
・結果は、法益侵害またはその危険という事態の事実的側面をあらわしている。
挙動犯と結果犯
・挙動犯とは、一定の行為があれば直ちに成立する犯罪のことである。
(偽証罪、住居侵入罪など)
・結果犯とは、一定の結果の発生を要求する犯罪のことをいう。
(殺人罪、窃盗罪 など )
※例えば、偽証罪というのは挙動犯であるが、その説明だけだと結果犯にも 見えてくる。
・「偽証罪が成立するには、偽証という結果の発生が要求されるのではないか」 という疑問が生じることになる。
・殺人罪についていえば、「殺人という行為があ れば直ちに成立することになるので、挙動犯とも言える」と考えることもできる。
※この点を踏まえて考える上で区別しなければならないのは、行為者の「行 為」と「結果」(=具体的な法益侵害)の部分を、明確に区別しなければならないということである。
・例えば、上の誤解では、「偽証という結果」などという言葉を使用しているが、これが間違い。
⇒偽証というのは、行為者が何かを為し、それ によって起こる「結果」ではないということである。それ自体、行為者による一つの 「行為」と考えることができる。
・また、「殺人という行為」という言葉も使っているのだが、これも適切では ないと思われる。
⇒確かに行為者が「殺人を犯す」という意味合いになり、殺人を「行為」 として捉えようとする。
※しかし、法学的には、法益侵害の客体がなければ、 殺人が起こらないと考えることになる。
⇒簡単に言えば、「殺された人がいないのであれば、 殺人とは呼べない」ということになる。
・つまり、殺人という言葉は、行為者にとっての「行為」であると同時に、 法益を侵害された者にとっての「結果」という意味になる。
⇒このように「行為」と 「結果」が見極めることができれば、必然的に、挙動犯と結果犯は区別できることになる。
・偽証罪や住居侵入罪は、偽証とか住居侵入という「行為」自体が存在すれば、そ れによって何らかの「結果」が生じるか否か(=具体的な法益を侵害された者がいるかいないか)に関わらず、犯罪として成立することになる。
⇒よって、挙動犯となる。
・殺人罪や窃盗罪は、行為者の「行為」自体に対し、必ず法益を侵害さ れる者(=「結果」)が存在しなければならない。
⇒よって、結果犯となるのである。
(2)意義
・条件関係とは、行為と結果の関係の(比較的)事実的な判断といえる。
⇒解釈的には、「その行為がなかったならば、結果も存しなかったであろう」と いう判断方法によるとされた。
※標語的にみれば、「『あれなければこれなし』 の判断」、と呼ばれているものである。
・刑法学では、その行為がなかったならば、その
結果は発生しなかったであろうという関係が条件関係と言えるのである。
⇒条件関係においては、「その結果」が発生したであろうか否かが問題となる のであるから、
「結果」は、具体的・個別的な形態・規模・発生時間のおけ る結果として、判断の基礎におかねばならないのである。
【参考】
1、因果関係があるというためには、まず、条件関係が認められることが必 要である。
2、条件関係とは、その行為がなかったのであれば、その結果が生じなかったであろう、という関係をいう。
⇒たとえば、Xが殺意をもってA に向けてピストルを撃ったが命中せず、たまたま目の前の建物が倒壊したためにAが死亡した、という場合、Xの行為がなかったとしてもAは死亡 していたといえるので、条件関係はこの場合は認められない。
3、一方で、Xが殺意をもってAをピストルで撃ち負傷させたがAは運び込 まれた病院の建物が地震で倒壊したことによって死亡した、という場合は、 Xの行為がなければ、Aは病院に運びこまれることも病院の建物が地震で倒壊して死亡することもなかったといえるので、Xの行為とAの死亡の結果 との間には、条件関係は存在するという意味合いになる。
合法則的条件公式
・合法則的条件公式とは、「結果が(外界)変化の連鎖を通して行為と法則 的に結合しているとき、行為は結果の原因である」というものである。
【参考】
※条件関係公式と法則
・条件関係公式には、(1)仮定的条件公式と(2)合法則的条件公式があ る。
①仮定的条件公式とは、「それを取り去って考えると、具体的形態におけ
る結果が欠落せずにはいない、その行為」というものである。
②合法則的条件公式とは、「結果が(外界)変化の連鎖を通して行為と法則的に結 合しているとき、行為は結果の原因である」というものである。
2、合法則的条件公式の成否の判断に法則的知識が必要なのは明らかだが、 仮定的条件公式の成否の判断にも法則的知識が必要である。PとQの間に 仮定的条件公式が成立するかどうかを判断するとき、Pという事情 を仮定的に消去して、P以外の他の状況から、法則に照らしてQは生じないかどうかを判断するのである。(ちなみに「法則」とは最広義の自然法則 である。)
(3)条件関係の認定
・条件関係の公式の適用にあたっては、次の点に注意しなければならない。
(イ)条件関係の断絶
1、条件関係の進行中、行為者の行為に基づかない偶然の予測できない事情が介入したこ とによって条件関係の経路が変更し、行為がなくても結果が発生したとみ られるに至った場合のときは、条件関係は断絶したとされる。
2、同一の結果に向けられた先行行為がその効果を発揮する前に、それとまったく無関係な後行行為によって結果が発生した場合、先行行為と結果の間の条件 関係は否定されることになる。
⇒これが条件関係の断絶である。
3、たとえば、Aが甲に致死量の毒を盛ったのだが、毒が回る前にBが甲を射殺 したケースを考えてみると…。
⇒この場合、Aの行為がなくても甲の死亡が生じたわけだから、 Aの行為と甲の死亡の間には条件関係が成立しないわけである。
(ロ)仮定的因果経過
○定義
・現にある行為が発生しているが、仮にその行為がなかったとしても別の 予測できない事情から同じ結果を生じたであろうと見られる場合のことをいう。
(例2)
1、死刑が執行される直前、執行官Yがまさにボタンを押そうとしていると きに、死刑囚によって殺された娘の敵を討つため、娘の父親Xが執行官Y を押しのけて自らボタンを押し、死刑囚が死亡した事例である。
① 付け加え禁止説(大塚、大谷、前田、伝統的通説)
※現実に生じなかった事態を付け加えてはならないとして、この場合、仮定的因果経過の事例において条件関係を肯定する。
② 合法則的条件説(山中)
※行為と結果とが因果法則に従って結びつけられているかを問題とする別 の公式を採用すべきとして、仮定的因果経過の事例における条件関係を 肯定する。
③ 論理的関係説
※仮定的消去法という条件関係の公式を維持・擁護し、当該行為が行われ なかったとしても同一の結果が生じるとみられるときは、行為が結果に 支配力を有しなかったのであるから、条件関係は認められない。
(判例1)
○京踏切事件(大判昭4.4.11
※列車の運転手が踏切で子供を轢死させたが、それを回避することはできな かったという事案において、轢死は注意懈怠の結果ではないとして業務上 過失致死罪の成立を否定した。
・この事案は、行為者が法に違反する行為を行い、ある犯罪的結果を生じたが、法を遵守したとしても、別の事情から同じ結果を生じたであろうとみられる場合で、一般に合理的択一挙動といわれるものである。
⇒この点、行為者の刑事 責任を否定するのが一般であるが、条件関係については、①これを否定す る見解と②否定することはできないとする見解の争いがある。
(ハ)択一的競合
○定義
1、択一的競合(累積的因果関係)とは、複数の独立した行為が競合してある結 果を発生させた場合において、それらの行為のいずれもが単独で同じ結果 を発生させることができた場合をいう。
【具体例】
1、A,B二人の者が独立して甲の食物に致死量の毒を入れ、甲がその全部又 は一部を食べて死亡した場合、その双方の毒が同時に効果を発揮して甲が 死亡したとき、どちらか一方の行為を除いても結果は発生するから、条件関係の公式は適用できないことになる。
⇒このようなA,Bの関係を択一的競合という。
2、但し、両者の毒が相互に影響しあって単独の毒によるよりも死期を早めた場合には、具体的な甲の死亡について、A,Bいずれか一方の行為を除けばそ の時点では死の結果は生じなかったであろうから条件関係が認められることになる。
【問題点】
1、A、Bが独立して甲の酒に致死量の毒物を入れたため甲がそれを飲んで死 亡したが、いずれの毒物によって死亡したかが明らかにならないというよ うに、どちらの毒物も致死量に達しているが、そのいずれが効いて死亡し たのかが証明できない場合、条件関係を認めるべきであろうか。
【学説】
1、両者とも条件関係を認めるべきでなくA、Bともに殺人未遂であるとする説がひとつ。
2、条件関係を認めA、Bともに殺人既遂罪であるとする説がふたつ目。
【論点】
1、この点につき、
①独立して人を殺害しうる行為をし、その結果人が死ん でいるのに両者とも殺人未遂とするのは常識に反すること、
②少なくとも 半分は結果の発生に寄与していること、
③実行行為に予定されている結果 が発生しているのにその点の責任を実行行為者に問えないのは不合理であること、
④重畳的因果関係の場合と比べ、より危険な行為をしていながら 未遂にとどまるのは不均衡であることから、
※実際上の処理として、この場 合の条件関係を否定するのは妥当でないのである。
2、理論的にも、Aの行為とBの行為は現実に競合して行われていると言えるのであ るから、AとBを別々に評価するのは妥当でなく、両者を一括して取り除 く必要がある。
⇒そして、両者を共に取り除けば結果が発生しない場合であ り、競合する行為と結果との間に事実的な結びつきがあるとされれば、「存在論的基礎」としての条件関係を認めてよいことになる。
※よって、2説が妥当である。
(ニ)不作為の条件関係
1、不真正不作為が成立するためには作為義務違反と結果との間に因果関係 があることを必要とされる。
⇒これには因果関係の前提として条件関係の検討が必要となるが、注意すべきは、コンディチオ公式への当てはめに関して、不作為の場合は、いわゆる「仮定的事情の付加えの禁止」の原則が適用されないことである。
2、いわば、不作為の条件関係を認める場合には、どうしても「その作為 自体がなされていたならば、結果は発生しなかった」といえることが必要であるから、仮定される「作為」を付加えて検討することが必要になるのである。
(ホ)条件関係の疫学的証明
1、刑法の基本的な考えとして、「疑わしきは罰せず」という原則がある。
⇒つ まり、因果関係が疑わしい場合には、罰せられないことになる。
・しかし、公害等にお いて、「未知の危険が具体化して被害が発生した」場合に因果関係を認める ことが困難であることがよくある。
2、このように、因果関係について医学的照明を要求するのでは、公害など の場合、適切な処罰が難しいという問題が現実に存在する。
⇒そこで、疫学的因果関係という考え方があみだされたといえる。要するに、疾病等の異常現象が起こった場合 において、気候、飲料水、習慣等の外部的事情を統計的に分析することで 原因をつきとめる方法であると言えるのである。
※これが条件関係の疫学的証明である。