遠い記憶から
ニワゼキショウの小さな花を見つけて
思わずしゃがみ込んで眺めていた夕暮れ
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この花を見るといつも思い出す
幼い頃の少し切ない出来事が
私にはありました
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小学校の2年生の
美術工作の時間
「好きな花を描きなさい」
そう先生がおっしゃいました
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学校帰りの放課後
少し遠回りをして
花を摘んだり
木の実を拾ったりすることが
大好きな子供だった私には
四季折々の名前も知らない
めずらしい草花や
植物たちとの出会いが
数えきれないほどありました
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そのなかでも
春から初夏にかけて
野原一面に咲く
この星の妖精のような
ちいさな愛らしい花が
私は大のお気に入りだったのです
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「好きな花を描きなさい」
そう言われて迷わず描いたのが
このニワゼキショウの花でした
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まわりを見渡すと
チューリップやバラ
ひまわりにたんぽぽ
そういった花を単色で描く子供たちが
多かったように覚えています
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みんなの絵を見ながら
教室の中をゆっくり歩いていた先生が
私の机のそばに立ち止まり
「これはなんの花ですか?」
絵をのぞき込んでそう言われました
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けれども
そのときの私は花の名を知らず
答えることができなかったのです
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すると続けて先生はこうおっしゃいました
「こんな花は見たことがありません。
名前も知らない嘘の花を描いてはいけません。
描き直しなさい。」
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まわりでは
くすくすと笑う声が聞こえて
私はとても悲しい気持ちになりました
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けれども
何より悲しかったのは
「嘘の花」
その言葉でした
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自分の大好きな野の花を
先生は見たことがないという
春になると あたり一面に咲いている
こんなにも美しくて愛らしい花なのに
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自分の知識の外にあるものを
大人たちは
すべて「嘘」だと決めてしまうのだろうか
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けれども
その出来事があったからこそ
そのときの心の傷があったからこそ
のちの日々を重ねていくうえで
自分の糧になっていくことも
数えきれないほどあったように感じます
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学歴社会の中で
敷かれたレールの上を競争しながら
生きていくことが当たり前の時代
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就活自殺が千人を超えたという
悲しい報道
目を背けたくなる現実
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野に咲く花の名前を知ることが
生きる上で何の役に立つというの?
そう尋ねられたなら
私には答えることはできません
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けれども
自分の目に映るものや
知識の中だけで生き
その外側にあるものを
すべて嘘だと決めつけるような生き方だけは
選びたくないのです
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「生きる力」というものや
謙虚に生きる術を
わたしはそういう場所や
自然界から教わっている気がするのです
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あの頃と変わらず
美しく健気に咲くニワゼキショウの花
幼ない頃
たくさんの野の花と出会い
名前も知らずに
ただそっと眺めていた
煌くようなときめく想いを
私は一生大切にしたいと思います
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不確かなもののそばにある
確かなもの
朽ちていくもののために生きるのではなく
残るもののために生きる生命の
煌きをそっと掬い上げながら
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雑草という花はありません
草にはみんな名前があります
~昭和天皇~