第16回 弟のいない夜
弟のいない夜
姉の視点から弟を描いた童話に丘修三※さんの「弟のいない夜」があります。
養護学校の宿泊学習に出かけている弟の信一がいない日は、家族でレストランに行く特別な日でした。
お洒落をして、少し高級な店でフランス料理を味わうのです。信一の好きな肉が次々と運ばれてきます。
弟がいると、レストランには行けませんでした。前に、弟はレストランで急に大きな声をあげ、はげしい発作をおこしたことがあったからです。だからこの日だけは弟のことを忘れて、幸せなひとときをすごしたかったのでした。
父さんが弟の話をさけて、今度みんなで旅行に出かけようともちかけます。
姉の京子は、「旅行はいや、だってホテルに泊まるんでしょ」と顔をしかめます。
以前、家族でホテルに泊まったときもロビーで弟が発作をおこしたことがありました。赤いじゅうたんに、大きな地図ができるほどオシッコをもらしたのでした。
あの恥ずかしさを二度と味わいたくなかったのです。それならキャンピングカーを借りて海へいこうと、父さんが提案します。
海は信一もこわがるけど、山のきれいな川なら信一も楽しめるからと京子も賛成します。「ああ、そうだったな。川……か。うん、そうしよう。山奥のきれいなところへキャンピングカーでいこう。信一のやつ、よろこぶぞ」「ああ、やっぱり信一のことになる」
京子がため息まじりにいうと、母さんが京子の手をにぎって
「京子、あなたのこと、信一とおなじぐらい大事に思っているのよ」
「わかってる。だから、わたしのおねがいもきいてくれるんだもんね」
食事がおわって、外で京子は両親と手をつなぎます。幼子のようにぶらさがってみます。今夜だけは、父さんと母さんをずっと、ひとりじめにしたいのでした。
でも、手をつないで歩きながら、京子は弟のことを忘れることができませんでした。
父さんも母さんも同じでしょう。ネオンの町の上の星のない空を見上げながら、パジャマに着がえた弟の顔が浮かびます。
「信ちゃん、おやすみ。いいゆめを見てね」
と、つぶやくのでした。
丘修三さんは、養護学校教諭をしていただけあって、子どもの描写がリアリティーにあふれ、どの作品も心に突き刺さります。
「ショート・ストーリーズ」(文溪堂)は図書館で借りました。もくじには、小学生と思われる読者が、各タイトルの上にボールペンで〇Xを付けていたのです。どれも素直な批評で、十五作のうち、「弟のいない夜」だけが何重も黒く〇を付けていました。
浜尾
※丘 修三(おか しゅうぞう、1941年4月5日 - )は、日本の児童文学作家。日本児童文学者協会元理事長。本名・渋江 孝夫(しぶえ たかお)。ペンネームは「(この世の中、どこかが)おかしいぞ」をもじったものである。
◆◆◆