大局からみた優しさを(2023.1.30) 2023.01.31 10:17 人は点に対して、点の意見を言う場合が多い。そうした場合、おうおうに感情がはいり、意見なのか感情の爆発なのかわからなくなる。物事には、点だけで成り立っているものは、ほぼこの世にはない。多くの物事や人が連鎖的につながり、その仕組みや事象が生まれている。人から何かを責められた場合、責められながらも心の中で「でも、実はこんな理由があったのに」と言いたくなることは、ままあるだろう。また、その理由を口にしても、相手の感情は収まらず、その理由すら聞かず、なおも感情のみを高ぶらせることも多かろう。人は、案外、想像力に乏しい。のかもしれない。だから、なかなか本質を議論できる人が少ないのではなかろうか。何かを本気で変えたいなら、対処療法的な解決でなく、その大元を議論すべきだ。しかし、今の瞬間の感情を収めることが優先され、目の前のことが、なんとなく解決(納得)してしまえば、その先のことを議論しなくてはいけないと思う人に、あまり出会ったことがない。制度やしくみが悪いのか?おかれている環境に問題はないか?全てがうまくいくための、新しい方法はないのか?私は、最終的な政治の命題は、様々の課題に対して、本質的なアローチをすることであると考える。それを先延ばしにするため、いつまでも、同じような問題が繰り返し発生する。また、今の報道は、瞬間的な数字や注目を集めんがため、本質は無視に近く、さらに点をデフォルメして、燃え広がる(炎上)を期待するように報じる。だから、人の心はますます刹那に、且つ、さらにセンセーショナルなものを求めるようなぅてしまう。おもしろければいい。そこに、ルールやモラルはあまりない。以前は今よりも正義を感じたが。物事を俯瞰し、大局で観ること。それは、多分、優しさの視点。いろいろな過去の過程を経て、今がある。時代が進めば、必ず不具合も生じる。それは、誰かが悪いということではない。