本屋大賞の代表的な作品特集
こんにちは。
1/19に芥川賞、直木賞発表、1/20に本屋大賞ノミネート作品発表と続きまして、おそらく全国の書店は1年で一番小説が売れる時期を迎えているのではないでしょうか。
昨日仕事帰りに駅ナカ書店に立ち寄った際も多くの本が品切れで、表紙のプレートだけが飾られている状態でした。あっぱれですね。
本日は、本屋大賞関連の記事にしたいと思います。
といったところで、昨日発表のノミネート10作品を特集できる力は残念ながらございませんため、あくまでも今回はこれまでの本屋大賞作品から3作を楽しく紹介してみたいと思います。
ちなみにどれも大賞受賞作でこだわっています。それでは参ります。
逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(2022年)
2021年11月に長編推理小説の公募新人賞アガサ・クリスティーの受賞作として出版され、1すぐに2021年下期直木賞候補としてノミネート、2022年1月に直木賞は逃しますが4月に本屋大賞を見事受賞、2022年最も売れた文芸書となりました。
特筆すべきは2021年のスピード感ですよね。
8月にアガサ・クリスティー賞で全選考委員満点の受賞は発表されているのですが、とはいえ11月にデビュー作として発刊され12月に直木賞候補なわけです。今後打ち破られることも難しい、史上最速でしょう。
そして、ロシアのウクライナ侵攻が2022年2月となります。
この作品を読んでいない方の中にも、この作品がロシアを舞台とした戦争小説だと知っている方はわりといらっしゃるのではないでしょうか。
はっきりとさせておきたいのは、この小説がウクライナ侵攻が起きる前に執筆され、発刊されたということです。先程から2021年からの時系列をまず細かく書いているのもそれが理由です。歴史が進めば、作品とその背景は切り離せないものになるでしょうけれど、その出来事がなくても逢坂冬馬さんは鮮烈にデビューしたことを、正確に覚えていたいと思う私です。
舞台は第2次世界大戦中の旧ソビエトとドイツによる「独ソ戦」。
モスクワの大学に進学を決め、外交官になる夢を持っていた主人公のセラフィマは、ドイツ軍に故郷を襲われ、母を目の前で撃たれます。復讐を誓い、赤軍(ソ連の労働者や農民による軍隊)に入隊、元狙撃兵の女性教官イリーナに厳しく指導されながら仲間たちと訓練を積み、戦場へ赴きます。
前半は若いセラフィマが復讐を核にしながらも、仲間との交流を経て生きる活力を取り戻していくストーリーになります。反発し合う仲がやがて、となっていくのもジュブナイル的と言ってもいいほどで、多くの読者がこの作品を愛しやすくなるような、沈み過ぎない雰囲気が続くのです。戦場に赴いたのちも、少女だからと軽視する周囲を驚かせるような活躍をしたり、戦争小説であることを忘れたくなるような展開が続きます。
しかし、中盤から後半にかけて紛れもなく戦争を捉えた作品になっていきます。少女セラフィマの視野が広がり、戦争を知っていくという見せ方が見事で、それはしっかりと読者を呑み込んでいくのです。基本的にはセラフィマ寄りの三人称視点ですが、終盤にかけて別々の視点が現れるのも良く、それ以外にもドイツ兵の資料の引用が章ごとに挟まるなど、読者に訴えかけているものは明白です。特に最終章からエピローグにかけては作者・逢坂冬馬さんの勇気を伴った渾身の切り口が展開されている。
数奇な因果の中で昨年猛烈に売れた話題書ですけれど、この先も多くの人に読んでいただきたい名作です。
辻村深月『かがみの孤城』(2018年)
2017年5月に発刊され、文庫化を前に、累計発行部数100万部となったまさにベストセラー小説です。
昨年12月にアニメ映画化し、この記事執筆現在も絶賛上映中。原作未読の方々は思った以上のストーリーの厚みに驚嘆されている声が目立ちますし、原作既読の方々でも丁寧で各キャラクターにこだわった作りに感動されている模様です。ぜひまだの方は劇場でもどうぞです。(今もあるかはわからないのですが、入場者特典、めっちゃ良くてずるいです。)
この作品の素晴らしさというと、やはりテーマです。
不登校、という言い方を今はあまり聞かなくなっているかもしれませんが、皆さまはどうでしょう。私は率直に辛ければ行かなくていい、逃げてもいいと思うのですが、こう言ったところでその立場の子やご家族にどれほど純粋に伝わるでしょう。
2017年やそれ以前の執筆だとは思うのですが、辻村深月さんはあらゆる巧さをもって物語としてそれを伝えています。作品のネタバレにならないようにいうと、決してその場しのぎの言葉ではなく、届いた人の心にずっと長く残るような、人生を肯定するような意味をこの一冊に込めています。
学校で居場所をなくし、登校できなくなった中学生の主人公・こころ。ある日部屋の鏡が突然光り、吸い込まれると、そこには謎のオオカミのお面をつけた少女と、境遇の似た子どもたちが7人集められたお城がありました。
それぞれの趣味に合った自分の部屋があり、憩いの間があり、9時から5時までの間であればいつ来ても帰ってもいい、来ても来なくてもいいという自由空間で、しかも城に隠されている鍵を見つけたら願いが叶えられるという素敵さ。期限を来年の3月までと言われ、まさに学校のような時間をこころたちは過ごすことになります。
それぞれの複雑な事情を打ち明け合うなかでやがて、自分たちは現実でも協力し合えるんじゃないか、という希望が芽生え始めるのです。
ついこの作品を語るとなると、素晴らしいとか、宝物のような物語だとか、作品に込められたメッセージ性を強調させる文言ばかりが口をついて出てしまうのですが、辻村さんのストーリーテラーとしての巧さもいかんなく発揮され、ネタバレ厳禁の見事な仕掛けが用意されていることにも触れなくてはいけません。とにかく楽しく、一気に読める、多くの人に読んでほしい作品です。まだの方はぜひ。
小川洋子『博士の愛した数式』(2004)
2003年発刊され、2004年第1回本屋大賞を受賞した作品です。同年の読書感想文コンクール高等学校部門の課題図書に選ばれるなど、とにかくみんなが読んでほしかったのだということがわかります。
本屋大賞はとにかくメディアミックス(映画化、ドラマ化)されやすいという特色を持っていますが第1回作品ももちろん例外ではなく、「博士」寺尾聰さん・「私」深津絵里さんで映画化されているのもわりと有名だと思います。大人になったルート(「私」の息子)が吉岡秀隆さんなんですよね。
大学生の頃から、先生(ポラン堂店主)にとにかくおすすめと言われてきた小説の一つで、実際読んで感動を味わってから数年経っても、先生のその気持ちはわかります。それは読書家として、あまりに美しい、類まれなる文章を書く、小川洋子さんという作家の作品を私たち学生に触れてほしいという気持ちもあったのではないかと思うのです。小川さんの作品には一口にこういう話だと説明できないものや、捉えどころのない不思議な作品が多いですが、『博士の愛した数式』は読書感想文コンクールの課題図書になるくらいにわかりやすく、それでありながら文章の深みははまれる文学性も疑いようがないのです。
数学の「博士」の自宅に「私」は新しい家政婦としてやってきます。博士は1975年に記憶の蓄積が終わり、新しい記憶はぴったり80分しか持ちません。ある日の博士に、十歳の息子を家に一人留守番させていると伝えると彼は動揺し、一緒に連れてくるようにと命じ、やがて私と息子と博士の3人で過ごす日々が始まるのです。
毎日自己紹介から始まるわけではなく、生真面目で気ぃ遣いな博士は日々メモをとり、私が息子「ルート」を連れてくるといつも歓待します。初対面のときに「どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」と本名を知る前に愛称をつけ、それをメモしたのです。
作中にはそのゆるやかな空気感と組み合わさって、数学、数字の要素がうまく生きています。ルートの話もそうですが、最初の友愛数の話もとても小川さんらしくて良い。
また忘れてはならない要素が博士が愛してやまない阪神のピッチャー・江夏です。現役時代をリアルタイムで見ていたわけではない私なども「江夏の21球」だとかを耳にしたことがあるプロ野球選手ですが、テレビで観かける映像はほぼ赤いユニフォームを着ていて、あれ阪神だっけと思う人も少なくないのではないでしょうか。しかし博士の記憶は1975年で途絶えているのです。ルートが阪神ファンであることを知った博士は、江夏のことを訊ね、彼が広島東洋カープに移籍し、現在引退したことを聞くと相当のショックを受けてしまいます。私とルートは、博士にショックを与えない為に相談し、江夏が現役で活躍しているという嘘をつくことにするのです。
数学のこと、江夏のこと、自分たちが知らない世界について調べたり、相談し合う親子が素敵で、博士への敬意が自然にあふれる文章から敬虔な気持ちになれる一度は読んでほしい名作です。
以上です。
記事を書いていながらつくづく思うのは、本屋大賞というものがただ「一人でも多くの人に読んでほしい」という願いに満ちていること、それに対し頷く以外にないということです。
上記に申しましたように受賞後、メディアミックス、タイアップをしていく作品が目立ちますが、近年のノミネート、受賞を見るにメディア化可能か否かというのが選考基準に入っているとは現実的に思えません。そういう噂があった時代もありましたが、時代を経て見つめると、ただ純粋にこの本を読んでほしい、に尽きるのだと思えます。
本を読みたいけれどどれを読んだらいいかわからない、そんな方がいたら、本屋大賞なら外れはないというのは限りなく事実に近いと思います。好みに左右される偏りも、良い意味でほとんどありません。
どうぞ気になった本があればこれを機会に、手に取ってみていただけたらです。