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ワンダーパブリッシング~本の製作と販売~

性を否定することは、生を否定すること

2018.04.26 13:33

いつも有り難うございます。嶋立歩美です。


今日は、謝罪会見の映像をテレビで沢山見ましたね。



性に関する過ちを語るということは、とても一言では表せません。



私たちは生きていくこと、子孫を残そうという根元的な要求と、


性というものとを、いつしか切り離されてしまいましたが、


本来は生きることと性は切り離すことは出来ません。




今の婚姻制度も、


結婚した瞬間から、

一人の異性しか愛してはいけないという


かなり無理のある契約でもあります。


たった一人を愛せるか、

沢山の人に愛が溢れてしまうのか、

それは人それぞれなんじゃないですか?

と思います。




男性は、1日に作られる精子の数が5000万~1億程度と言われているのに、


その行き場はどうすればいいんでしょう。


その行き場を、あがらえない本能で求めてしまうことを、

どこまで咎められるのでしょうか。


(性犯罪を容認したいということではないですよ。


性を抑制するから、余計に暴走するんです)




私たちの命は、


「理屈ではない時間」


に作られています。

これは、確かですよね。



最近では試験管の中で生まれる命もあるのでしょうが、

それでも、受精する瞬間は人智を超えた働きです。



ですが、何故か人間は

性を理屈で型にはめようとします。




性は、本来とても尊いものだということから

ズレてしまってはいけません。



男性と女性、

陰と陽の境い目が、ふわっと溶けて

一つになるということは、



1000年も、2000年も、

もっともっと前から

とても、とても、

一番尊いことだと言われていたのです。



抑圧すればするほど、歪みます。



性を否定することは、

生を否定することだからです。




他者を受け入れ、

気付きが生まれ、

意識は広がっていく。


その尊い営みの中に、

私たちの命があるのだということ


忘れてはいけないことだと思います。



(嶋立歩美)