はじめてのライブハウス ババサトミ編
重たい扉の向こうには、知らない世界と新しい体験がある。
一番忘れられない「さいしょ」は、東京は下北沢モナレコード。長くて急な階段と、重たい扉を開けて飛び込んできた音の景色は今でもしっかりと焼き付いている。それはまさに、私の知らない「非日常」への入り口だった。その話。
大学で上京したわたしは、いわゆる「リア充」ではなかったけれど、勉強にアルバイトにサークルに、人生で一番楽しくて最高な大学生活を送った。中でもゼミは本当に楽しかったのだけれど、そんなゼミの友人の一人がバンドをやっているという。
「友達がバンドをやっている」
なんとも刺激的な響き…! 東京にきてからライブハウスなんて行ったことがなかったけれど、誘われるがままに足を運んだら、それがとても楽しくてよく観に行くようになる。最初はギターとベースの二人編成だったのが、ドラムサポートをいれた三人編成になった。
初めて三人編成でのライブを観た時、衝撃が走った。
(ど、ドラムの人かっこいい…!)
ドラマーのファンになるなんて初めてだったけれど、バンドの音をがちっと支えていて、でも決して主張せず、とても心地よく体に響いてくるそのドラムの音に一耳惚れしてしまったのである。
友人のバンドはやがて活動を終えて、その素晴らしいドラムを聴くことができなくなってしまった… 悲しい… と思っていたら、或る日突然、新しいバンドに加入したのでよかったら観にきてくださいと連絡をもらった。
「新しいバンドに加入」
あぁなんと甘美な響き…! あのドラムがまた聴けるのか、と思ってうきうきして、もちろん行きますと伝えた。
そしてライブ当日。どうしようとても緊張する… 初めてのハコ、初めてのバンド。それまでライブハウスといったら知人のバンドを観る時しか行ったことがなかったし、しかも久しぶりにあの大好きなドラムを観られると思ったら余計に緊張する…。階段を上っては降り、ドアノブに手をかけては辞め、それを何度も繰り返した。友人には半ば呆れられ、早く入りなよと何度も背を押され、心臓が口から飛び出しそうになりながら、ようやく勇気を振り絞って扉を開いた…。
そのバンドに出会ってから六年以上が経った。 その間にわたしは就職したり、会社を辞めたり、ライブハウスで働いたり辞めたり、好きなアーティストもたくさんできて、ありがたいことにこのZINE の編集長でもある小野雄大のスタッフをやらせてもらったりしている。
どうしようもなく辛い時にわたしを支えてくれたのは、ライブハウスで観るライブ、出会う人たち、観る光景だった。数え切れないほど泣いたし数え切れないほど笑った。苦しくてもライブハウスに来たら全て吹っ飛んで、明日からも頑張ろうと思えた。バンドの転機とわたしの転機は不思議なことにとてもリンクしていて、いろんな縁が繋がって今があるなぁと思う。
あの日、日常と非日常を隔てるあの重い扉を開けていなければ出会えなかった世界。わたしではないわたしになれる場所。それがわたしにとってのライブハウスである。