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京都市つづり方の会

魚さえいいひんかったら

2023.01.27 05:13

もうかれこれ四十年前のことです。

 ある土曜日の午後、警察官に連れられて、三年生の子どもが二人、長靴履いて麦わら帽被って、網とバケツを持って職員室に入ってきました。私のクラスのTとEです。説明によりますと、前日の雨で水位の上がっている桂川で、鮎をすくっていたので連れてきたと言うことでした。鮎は漁業権がないと勝手に採ってはいけません。まして前日の雨で水嵩の増している川では危険この上ない行為であるので、厳重に注意して下さいというのが,警察の言い分です。

 全くその通りで、担任の私と校長は平謝りに謝って、十分注意しますのでお許し下さいと言うしかありません。

「もう二度とこんなことはせえへんな」という私にTは、「魚さえいいひんかったら、行かへんのやけどなあ」と言いました。

 これを近くで聞いていた同僚がいました。彼は、私の定年を祝う会で「小宮山と言えば思い出す話」で、この話をしてくれました。

「小宮山先生は、その時どうしはったんですか?」と聞かれた彼は、「怒ったはったと思います」と答えました。たぶん、彼は心の中で大笑いしてたのだと思います。Tくんの子どもらしい、子どもにしか言えない理屈に感心していたのだと思います。その同僚は、得丸浩一と言い、現在京都綴方の会会長です。子どもの感性に近づける教師であることが、子どもの表現を引き出せるのだと思っています。

小宮山 繁(京都綴方の会)