子育てに失敗した
またか、と思われるかも知れないですが、やっぱり大切なことだと思うし必要な方もいると思うから書いておこうと思う。
YouTubeで受験について座談会していたものを観ていて、
両親が希望した学校に入れなかった時、とても落ち込んだ姿を子供が見て、
失敗した、という概念を強く持ってしまうかも知れない、という話を聞いていて、
私自身のことを思い出した。
私も高校受験の時、学校なんてどこか受かればいいと思っていたのだけど
両親が望む学校に入る為に勉強をとても強いられて監禁されて大変だったなあ、という記憶。
これはもう感情的にはエネルギーのチャージはなく、淡々と思い出せる出来事なんだけど
失敗した、という言葉にふっと思い出したことがもう一つ出てきた。
「あんたたちを育てることに失敗した」
という言葉を何度も何度も両親から聞かされていた、という記憶だ。
ある時期、口癖のように毎日何かあるごとに言っていた姿を思い出していた。
これは思い出して少し心が痛んで驚いた。
こんな記憶がまだあったんだ、という発見と
だから私って、ずっとずっと自分は足りない、失敗している、十分でない、って感覚があったんだって思い出した。
まだ、あった、これが、という発見に驚いた。
これが出てきた、ということは、もうこれが出てきても大丈夫、ということだ。
その場でありがとう、愛しています、ごめんなさい、許してください、とホオポノポノをして
だから失敗したってずっとどこかで思っていたんだね、と小さな私と一緒にいた。
大丈夫大丈夫、という言葉は無責任ように聞こえるけれど真実だ。
本当に大丈夫なのだ。
何があっても。
最悪しぬだけである。
あなたは失敗なんかじゃない、
十分尊いし、完璧だよ、素晴らしい子だよ。
大丈夫だよ
と私に
そしてあなたにもそう伝えてあげたい。