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紺碧の採掘師2

第4章 03

2023.02.17 13:03

その頃カルロスはSSFへの道をテクテクと歩いていた。

カルロス(…石茶に合う菓子がわからん…そもそも俺は甘いもん食べないしな。とりあえずチョコを買ってみたが…合うのかどうか…)と買い物バッグに入れた小さな箱を見る。

暫く歩くと『周防紫剣人工種製造所(SSF)』の門が見えて来る。門の中に入ると正面に三階建ての巨大な建物があり、左手側に駐車場、その駐車場の奥にちょっとした公園のような広場がある。

カルロスは駐車場を突っ切るように歩いて行き、左右に木が生い茂る細長い公園に入ると右前方にマンションのような建物が見えて来る。右へ曲がり公園を出るとマンションの入り口へ。エントランスでちょっと立ち止まって後ろを見るとSSFの製造棟が聳え立っている。カルロスは視線を戻してエントランス内に入る。左奥にはエレベーターが見えるが、カルロスは手前の階段を上って行く。

カルロス(…ここに来るのは何年ぶりだろう…)と思いつつ、最上階の三階へ。階段上がって右に曲がった所の玄関ドアの前に立つと、インターホンのボタンを押す。少しするとインターホンから『どうぞ入って』という声が。

ドアを開けて玄関の中に入る。靴を脱いで中に上がり、靴を揃えてから後ろを振り向くと、廊下の先のリビングの入り口に周防が立っていた。

周防、ニヤニヤしつつ「珍しい人が来たな。」

カルロス「…まぁ、何となく。アンタに合う石茶が手に入ったんで、淹れてやろうかと。」

周防「こちらへどうぞ」とリビングの方へ手招きする。

カルロス「先に茶を…。鉱石水を。」

周防「ああ。鉱石水作るんだったな。キッチンここから入れる。」と自分の左側の引き戸を開けるとカルロスを招き入れる。対面カウンター式の広めのキッチン。カウンターの向こうには広いリビングが見える。

カルロスはショルダーバッグを床に置き、中から小さめのケトルを取り出す。

周防、それを見て驚き「ヤカン持ってきたのか!」

カルロス「うるさい。石茶用のポットなんだよ!」と言いつつ青色の四角い小さな缶を取り出すと「これイェソド鉱石。」

周防「管理が知ったら大変だ!…ちなみに向こうの製造棟に、人工羊水用の鉱石水があったりするんですが。」

カルロス「そんなのは知らん。人工種を作る時の鉱石水って飲めるのか。」

周防「そりゃ皆さん、その中で生まれて来ますので。」

カルロス「でも石茶には使いたくない。」と言いながらケトルの蓋を開け、蓋の内側のドリッパーのような形をした部分を外して中に不織布のフィルターを付けると鉱石を入れる。

周防「あっ、天然水ならありますよ。」と言いカウンター下の扉を開けてペットボトルを出すと蓋を開ける。

カルロス「入れて下さい。中の青い線のとこまで」とケトルを周防の前に押し出す。

周防「はい。」と言いつつ水をケトルに注いで「完了です。」

カルロスはケトルの蓋の内側にイェソド鉱石入りのドリッパーを取り付けると、ケトルに蓋をする。

周防「これは人工種製造所でのみ、飲めるお茶ですな。」

カルロス「ってか人工種だけにな。紫剣先生に飲ませたら死ぬ。…これでこのまま10分放置する。」

周防「なるほど。」

カルロス「で!」と言うとバッグから鉱石の絵が描かれた手のひらサイズの缶と、妖精の絵が描かれた缶を取り出し「実は2つ持ってきた。片方は絶対鉱石水で淹れるマジの石茶」と言って鉱石の絵の缶を指差し、「片方は紫剣先生でも飲める、普通の水で淹れる人間用の石茶。」と妖精の絵の缶を手に取ると蓋を開けて「中を見りゃ分かるが人間用は殆ど葉っぱで普通の茶みたいなもんだ。」と周防に見せる。

周防、それを見つつ鉱石の絵の缶を手に取り、蓋を取って中を見ると「おお。こっちは石だけだな。」

カルロス「その石は水洗いして太陽に当てれば何回でも飲める。」

周防「へぇ。」

カルロス「こっちの石は一度使ったら石茶には再利用できない」と言いつつ妖精の絵の缶に蓋をすると「護みたいに石を眺めるなり置き物にするなり自然に戻すなりしてくれ。」

周防「眺めてるのか」

カルロス「あいつ石好きだからな。ターさんと一緒に石を眺めて話してる。…んで、これ。」と言ってカバンから白い封筒を出すと周防に差し出し「解説書だ!」

周防「は、はぁ?」

カルロス「どっちの缶にどんなのが入っていてどうやって淹れるか手順とか全部解説してある!この石茶ポットとフィルタもアンタにやるから飲みたくなったら解説見て飲め!」

周防「…これ、くれるのか。」

カルロス「押し付ける。…あ。」と言うと石茶ポットを手元に引き寄せて「エネルギーがいい感じになった。」と言い蓋を開けてドリッパーからイェソド鉱石を取り出すと、缶に戻して「この鉱石、ここに置いとくとまずいか?」

周防「…というと?」

カルロス「人間も来るだろ、ここ。」

周防「私の部屋に置いとけば大丈夫だ。…何ならSSFの鉱石保管庫に置くか。」

カルロス驚いて「そんなのあったんか!」

周防「そりゃー人工羊水用に鉱石水を作るんで。」

カルロス「そうか、確かにそうだった。…というかそこから持って来れるならこれ要らんのでは!」とイェソド鉱石を入れた青い缶を指差す。

周防「まぁそうだな。」

カルロス「これは持って帰ります。」とバッグに入れると「本題だ。この石茶だ。」と言い鉱石の絵の描かれた缶を手に取り、中の石をドリッパーの中に入れるとケトルの蓋の内側に取り付けて蓋をし、「これで沸かす。」と言い、ケトルをコンロの上に置いて火を点ける。

周防「沸くまでこちらへどうぞ。」と言いリビングの方へ行き、テーブルの傍の椅子に腰かける。

カルロス、買い物バッグから小さな洒落た箱を取り出すと「あと、これな。お茶菓子にと思って買ってみたが正直、美味いのかどうか知らん。」と言いつつリビングに行き、それをテーブルの上に置くと、周防の正面の椅子に腰かける。

周防、その箱を手に取り「ああ…。このチョコ。うちの女性陣が好きなやつだ。確か先日、望(のぞみ)が買ってきたな。」

カルロス「望というと誰だ。」

周防「紫剣さんの子だよ。人工種だが、製造師目指して頑張ってる。」

カルロス「…ほぅ。」

周防「管理は私以外の人工種を製造師にしたくないから茨の道ではあるけどね。…お前達がイェソドに行ったように、情熱があれば夢は叶うさ。」

カルロス「…俺の場合はヤケクソだったが。」

周防笑って「いいじゃないか。」

カルロス「あ、そういや今日は何時まで居ていいんだ?」

周防「お前の都合に合わせるさ。流石に徹夜は困るが。」

カルロス「え。でも、他の奴が…。」

周防「いつもは21時頃になると育成中の子供達と皆でお茶したりするけどな。今日は来客があるからダメ、と言ってある。お前が皆と会いたいなら呼ぶけれども?」

カルロス「…いや。」

周防「昔は子供達と会うのが面倒で、仕事だから来るなと寄せ付けず育成師に全部押し付けていたが、歳食ってヒマになって皆と会いたいと思う頃には育った奴は誰も来なくなるんだよな。皆それぞれの人生で忙しいから。それでもたまに会いに来てくれる奴はいる。そんな時はそっちを優先する。」

カルロス「…アンタ変わったな。」

周防「お前も変わったな。…ずっと、憎まれていると思っていた。」

カルロス「…正直、憎悪した。殺したい程、憎かった。」と言い「でもあの時、アンタの話を聞いたらそんなのどうでも良くなった。…アンタの人生の方が壮絶だった。」

周防、黙って微笑む。そのまま、暫しの沈黙。

キッチンの方から小さなピーという音が聞こえて来る。

カルロス「沸いたな。」と言うと立ち上がってキッチンへ。火を止めて、食器棚からマグカップを二つ取り出すと、石茶をマグカップに注ぐ。それを両手に持ってリビングに戻るとテーブルの上に置く。

周防はその間にカルロスが買ってきたチョコの箱を開ける。細かく刻んだオレンジピールが練りこまれた1センチ角ほどの四角いチョコが沢山入っている。

カルロス、マグカップの一つを周防の方に寄せつつ「熱いんで少し置いてから飲むといいかな。これ若干ぬるい方が美味い。」と言うと「今日はまぁ22時過ぎ頃に退散する。最長23時だ。明日は8時出航なんで。」

周防「…マルクト石とイェソド鉱石採掘か。忙しいな。アッチとコッチで。」

カルロス「確かに多忙ではあるが、探知としてはヒマなんだな。場所が確定しているので。」

周防「ああ、そうか。」と言い、石茶のマグカップを手に取り、フーと息を吹きかけ少し冷ましてから口に含む。

カルロス「なので実は時々妖精に任せていたりする。…妖精と言えば」

周防、石茶を飲んで「おお。美味いなこれは。」

カルロス「良かった。」と言いつつカルロスも石茶を飲む。

周防「確かに美味い。カナンの所でご馳走になった石茶より美味いかもしれないぞ。」と言ってもう一口飲む。

カルロス「それは言い過ぎだ。」

周防「本当に美味いよ。」と言ってカルロスの手土産のチョコを一つ摘まんで食べると、石茶を飲んで「このチョコも美味いけど、…石茶と別々に食べてもいいかな。」

カルロス「…実は石茶に合う菓子がわからん。」

周防「別にお茶だけでもいいような。」

カルロス「そこんとこなー。カナンさんに教えてもらいたいんだな。食事に合う石茶とかさ。」

周防「お前ほんっと石茶マニアになったな…。店が開けそうな」

カルロス「…ところで駿河の『カルセドニーの記録』っていうブログ、知ってるか?」

周防「ああ紫剣さんに教えてもらったよ。妖精のブログだろ?」

カルロス「いや本来はイェソド紹介のブログなんだが、有翼種の写真を管理が速攻削除するんで妖精だけになったんだ。」

周防「管理は妖精好きか」

カルロス「知らん。さっき交差点で信号待ちしてる時に駿河とカルセドニーとかの話してたら突然、『ブログの大ファンです!』という子が来て一緒に食事をする事に。」

周防「ほぅ。」

カルロス「レッドに乗ってるSSC05の輪太だった。初めて会った。…妖精が大好きで、いつかイェソドに行きたいと。」

周防「…輪太、元気だったか?」

カルロス「元気ではある。妖精の話をしている時は。」

周防「元気ならいいが。」

カルロス「ただ…」と言って言葉を切ると「あまり食欲がないのが気にはなった。…レッドに居るのはあまりよくない気がする。」

周防「食べないのか。」

カルロス「なんか緊張してたらしいが、トーストをチビチビと齧る感じで。」

周防、ちょっと溜息をつくと「…そうか。」と言って「あの子は…事情がある子だからな。」

カルロス「ほぅ。…やはり。」と言って「…自己紹介の時、人工種なら普通はナンバーから言うんだが、あの子は周防輪太としか言わなかったので、珍しいなと。」

周防、暫し黙って何か思案してから「…聞きたいか?」

カルロス「あの子の事情か。…まぁ、良ければ一応聞いておきたい。」

周防「…あの子は実は」と言って言葉を切ると「…私の子では無いんだよ。」

カルロス「えっ。」

周防「あの子の製造師は、輪太しか作らなかった。そして今もう製造師免許を剥奪されている。…私がそうした。」

カルロス「…。」暫し唖然として周防を見つめる。

周防はゆっくりと石茶を飲むと、溜息をついて「そんな奴に製造師免許を与えてしまったこちらの責任でもあるが、しかし相手がどのような人物であるかを見極めるのは相当難しい。…それに私も昔は相当に酷い製造師だった。お前よく知ってるだろ?」

カルロス「…。」

周防「そんな酷い製造師でも、こんなに素晴らしい子が生まれる。」とカルロスを指差して「…お前には本当に感謝してる。」

カルロス「ともかく輪太の話を。」

周防「輪太は本当はMF生まれだ。あの子の製造師は輪太を作ってすぐ体調不良になり自宅に引き篭もったが、輪太が物心ついた頃、あの子を自宅に引き取って育てたいと言い出した。…それは仮に人間であれば、親子の関係として当然の事なのかもしれない。だが人工種には人工種としての成育過程がある。特に怪力や爆破スキルを持つ人工種の場合は力の使い方をしっかり教えなければ大変な事故を引き起こすし、探知は倫理観念を確立させないと犯罪に利用される事もある。輪太の場合はそういった能力が無いので製造師の自宅で育てる事も、仕方なく許可されたが…。」と言って言葉を切ると「しかし製造師は常に体調不良で何かと輪太をこき使って身の回りの事をさせる。さらに勉強ばかりさせて、遊ぶ時間が殆ど無い。遊びたくても周囲に人工種の友達がいない、学校に行けないので人間の友達も居ない。」

カルロス「…。」神妙な顔で話に聞き入る。

周防は石茶を飲んで一息つくと、「…ヘッポコ管理ばかりの霧島研にもマトモな人はいる。ある人が、わざわざ製造師の自宅まで行って輪太の状況をチェックしていて、これはまずい、どうしたものかとウチに相談に来た。それが本来の人工種保護管理の在り方だ。何度か製造師に注意、勧告したが状況が改善しないので、殆ど強制的に、私が引き取る事にしたが、その時に。あの製造師が執着したのは輪太ではなく製造師という肩書だった。」と言ってはぁ!と怒りの溜息をつく。「色々メリットあるからな、この肩書には。」

カルロス「…それだけの重荷があるだろ。」

周防「重荷を背負ってこその喜びもある。」と言い「…製造師が免許を剥奪されたので輪太の元のナンバーは抹消された。そして新たにSSF SU SSC05というナンバーが与えられた。輪太はもう元の製造師に会う事は出来ない。」

カルロス「そういう事だったか…。」

周防「この事は、SSF生まれの子は皆、知っている。」

カルロス「輪太のような特殊な事情の子は他にもいるのか?」

周防「うちには居ない。他の製造所には、いるかもしれん。」

カルロス「まぁでもな…」と言って「たまに、護から十六夜先生の話を聞くが、結構驚く。」

周防「あの製造師もなかなかだからな。人の事は言えんけど。」

カルロス「どんな製造師に作られようと、自分の人生は自分で何とか出来るからな。奇想天外な方法で。」

周防、微笑んで「そうだな。人生は何がどうなるやらだ。…私もまさかカナンに会えるなんて夢にも思わなかったよ。」

カルロス「カナンさんなぁ。」と言うと「…俺はあの人に弟子入りして石茶を学びたい。」

周防「ほぉ」

カルロス「いつか私が採った美味い石の石茶を、皆に問答無用で強制的に飲ませる店でもやるか…。」

周防、笑いつつ「凄い店だな。…お前、ほんと、変わったなぁ!」


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