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わかば通信

『若葉台団地 夢の住まい、その続き』ブックレビュー(有原啓登氏)

2023.01.27 14:06

『週刊日本の団地』『都市計画・まちづくり本ブックレビュー』を投稿している有原啓登さんが、『若葉台団地 夢の住まい、その続き』についてレビューを書かれていますのでご紹介します。以下有原さんのFacebookから。


有原啓登氏Facebookから)

■都市計画・まちづくり本ブックレビュー【128冊目】                 

『若葉台団地 夢の住まい、その続き』(根本幸江著/幻冬舎/2019年)


先日お会いした根本 幸江さんが著した書籍で、私が根本さんに会うことを決意させた1冊である。帯の惹句に「若葉台の住民は要介護にならない!?」とある。興味深く読んだ。

約30年前に若葉台団地へ引っ越して来た頃の回想から本書はスタートする。神奈川県住宅供給公社が全精力を注いで造ったマンモス団地。見上げんばかりの高層棟に初めは戸惑いながらも、3人の子育てに追われる多忙な団地暮らし。次男が帰宅せず心配したり、自治会の委員を任されたり。

ある風の強い夜、幼稚園児だった長男が「おうちへ帰ろうよ」とむずかり出す。団地に引っ越す前に住んでいた低層の社宅を覚えているのだ。「ここがあなたのおうちでしょう」となだめる著者。長男が「ちがうよ、ここはビルだよ」と泣き出すシーンには胸を衝かれた。

少子高齢化は若葉台でも進む。5校あった小学校は再編統合されたそうだ。子供達は成人し独立。寂しさを感じた著者は、高齢化に各々が一人で向き合うのではなく、寂しいとき悲しいときに団地の皆に相談したり、気持ちを伝え合う手段はないかと考えた。住民向け地域紙『わかば通信』が発行されるようになった経緯である。

日本の総人口に占める65歳以上の割合は27.3%だが、若葉台ではなんと47.8%だそうだ(2017年時点)。著者が本書で「皆同じように年齢を重ねていくため、自分が年を取ったことになかなか気づきません。自分も年を取ったけど、お隣さんだって同じだからです」と綴っているのを読み、私は膝を打った。外の人間には窺い知れない、団地居住者ならではの実感である。ある夜バスで団地まで帰宅すると、バス停から団地に向かって歩く人がいない。「いつの間にか、すっかり勤め人の少ない夜の早い街になっていた」と気付く場面も、同じく印象深かった。

ところが、全国平均の要介護認定率が18.1%であるのに対し、若葉台は12.2%と低い数字だ。なぜだろうか。本書の終わりの方でこの原因が明かされる。若葉台は、❶設計段階で中央に広場や商店街を配すなど、交流しやすいまちのつくりになっている。❷地域コミュニティが豊かでスポーツ施設が充実し、参加人口が多い。❸若葉台愛の強い住民が多く、みんなで楽しく暮らそうとしているからでは…と推察している。腑に落ちた。

ほかにも、約30人の女性ボランティアの手で運営する多世代交流スペース「コミュニティオフィス&ダイニング春」や「地域交流拠点ひまわり」といった団地内での取り組みも紹介する。こうしたこともあってか、若葉台団地では第1世代の子供たちが戻り住む傾向があり、団地の別の棟へ移住する高齢居住者も多いそうである。希望が持てるエピソードだ。

さらに本書で着目すべきは、団地内で活躍する居住者達の紹介だ。若葉台祭りの会の会長、フッドバックと言う競技の世界チャンピオン、横浜大空襲の体験を中学生に語り伝える人などが生き生きと実名で紹介される。「誰かのためになるなら、自分は疲れ切ってしまっても構わない」と語るこれらの住民こそ、最も誇るべき団地の宝であり資産であろう。

本書は、この団地に30数年住み続け、住民に向けた「わかば通信」を7年間、取材・編集してきた著者だからこそ活写できた若葉台団地の暮らしの物語だ。神奈川県随一のマンモス団地としての輝かしい過去を懐かしむばかりではなく、団地が現在抱える課題にも目を逸らさず描写する。だが、著者の筆致に悲壮感はない。著者の視線は若葉台団地の次の時代とその可能性を見据えているからだ。

「夢の住まい、その続き」という副題もその想いを帯びている。ぜひ多くの方に手に取ってほしい本だ。